第29話

文字数 1,217文字





 牙野原の教室の席まで行くと、机に突っ伏してうーうー唸っていた牙野原が顔を上げる。
「結局徹夜してしまったぜ。それでそのテンションでしゃべると、楽器を〈暗記ゲー〉と呼ぶ奴がいるだろ。そう呼ぶなら自由詩や小説も〈アウトプットしてインプットしてまたアウトプットしてから……〉のループをひたすらするゲームみたいなものだって言いたいぜ。このインプットとアウトプットのループが切れると天才以外は落ちぶれる可能性が高い。自由詩や小説も、本気な奴以外は目指すのやめとけ。一瞬、詩や小説なんて誰でも書けそうに見えるが、そこで待ってるのは地獄のようなゲームだ。それこそ『地獄の季節』だろうな。まあ、本気になる価値を感じるかはまた別で、そこに生涯を捧げるべき価値を感じちまったのなら、止めはしねーけどな」
 一気にまくし立てる牙野原。『地獄の季節』とはアルチュール・ランボーの散文詩集のタイトルだ。
「そういうもんかな」
 おれは少し戸惑う。
「そういうもんだぜ、相棒」
 おれはふぅむ、と顎に手をやり考えるふりをした。

「自由詩をWebに書いているとたまにキツいこと言われるだろ。病んだりこころが折れるひとが多いのさ。だが、それでも載せて評価されたい欲望が勝つんだろう。そこで折れることなくまだまだ活動していくさまを観れるのも読者の楽しみの醍醐味だし、戦うのを観てくれるひとが〈いるかもしれない〉ってのは作者冥利に尽きるじゃんか。最初から茨の道なのわかっててこの道に進んできたのだし、良い悪いはともかく、評価をいただけるのってうれしいよな」
「そう……だよなぁ」

「ざっくりとカテゴライズすると、〈オタク系文字書き界隈〉、ってのがあって、その特徴って〈絵が描けない代わりに小説を書く〉を起点とするプレイヤーの比率が多いことだよな。そのことで発生する不幸が多すぎて、なおかつ、大きすぎだと思う。安易に文字書きとして生きていこうと、生涯を賭けるなら、ちょっと冷静になって考えてみて欲しいと、あたしは思うんだよな。そういうひとはだいたい自分は高学歴で物知りだっていうプライドで生きているひとであることが多い。それが、あたしみたいな〈物のわからない風に見える〉奴に絡んでくる可能性を持っているんだけどよぉ、文字書きは学歴と本当は関係ないし、そういうひとが絵が描けないから文字書きやってると不幸が生じるしあたしにも不幸を振り撒く、と思ってる。こっちが病んでしまうぜ。毒気を浴びてな。ついでに言えばオカルト系物書きに関して言えば、やたらめったらその界隈は〈真実〉という言葉を使いたがる。例えば安易に〈真実に気付く〉という言葉にあたしは〈懐疑的〉なので胡散臭さを感じる。そういうスタンス。真実という言葉はひとを盲目にする。それは伝えていきたいよな」

 言いたいことだけ言い終えると、牙野原は、
「じゃ、また放課後!」
 と言って、また机に突っ伏した。
 おれは自分のクラスに戻ることにした。


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