第20話

文字数 2,401文字

リザの家は、静かな下層中産階級の人々が住む街角に佇んでいた。赤茶色の煉瓦でできた二階建てで、道沿いには手入れの行き届いた芝生が広がり、白や青い車が整然と駐車されていた。居間には聖ペトロの像が置かれ、その周りにはリザの幼少期の写真が並んでいた。写真には、幼いリザと男の子が肩を寄せ合って笑っているものや、卒業式の際に制服のリボンを結び直しているリザの姿、水遊びに夢中になっている彼女が映し出されていた。どの写真も、彼女の過去の幸せな瞬間を映し出しており、その穏やかな微笑みは、まるで歴史上の人物や亡きスターのように、時を超えて静かに語りかけているようだった。

「三つ上の兄よ」とリザの母親は、一枚の写真を手に取りながら静かに言った。「病気で亡くなったの」そして旦那さんについても語り、ここには彼女一人で暮らしていると話した。

僕は祈りを捧げたあとで、リザとのささやかな思い出を語り始めた。リザの母親は、僕の話に対して心からの好意を示してくれた。彼女の目には温かい光が宿り、僕の言葉に対して静かに頷く姿が印象的だった。話が進むにつれて、リザとの思い出がただの回顧に留まらず、まるで彼女と共に再び時間を過ごしているような感覚を与えられた。そして、帰り際に、さりげなくリザの部屋を見せてもらえないか尋ねた。

リザの母親は一瞬作り笑いを浮かべたが、すぐに承諾してくれた。二階の彼女の部屋へ向かうその一歩一歩が、幻想的で儚い感覚を伴っていた。

母親がドアを開けると、リザの部屋は優しい日差しに照らされていた。カーテン越しの光が部屋をぼんやりと金色に染め、まるでその空間全体が彼女の記憶に包まれているかのようだった。

壁にはモダンなダイヤの形をした鏡や、シンプルでかわいらしい時計が掛けられていた。その隣には、どっしりとした木製の洋服ダンスが置かれており、タンスの上には小さなマリア像や、細かい彫刻が施された天使の像、光を反射するガラスの小物などがきちんと並んでいる。それらは長い年月を経て、この部屋にたどり着いたかのように感じられ、一つ一つがこの場所に特別な意味を持っているようだった。

床には厚手の絨毯が敷かれており、足を踏み入れると柔らかく包み込まれるような感触が僕を落ち着かせてくれた。部屋全体は静まり返り、その静けさが、外の世界から切り離されたかのように感じられた。そして、まるで夢の中の一瞬のように、夕日の光がシボレー・コルベットの艶やかなボディに反射し、車が家の前に静かに滑り込んだ。車のドアが開き、リザが現れた。彼女は笑顔で両手を広げ、まるで待ち望んでいたかのように僕に飛びついてきた。彼女の背後には、母親が穏やかな表情で玄関の奥から見守っていた。家の温かさと家族の愛がその場に満ちているのを感じた。

その幻覚的な映像から意識を引き戻し、僕はリザの母親に軽く微笑みを返し、部屋の細部に目をやると、無数の思い出が詰まった空間だということが伝わってきた。部屋全体をゆっくりと見渡し、その場に漂う静謐さを感じながら、僕はそっと彼女の机へと歩み寄る。机の上は整理整頓されているが、どこか温かみがある。壁に掛けられた茶色いコルクボードが目に入り、そこには写真が貼られていた。家族や友人たちとの思い出が、そのボードいっぱいに広がっている。だが、僕の目を引いたのは、その写真たちを押さえる押しピンの一つに鈴がぶら下がっていたことだ。その鈴は音を立てることもなく、ただそこに存在していた。しかし、その小さな鈴が、僕の心に不思議な感情を呼び起こし、なぜか胸の奥で小さな波紋を広げていった。

その鈴はまぎれもなく僕がお土産で20個ほど日本から持って来て、みんなにあげた小さな鈴が付いた三百円程度のストラップだった。みんなに配ったその鈴を思い出すと、特にリザに渡したときの彼女の笑顔が脳裏に浮かぶ。あの瞬間の彼女の嬉しそうな表情は、まるで昨日のことのように鮮明だった。しかし、その笑顔を思い出した一瞬にして、僕は悟った。なんということをしてしまったのだろう。この鈴が象徴する無垢な日々を、僕はすべて奪ってしまったのだと。その思いが、まるでさざ波のように心の奥まで広がり、じわじわと胸を締めつけるような痛みをもたらした。

じっとそこに立ったまま、僕の動悸は狂ったように激しくなった。自分の輪郭がぼやけ、手が小刻みに震え、涙がこみあげてきた。内に押し込めていた感情が爆発し、自分を抑えることができなくなり、あわれなうめき声とともに膝をつき、顔からがくりと崩れ落ち、うめくように泣きながら、震える声で「僕が彼女を殺しました」とつぶやいていた。この何年もの間、心の重りとなっていたものが剥落していくのを感じた。

リザの母親は彼が何を言っているのかまったく見当がつかず、ただじっと黙って見つめていた。しかし、やがてひとつの考えがはっきりと頭に浮かび、状況を理解した。口を閉じて彼を見つめた後、一階に降りて行き、警察に連絡した。

しばらくすると、遠くでサイレンが鳴り響き始めた。その音は徐々に近づき、警察が到着し、周囲には厳戒態勢が敷かれていくのが感じられた。

現実に引き戻された僕は、胸が凍りつくような恐怖と、逃げ出したいという衝動に襲われた。リュックに手を伸ばし、冷たい拳銃を握りしめるが、逃げ場はない。すべては終わっていた。目の前には、ただ無限の虚無が広がっているだけだった。

何もかも失ってしまった。生きていたって意味などない。僕の人生はもう、とっくに破滅していた。

心臓が激しく鼓動し、息が詰まるようだった。逃げ場が完全に消えたことを悟り、恐怖に震えながら、自分に向けて引き金を――強く引いた。

水色の閃光が視界を駆け抜け、轟音が響くと同時に、発射された弾丸が何かに命中し、かすかな反響を感じた。

その瞬間、瞼の裏にリザの強烈な光が焼きついたように感じた。
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