第21話

文字数 1,462文字

リザの母親が「ノー!」と叫び声を上げ、身をすくめた。一瞬の出来事だった。カチャリと撃鉄が起こされる音がして、部屋の中から銃声が響いた。駆けつけたパトロール警官のドニーが飛びかかり、彼を突き飛ばした。床に倒れ込むと、銃が彼の手から落ち、鈍い音を立てて床に転がった。倒れたドニーはすぐに立ち上がり、シャツの前を引っ掴んで開け、もう一人の警官に振り返って叫んだ。

「救急車を呼べ!」

もう一人の警官が階段の下にいる仲間に向かって大声で叫んだ。

「救急車だ!」

階段の下に来た警官は肩ベルトに取り付けられた無線機のボタンを押し、救急車を要請した。かすれた無線の声が告げた。

『到着まで、あと5分』

その後、階段を駆け上がって来る音が響き渡り、防弾チョッキを着た緊急班が拳銃を手にしながらなだれ込んできた。銃をおろして聞いた。

「死んでいるか?」

「いえ」とドニーが振り向いた。「彼が撃ち抜いたのはロザリオです」

緊急班は小さく肩を落とした。「自殺を図ろうとするなんて、われわれをこけにするも同然じゃないか」

リザの母親のすすり泣きの声が聞こえる中、押し寄せた警官たちに彼の姿が見えなくなり、母親は手に持っていた手摺りに、あえぎもたれかかった。

気を失った彼は何の抵抗もしなかった。

ドニーが手荒に彼の肩を掴み、うつ伏せにして手錠をかけた。

総動員された警官たちが、リザの家の周辺の道を通行止めにし、野次馬の前に立ちふさがる。通りは何台ものパトカーが列をなし、なにごとかと出てきた近所の人でごったがえしていた。

後ろ手に手錠をかけられた痩せた彼を、ドニーはまるで猫を持ち上げるかのように軽々とつかみ、粗雑に立たせて外に連れ出そうとした。このとき、三ブロック離れた教会では、熱心な聴衆が説教師の声に耳を傾けていた。

説教師は今朝、教会に誰かが置き忘れていったアルベール・カミュの『異邦人』を見つけ、その中から、線が引かれた一文を読み上げた。「君は死人のような生き方をしているから、自分が生きているということさえ自信がない。私はといえば、両手はからっぽのようだ。しかし、私は自信を持っている。自分について、すべてについて、君よりも強く、また、私の人生について、来るべきあの死について。そうだ、最後には、私にはこれだけしかない。しかし、少なくとも、この真理が私を捕えていると同じように、私もこの真理をしっかり捕らえているーー。アーメン!」

説教は、始まったときと同じように突然終わり、聴衆の声が上がり、続いてハレルヤの手拍子が町に圧倒的なビートを刻み込んでいく。そのリズムに合わせて、しばらくは誰もがただ音に身を任せ、魂が揺さぶられていた。しかし、不思議なことに、教会を出た後もその一節が頭の中で響き続けていた。

まるで自分自身の人生を振り返るように、自分と重ね合わせながら…。

数年後。

刑務所は、地獄とはまさにこういうところなのかと思わせる場所だった。人々がひしめき合い、残忍で、慰めになるものなど何もない。

事件当日、僕には判断能力があったと診断された。一連の出来事がすべて有罪とされ、ここから出る可能性はほとんどない。自分が本当に他の人たちと同じ、普通の人間なのか、それすらもうわからない。だが、それでも僕はみんなと同じだと思っている。その証に、ロザリオのかけらを今でも胸にかけている。

僕は、それをリザと名づけた。

それは、牢獄における僕の苦しみを和らげ、暗闇の中でも生涯輝き続ける星を思わせる。

その輝きは、人生そのものよりも愛しい。


                 おわり
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み