第12話

文字数 837文字

呼び出し音が鳴っているのに、誰も電話に出ない。僕は受話器をそっと置いた。リザの家と思われる住所が書かれた電話帳のページを破り取り、手のひらでしばらくその紙切れを眺めた。小さな文字がそこに刻まれているだけなのに、それがまるで僕をどこか見知らぬ場所へと導く鍵のように感じられた。そして、目をつき刺すような太陽の光が差し込む外へと足を踏み出した。

リザが育った家。彼女はカリフォルニア中部の小さな町で育った。その家を見たいと思った。どうしても、頭の中で彼女を官能的なイメージ以外で描くことができなかったからだ。もし、その家を訪れることができれば、リザが育った環境や彼女の動作、声、話し方を、もっと具体的にイメージできるかもしれないと思った。彼女がその家でどんな風に過ごしていたのかを感じ取れれば、映像が鮮やかに浮かんでくるかもしれない。グレースランドに行ったときにプレスリーを思い描いたように。それには、彼女の母親に話を聞いたり、古い写真を見たりすることが必要だろう。過去の断片を集めるように、リザの輪郭が少しずつ形をなしていくに違いない。

だが、その前にやらなければならないことがあった。何年も前に土の中に埋めた、リザを殺したときに使った拳銃を取りに行かなければならなかった。森へと向かい、刺のある草が足に絡みついてくるのを無視して進んで行った。   

その拳銃は、メキシコ最北部、アメリカ国境に接するシウダー・フアレスという町で手に入れたものだ。テキサス州のエルパソから国境を越えた時、貴金属を売っている店で、英語を話せないテンガロハットをかぶった店主から300ドルで購入した。その後、さらに100ドルを渡して、その拳銃を車でアメリカ側まで運んでもらった。

森の中は黄昏時のように薄暗く、拳銃を埋めた場所までの道すがら、リザを殺した時の記憶が何度も脳裏をよぎった。心の奥に封じ込めていた記憶。その封印が今、解かれつつあった。

その瞬間、思考が高圧電線のように火花を散らした。

あの日――。

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