第五章(三) 霊能式猿拳 対 筋力特化陰陽道

文字数 2,292文字

 空き地には既に、二メートル四方の空間に柱が立てられていた。柱には直径五センチの注連縄が張られていた。注連縄の真ん中には小さな神棚を祭った祭壇があしらえてあった。
 注連縄の外には三人の男がいた。三人の内、二人までは壱と同じ格好をしていた。ただ、背中の赤文字の番号が弐と参になっていた。

 残りの一人は壱、弐、参より着ているものが上等だった。能で使われる翁の面を被り、格好は黒の平安貴族風の格好をしていた。平安貴族の男がボスで、壱、弐、参の男共は、アシスタントだろう。
 壱が平安貴族の男に「白虎の先生、青龍の先生が到着されました」と声を掛けた。白虎の先生と呼ばれた平安貴族の男が、龍禅に寄ってきた。

 どうやら、向こうのボスが白虎で、龍禅が青龍らしい。
 白虎の先生が親しげな態度で龍禅に挨拶してきた。
「一年ぶりですね。青龍の先生」
 声の質からいって、白虎の先生は龍禅と同じくらいの男性だ。身長は郷田と同じくらいだが、体格は細身だった。

 白虎の先生が郷田を一瞥した。
「隣にいる方は、新しいお弟子さんですか」
 龍禅がすぐに否定して、どこか他人行儀に固い口調で返した。
「弟子ではありません。ほとんど他人みたいものです。今回は、特に事情がありまして、除霊に同行させました。白虎の先生には一切、ご迷惑はお掛けしませんので、どうぞ、お構いなく」

 いきなり、他人の振りをされた。
 一言、苦情を述べようかと思った。が、よくよく考えれば、他人で間違いないので、黙った。
 白虎の先生が軽い口調で発言した
「別にいいですよ。貴女なら迷惑を掛けられても」

 龍禅は何も言わないが、面白くないオーラが出ていた。
 白虎の先生も龍禅も仮面で表情がわからないが、笑っている気がした。どうやら、白虎の先生は龍禅に好意を持っているが、龍禅はあまり関わりたくないようだ。

 勘ぐるに、二人の関係はおそらく単なる同業者ではない。されど、龍禅が何も教えてくれないなら、あまり深く関わらないほうが賢明だ。藪を突いて蛇を出す、という諺もある。
 白虎の先生に向かって一礼して「勉強させてもらいます」とだけ短く挨拶をした。
 除霊が始まった。白虎の先生が注連縄の外から神棚に向かって、祝詞を唱え出した。

 内容はよくわからなかった。わかりたいとも思わなかった。
 他の三方向を囲む人間が、リズムよく鈴を鳴らしていた。
 郷田と龍禅は十メートルほど下がった位置で見学していた。
 三十分ほど経過したが、儀式は終る様子が全くなかった。

 白虎の先生の祝詞が、聞き覚えあるフレーズになった。さっきも聞いた箇所だ。どうやら、白虎の先生は同じ祝詞を何度も唱えているらしい。
 龍禅が小さい声で「難航しているわね」と口にした。

 暇なので小声で応じた。
「難航って、さっきから、ずっと同じ呪文ですよ。これ、いつまで続くんですか」
 龍禅が小声で教えてくれた。
「繰り返したくて、繰り返しているわけじゃないのよ。悪霊が邪魔して、先に進めないのよ。さっきからずっと、場を清めようとしているわ。けれども、祓っても、祓っても、穢れが湧いてきて、終らないのよ」

 周囲を見渡すが、全く変化がないように見えた。穢れが湧いていると教えられても、ピンと来ない。完全に趣味の世界の人たちの内輪話にしか聞こえなかった。
 修行の一環である以上、携帯で時間を潰すわけにはいかないのが苦しかった。

 郷田は率直に尋ねた。
「なんか、さっさと終らせる方法はないんですか」
「場を清められないと、神様が降りても、充分に力を発揮できない。神様の力を借りられないと悪霊は祓えないのよ」

 除霊とは面倒臭いものだが、待つしかないらしい
 暇なので首を回して軽く運動していると、二階の窓に人影が見えた。
 人影は郷田が見ると、すぐに引っ込んだ。
 どうやら、家の人が気になって二階から進行を窺っているらしい。
 郷田は気が付いた。「これは演出だ」と――。

 作業が簡単に終ってしまうと有難味がない。だから、作業を長引かせて、難航を装う。そうしておいて、難しかったと、恩着せがましく口上を述べる手口だ。

 龍禅は金の話はしないので除霊の料金体系は知らない。除霊は一件いくらではなく、時間当たりいくらなのかもしれない。もし、時間当たりいくらなら、見積もりを出させていても、引き延ばせば、稼げる。
 さらに悪い事態に気が付いた。葬式で僧侶を呼ぶと、人数分のお布施がいる。

 除霊も似たように、霊能者一人に付きいくらかもしれない。今回の場合は、白虎組が四人、青龍組が二人なので、一時間も延びると六人分の追加料金が発生するのではないだろうか。
 だったら、ケリーも連れて来たほうがいい気がするが、業界の談合で取り分が決まっているなら、説明がつく。

 今回のようなケースは元請けの白虎の取り分が二、便乗の龍禅が一だ。龍禅と白虎の先生は分け前で揉めたりしないようにするために、人数を六人に調整したと見ていい。
 ケリーが来て七人だと、龍禅が取り分を四対三にしろと揉めかねない。
 悪霊とは白虎と龍禅のような人間を指す言葉とすら思い、怒りを感じた。
 白虎と龍禅に腹が立つ。だが、除霊をぶち壊すわけにはいかない。

 依頼人は霊が悪さをしていると思い込んでいる。下手に除霊をぶち壊せば、もう一回やって二倍も請求するかもしれない。
 どうにか、郷田が除霊した形にできればいいが、もう白虎が着手している。残念だが、黙って見ているしかなかった。
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