第15話

文字数 1,361文字





「いつもさかしげな物真似猿野郎が勝つのが業界だったのです。取り入るのがうまいと有利だなんて。わたしはうんざりして、手を切った」
 おれの隣にいる牙野原が草野心平の詩を暗唱しようと試みる。それは『ヤマカガシの腹の中から仲間に告げるゲリゲの言葉』という詩だった。

 
「痛いのは当り前じゃないか。声をたてるのも当りまへだらうじやないか。ギリギリ喰はれているんだから。おれはちっとも泣かないんだが。遠くでするコーラスに合はして歌ひたいんだが。泣き出すことも当り前じゃないか。みんな生理のお話じゃないか。どてっぱらから両脚はグチヤグチャ喰ひちぎられてしまって。いま逆歯が胸んところに突きささったが。どうせもうすぐ死ぬだらうが。みんなの言ふのを笑ひながして。こいつの尻っぽに喰らひついたおれが。解りすぎる程当然こいつに喰らひつかれて。解りすぎる程はっきり死んでゆくのに。後悔なんてものは微塵もなからうじゃないか。泣き声なんてものは。仲間よ安心しろ。みんな生理のお話じゃないか。おれはこいつの食道をギリリギリリさがってゆく。ガルルがやられたときのやうに。こいつは木にまきついておれを圧しつぶすのだ。そしたらおれはぐちゃぐちゃになるのだ。フンそいつがなんだ。死んだら死んだで生きてゆくのだ」


 一気に牙野原が言い終えると、緋縅先生は、
「そうねぇ」
 と頷いて、お茶を啜った。それからひとこと、
「こうして生命はつながっていく、これはそういう詩です。誰しもが誰かの屍の上に生きている。屍役になるのは嫌だけれども、なるときはなるしかないのよね。そしてそれが食物連鎖であるのなら、覆せない、それこそこの詩で語られる〈生理の話じゃないか〉、ということね」
 牙野原は言う。
「あたしが詩壇を嫌いなように、ねーちゃんもそういうの、あったんだな」
「あるわよ。人並みには、経験してきているわ、苦渋って奴を、ね」
 先生が薄く笑うと、牙野原が鋭い目をして言う。
「あたしはなにかの賞が欲しいひとなのか、ウェブで書き続けたいひとなのか。あたしの発言を聞いていると、〈支離滅裂〉なイメージがあるんだよな。あたしとしては〈どちらにも対応できるように調整している〉ってのが本当だ。ウェブで戦うけど、賞がもらえるなら儲けもの。そんなどっちつかずじゃダメだという意見が来るなら、それはそのひと個人のお気持ち表明であり、あたしの知ったこっちゃない。それに、詩や小説はたとえプロになったって普通はあまり金にはならないし、だからって商業出版は思い出の記念写真じゃねーんだよな。賞を取ったあとも〈書き続けられるか〉が勝負だ。仕事来なくなった? 当たり前だ、それが普通だ、受賞したくらいで偉い〈作家さま〉のお仲間入りだとおまえは思ってるのかこの勘違い野郎、と言うしかない。売れないと判断されたら切るよ、コネクションでもないなら。切らない義理が普通あるか? ないだろ、当然。だが、だ。そのなかで闘うんだろうがよぉ。それでこそ詩人だよ。言葉のボクシングをしていくのさ」

 おれは吹き出す。
「牙野原。おまえは挑発に挑発を重ねる奴だよな」
「あったりまえだぜ、相棒」
 あはは、とおれまで笑う。相棒でもいいか。そして、恋人は緋縅先生、なんだよな。損な役回りだぜ、おれって奴は。でも、いいぜ。それも悪くない。


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