第28話

文字数 850文字





 寝室のカーテンを開ける。
 東北のグラスブルーの空が広がっている。雀がぴよぴよ鳴いている。
「〈忘却乙女〉か。一体結成してなにをするかさっぱりだし、たぶんなにをするわけでもないだろうけど、楽しそうだな、……これから」
 つぶやいたあとに目覚ましが鳴る。おれはそれを止めて、キッチンの冷蔵庫へと向かう。階段を降りて、冷蔵庫からミルクとオレンジジュースを取り出し食器棚から取ったコップで、ミルクとオレンジジュースを混ぜて、飲んで考えた。
「辞書にナイフを突き刺すと言えば、トリスタン・ツァラ……か」

 牙野原は『悪魔の辞典』にナイフを突き刺して出たページから二人の活動名を〈忘却乙女〉とした。これはダダイズムの創始者、トリスタン・ツァラが「DADA」という活動名の言葉を選び出した故事に由来している。トリスタン・ツァラは〈キャバレー・ヴォルテール〉のなかで、フランス語辞書にナイフを突き刺して、ページを開き、出てきた単語がDADAだったので、自らの活動をそれからダダ、と呼ぶことにした。そしてそれはダダイズムと呼ばれることになったのだという。
 脚色があっても、それはダダイズムの伝説にふさわしいエピソードだ。
 牙野原はそれと同じようなことを〈甘味処ガルル〉で、した。憎い演出だぜ。

 緋縅先生は、
「草野心平は〈天〉について書き続けた詩人でもあるわ。アルトーにおける〈神〉と、対置して考えることも出来るわ」
 と、言った。
 天とは、同時にそのまま〈空〉でもあるだろう。
 それから緋縅先生は、
「草野心平は中原中也のことを〈ローマ坊主〉と呼んでいたわね」
 と、思い出したように続けた。

 これは、説明が足りていない。草野心平は〈天〉の詩人である。
 比べて、中原中也は〈空〉の詩人である。
 そして、後輩である中原中也を草野心平は〈ローマ坊主〉と呼んでいたのだった。
 だって、『山羊の歌』ってタイトルが、キリスト教を想起させるし、心平は事実そう思ったのだろう。

 今日は放課後、〈天〉と〈空〉について、緋縅先生に聞いてみようか。



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