第9話

文字数 1,775文字

延長はしないで出てきた。

歩きながら、ショウが言った。「最後の15分くらいになったら、すごく綺麗な女が出てきたな。あれで延長させようとしてたんだろうな」

「ああ」と僕は軽く頷いて、ショウの顔を見た。「すごい綺麗だったよな」と口にしながら、つい余計なことを言ってしまった。「リザよりイイ女だったかもしれないな」

その言葉が宙に浮いたまま、ショウは黙り込んだ。彼の表情に不安の色が滲み始めた。沈黙が静かに広がる中、僕たちはただ歩き続けるしかなかった。

1997年7月4日夜、テネシー州南西部メンフィスの中心地から車で少し行った場所にあるロッジで、3人の女子大生が拳銃で殺害され、翌朝発見された。被害者の1人、リザ・パーマー(21)は美貌のブロンドで、至近距離から脇腹と胸に2発の銃弾を受けていた。他の2人も胸にそれぞれ1発ずつ撃たれていたが、犯人は貴金属類に手をつけておらず、現金も取らずに現場を立ち去った模様だ。独立記念日の夜は、周囲で多くの花火が打ち上げられており、銃声に気づいた者はいなかったと見られる。犯人は、死体も犯行も隠そうとしなかったようで、その大胆さは恐ろしいまでに計画的であった。現場はドアや窓がこじ開けられた形跡もなく、窓から侵入したか、被害者たちは犯人を知っていた可能性が高いと捜査当局は見ている。

リザ・パーマーは地元で評判の美人で、大学でも一目置かれる存在だった。家族の証言によると、特別な予定があったわけではなく、ただの小旅行だったという。それが一転して惨劇の舞台となったことに、彼女たちを知る者たちは深い悲しみに沈んだ。

警察は、犯人が強盗目的の犯行ではなく、個人的な恨みによるものではないかと推測している。しかし、リザも他の2人もトラブルを抱えていた様子はなく、そのような事情があったという証拠も見つからなかった。

捜査は難航し、メディアが殺到する中で地元警察は事件に関する情報を小出しにし、犯人逮捕への手がかりを模索していた。独立記念日という特別な夜、花火にかき消された銃声、犯行の残酷さ、それらがいくつもの憶測を呼び、事件は次第に「謎めいた殺人」として語られるようになった。

日を追うごとに事件は全国的な注目を集め、連邦捜査局(FBI)も捜査に乗り出した。FBIのプロファイラーたちは、犯人が計画性の高いタイプであり、冷徹かつ巧妙に犯行を実行したことを指摘していた。特にリザに対する執着心が強かった可能性があり、彼女に対する特定の感情が動機になったのではないかと考えられている。しかし、犯人の手がかりは依然としてつかめず、事件は未解決のまま時間だけが過ぎていった。犠牲者たちの家族や友人たちは、事件の真相が明らかになることを切に願っていたが、時間が経つにつれ、その希望も薄れつつあった。人々はいつしかこの悲劇を過去のものとして忘れようとし始めていたが、彼女たちを知る者たちにとっては、あの日の悲しみが心に深く刻まれ続けていた。

ショウと歩き続けていると、車が行き交う通りでパンクの音が炸裂音のように響き、頭には拳銃の引き金を引く瞬間の映像が浮かんだ。次々と花火が打ち上がり、玄関のドアが開く音。柱時計の音と鐘の音。シャワーカーテンが引かれる音。シリンダーが回転する音。そして彼女の息遣いに唾を飲み込む音まで。

まるで事件の中を彷徨い歩いているように街を歩いた。

そして、気がつくと電車の中にいた。西武新宿の駅を走り出すのを待っていた。ドアが閉まり、電車は動き出した。

家に着くと、ショウはテレビを点け、自分のベッドに横たわって天井を見つめていた。

僕は机の前に腰を下ろし、リザのことを思い浮かべていた。脳裏にはリザと授業を受けていた教室の情景が蘇る。しかし、リザとの思い出は少ないため、そのイメージをうまく捉え切れずにいた。リザとの記憶はほんの二、三枚の写真のようなもので、細部まで思い出せるわけではなかった。それでも、僕が渇望する対象が歪んでいても、リザを思い出すと、その思いが他のすべての考えを押し退け、次第に欲求不満が募ってきた。LAに帰りたくなり、8月の終わり、夜が明ける頃から静かに部屋を歩き回り、寝ているショウを起こさないように気をつけながら荷物をまとめ始めた。リザとの距離が埋められないまま、ただ時が過ぎていくように感じたからだ。



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