第25話

文字数 1,134文字





「肋骨あたりがなんだか騒ぎ。そのままじっとしていてください。あなたの頬は広いツンドラの雪になり。トナカイの群れが粛々として進んでいます。地平はるかに。かなしい楽器が鳴っています」
 通話をタップしたら、速攻で詩の朗読が始まった。草野心平の詩だ。短く句点を打っていくスタイルで草野心平の詩なのがわかる。
 そう、「わかるようになった」のだ、おれも。詩を理解しているかと尋ねられると怪しいもんだがしかし、ふんわりとだが、わかるようになってきたのだ。
「牙野原。いきなり電話をかけてきたと思ったら自由詩の朗読ではじまるのはどうかと思うぞ」
「お、鯨瀬。可愛い女の子のあたしが電話をかけてきても平然としてるじゃねーか。場慣れしてんな? 女の子から電話がかかってくる男子なんだな、鯨瀬は。よ、〈ひとたらし〉さん!」
「おれは〈ひとたらし〉じゃないぜ、ったく。そんなには女子から電話がかかってくることはないよ」
「へ〜。ふ〜ん。たまにはある、ってことだよな」
「部活の連中な。夏野と最知っていう二人組の女子で、こいつらにおれを加えた三人が吹奏楽部。〈なんちゃって吹奏楽部〉だが、な。その、部活の二人からはたまに電話がかかってくる。それくらいだよ、おれに電話をかけてくる酔狂な奴は」
「朗読したように、地平はるかにかなしく楽器を鳴らしているんじゃないか、と思ってな。あたしが電話かけてあげたわけよ」
「心遣いに感謝するよ」
「ところでさー。出会ったとき、暴漢に襲われてたじゃんか、鯨瀬は。あれはどういうことだったんだ?」
「あー、あのときはほんとに助かったよ。多勢に無勢、仕方ねーから攻撃されるに任せていたんだが、牙野原が助けてくれてよかったよ」
「良いって良いって。らーめんをおごってもらったしな」
「暴漢っていうか、結果奴らの身ぐるみを剥ぐことまでしちゃって、牙野原が暴漢みたいな結果になったな」
「あはは。いきなり登場して制服を引き裂いたらそりゃあたしが暴漢だわな。間違いねーぜ。あれはここの学校の生徒だろ?」
「上級生。二年生だよ。つまり、あと一年以上は出て行ってくれないだろうから、恨まれ続けるだろうな、って感じだな。牙野原は怒られなかったか、教師から」
「おとがめなしなんだよな。教師が鯨瀬をその二年生たちが襲った、ってことを把握してるかも謎だ。今、二年生だ、って知ったくらいだしな。知り合いなのか、その二年生」
「いや、おれは知らない。二年生なのは、つっかかってきたときに名乗ったからわかる、ってのがある。名乗ってきたんだよなぁ」
「名乗るってのは、やる気に満ちてていいじゃねーか。〈以後、お見知りおきを〉ってことだろ」
「冗談じゃねーよ。相手なんてしたくねーよ、あんな奴ら」
「で、なんで殴られてたの?」


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