第四章(二) 除霊は、技術にあらず、力にもあらず、芸術である

文字数 2,802文字

 龍禅が部屋を見渡してから「神棚か仏壇はありますか」と聞くと、近藤は「ないよ」と素っ気なく答えた。
 銀の細い鎖がついた八面体の紫水晶を、龍禅がセカンド・バッグから取り出した。

 龍禅が目を閉じて、腕を伸ばして鎖に下がった水晶を垂らした。水晶が小さく円を描くように周った。
 五分ほどして、龍禅が目を開けた。龍禅が少し考える仕草をしてから発言した。
「部屋の中に誰かいるようですが、悪いものではないですね」
「誰かいる」と告げられても、近藤は気味悪がったりしなかった。かといって、龍禅の言葉を信じていない様子でもなかった。

 近藤が龍禅の見ている方向に視線を合わせて、龍禅に尋ねた。
「もっと、具体的にわからないかな。何かを守っているとか、何かに未練があるとか」
 龍禅が自然な口調で答えた。
「何かを守っているは、ないですね」

 近藤の顔に落胆の色が少し差した。
 龍禅が近藤の様子に気にせず言葉を続けた。
「未練はあるようですね。ただ、普通は未練があれば、霊のほうから積極的に語り掛けてくるはずなのですが、何も言わない。ただ、黙って何か待っているようです。時間が掛かるかもしれません。呼び掛けを続けてみますか?」

 郷田は手を挙げて申し出た。
「時間が掛かるようなら、俺は俺で、準備していいですか」
 龍禅が「余計な真似をするな」といわんばかりに険しい視線を送ってくる。だが、近藤が興味を示して「郷田さんも、霊能者なの?」と声を掛けてくれた。
「俺は龍禅先生と違って、霊能者ではありません。単なる陰陽師の見習いですよ」

 近藤が不思議そうな顔で尋ねた。
「陰陽師って、霊能者とは違うの?」
「どっちが凄いかを見せるプロレスと、どっちが強いかを決める格闘技は、違います。でも、一般の人がテレビで見ると違いがないように見える現象と同じですよ」
 近藤が「そういうものか」と納得した顔をして提案に乗った。
「いいわ。やってみてよ、仏式でも神式でもプエルトリコ式でも、私は構わないわ」

 龍禅は何かを小言いいたそうな顔をしていたが、依頼人が「やってみて」と発言したので、何を口にはしなかった。
 郷田は持参してきたリュックからA四版のノートを取り出して開いた。ノートには色々陰陽師のやる手順が書いてある。

「まず、米を取り出して、白い皿に撒いて占う、か」
 近藤が不審そうな顔をして聞いてきた。
「ノートを見ながらやるの」
「俺、見習いなんで、手順の全部は覚えてないんですよ」

 近藤が「こいつはダメだな」といわんばかり顔を背けた。でも、特に不満は述べなかった。龍禅に対しても近藤は、あまり期待している様子ではなかった。
 百円均一で買ってきた紙皿に米を撒いてみた。

 撒いて見たが、なんと結果が出たのかわからなかった。さて、どうしたものかと思っている、ケリーが皿を見て告げた。
「このまま、進めてOKと出ていますね」

 郷田には米の散らばりが何を意味しているかわからない。でも、ケリーが進めていいと言うのだから、いいのだろう。ケリーは陰陽道については、郷田より知っている。
 御幣と呼ばれる陰陽師の儀式に使う、紙細工を作るために、リュックから郷田は鋏を取り出して、ケリーに渡した。

 ケリーが当然というように「はい」と近藤に鋏を差し出した。差し出された鋏を近藤が受け取った。
 ケリーが近藤に鋏を渡しので、もう一度、ケリーに鋏を渡すと、ケリーが受け取った。
 予備に鋏を持ってきたので、郷田は鋏を手にして和紙を取り出した。
「では、次に、紙で御幣を作ります」
 すぐに、近藤が手渡された鋏を見て「私も作るの?」と疑問の声を上げた。

 ケリーが優しい顔で「そうです」と言い切った。
 陰陽師が御幣作りをする行為は当たり前だと思う。されど、素人の依頼人が御幣を作る行為は違う気がした。
 気がしたが、郷田より陰陽師に詳しいケリーが「そうだ」と判断するなら、そうなのかもしれない。
 どのみち、郷田もケリーも素人以上、玄人未満なので、大差がないと判断した。

 郷田は御幣の作り方のページを開いた。ノートを見るために三人で車座に座って、和紙を切っていく。
 郷田、ケリー、近藤で黙々と御幣作りをしていた。
 御幣作りをして十五分くらい経過して思った。
「そもそも、御幣って、どれくらいの量が必要なんだろうか?」

 御幣の作り方は勉強した。御幣が刺身と同じで、造り置きしてはいけない物なのも理解していた。
 とはいえ、どこにどれくらい使えばいいか、郷田は知らなかった。知らなかったが、問題ないだろう。きっと、ケリーが知っているに違いない。必要量が溜まれば教えてくれるだろう。

 ケリーが鋏を動かしながら、普通に口を開いた。
「郷田さん、御幣をあとどれくらい作ればいいですか?」
 ケリーも知らなかった事態が判明した。近藤が参加していなければ、知らない事実を告げて笑い合えばいい。

 けれども、近藤がいる状況では、正直に申告できない。郷田は出来上がった御幣を数える振りをしながら、曖昧な返事をした。
「もう少しですね。残りの必要な分は俺が作りますから、ケリーと近藤さんは、適当に紙を切ってください」

 近藤の手が止まった。近藤が顔を上げなにか疑うような顔で「適当?」と疑問形で確認してきた。
 冷静な顔を作りつつ、郷田は嘘を吐いた。
「そうです。適当です。決まりきった型の中に、違う物を混ぜるんです。純粋なものほど壊れ易い。様式美を周到しつつも、違う物を混ぜて強度を上げるんです」

 近藤がまだ懐疑的な顔なので、流れるように嘘を続けた。
「霊との交信は、科学ではありません、アートです。交霊も、大昔に遡れば、大衆芸能と根は同じ。であるなら、アドリブとか閃きは、必ずしもマイナスに有らず。現代陰陽道の研究でも、ライブ感の必要性が叫ばれる昨今ですからね」

 近藤が首を傾げるが「そんなものか」といった態度で作業に戻った。
 どうにか、やり過ごした。だが、ただ作業をさせていても、いずれは飽きる。ただ黙々と作業するのも、空気が良くない。
 郷田は気を利かせて、近藤に提案した。
「音楽を掛けながら、作業しませんか?」

 リュックの中にはMDプレイヤーが入っていた。
 近藤が「いいわよ」と立ち上がると、部屋にあった三十センチ四方のキューブ型オーディオ・プレイヤーに電源を入れた。
 部屋の中に、ロック調のBGMが流れ出した。曲は鰐淵棺のテーマ曲だった。

 ヒール役の鰐淵の雑誌があったので、男がいたと思っていた。だが、曲まで持っているとなると、近藤が単に鰐淵のファンだったのかもしれない。
 近藤の顔をそっと窺った。しかし、あまり楽しそうな雰囲気ではない点が、どうにも気になった。
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