第4話

文字数 1,011文字





 家系らーめんを二人で啜りながら話をする。たどり着くのは〈詩〉の話だった。牙野原はまず、自分が統合失調症という病気であることをカミングアウトした。そして、牙野原がそらんじているアルトーというのは詩人で演劇人でもあり、そいつもまた統合失調症で入退院を繰り返していたらしいことを、牙野原は語る。笑顔で、さも、嬉しそうに、語る。アントナン・アルトーは精神病院で電気椅子に座らせられ、電気ショックを浴びせられながら、〈残酷演劇〉というものを提唱したのだそうだ。その残酷演劇とは、牙野原の自身の言葉で言うと、日々の生活で寝て、起きて、ご飯を食べて、排泄して、パンを食べるために働いて、食べて、また眠るを繰り返すこととおなじものでなければならないらしい。アルトーは、生きるとは空気を吸ったり吐いたりしつつそれらをすることで、演劇もそれら日々の生活と同じように、おなかがすいて食べるのと同じレベルにおいて演劇という行為をしなければならない、という旨を語っていたらしく、それは詩も同じなんだ、と牙野原は言う。
 牙野原は箸を上げて宙で玩びながら笑顔を見せる。
「今、らーめんを食ってるだろ? じゃあ、らーめんを食う詩を書けばいいのか? それは違う。らーめんを食うように詩を書く必要があるんだ。その完成形が、〈器官なき身体〉だろうな」
「ふぅん」
 麺のなくなったところでスープを飲み干し、おれは頷くことにした。
「ところでよー。あたしはこの高校を転校先に選んだのは、詩に詳しい先生がいるからなんだよな」
「へぇ、そうなんだ。将来はそっちに進みたいのか」
「わかんね。でも、直感に任せたい。どうせ進む先に道はねーよ。開拓民にでもなるしかねーな」
「ああ、この県は一番南に関所があって、そこの名前は〈勿来の関〉だ。〈来ること勿れ〉って意味だろ。来ちゃいけない土地で開拓でも存分にしてくれ」
「減らず口叩きやがって」
「牙野原には負けるよ」
「鯨瀬も、なかなかなもんだぜ。あたしと接して平気な顔してんのなんておまえくらいだよ」
「そうなのか」
「そうだよ、ボンクラボーイ。明日、その先生のところに行こうぜ」
「どこにいるんだ。国語教師か」
「いや、保険医だ」
 厄介そうな案件になってきた。保険医って言ったら泣く子も黙る女性の保険医の緋縅先生じゃんか。ファン倶楽部まで存在しているって言うぜ、緋縅先生は。穏便に行くか。
 そして次の日の放課後、おれたちは一路、保健室へ向かう。


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