第四章(三) 除霊は、技術にあらず、力にもあらず、芸術である

文字数 2,252文字

 ロックの曲を気に入ったのか、ケリーが音楽に乗りながら、次々と動物の形に和紙を切り抜いていった。近藤は動物とも植物とも付かない存在を切り抜いていった。
 二十分くらい経過したところで、だいぶ御幣が溜まった。
 人の気配を感じたので振り返ると、龍禅が顔を顰めて立っていた。いよいよ、小言を言うのかと思ったが、違った。

「どうやら、ここは郷田君に一度、任せたほうが良いかもしれないわね」
 龍禅が霊の声を聞こうとしていた行為を思い出して、近藤が尋ねた。
「彼が何をいいたいか、わかったの?」

 龍禅はどこまでも冷静な態度で答えた。
「いいえ、全く。彼は心を閉ざして閉じこもっています。ただ、郷田君が作業した辺りから、興味をしています。ですから、ここは郷田君に一度、任せたいと思います」
 龍禅が逃げたと思った。

 除霊を舐めるなと脅したが、霊なんていない。ただ、霊の仕業と思える現象も痕跡ないから、近藤を騙して丸め込む行為が難しいと判断したのだろう。龍禅は郷田に話を振って、責任を押し付ける気だ。
 腹が立ったが、近藤には三十分以上も作業を手伝わせている。今さら、霊なんていないとは、言い出せない。

 それに、近藤にすれば、霊がいると思っている。だったら、格好だけでも、近藤が納得するような形にしなければならい。でなければ、別の悪徳霊感商法に引っかかるかもしれない。
 二回目の曲が終ったところで、郷田は「もういいですよ」と発言して、御幣造りを止めた。

 部屋中央付近にある家具を移動させる。九畳ほどの何もないスペースの四隅に、御幣を取り付けた。
 取り付けたまでいいが、御幣を作り過ぎた。四隅に飾るだけなら、量が多い。かといって、スペースを囲むように御幣を配置するには、足りなかった。

 困った時には、ノートを見るに限る。
 ノートを見ると、注連縄を使って、御幣同士の間隔を開けて繋でいる画が描いてあった。縄を下げて間隔を開けて御幣を全て吊せば、ちょうどいい。 

 大きな問題があった。注連縄を忘れてきた。一般家庭に注連縄が常備されているとは思えない。買いに走るのも間抜けすぎる。何かで代用するしかない。
「ビニール・テープ、あります?」と近藤に聞くと「あるわよ」と即座に返ってきた。
 引っ越しの荷物を梱包するために使う白のビニール・テープを近藤が渡してくれた。

 四隅の御幣から御幣へと、ビニール・テープを張っていった。郷田が張ったビニール・テープに御幣を吊し、ケリーがセロハンテープで貼り付けていく。
 近藤が郷田のノートに目を落としながら、疑問を口にした。
「ノートには注連縄を使用するって赤線を引いて書いてあるけど、本当にビニール・テープでいいの?」
 まさに、指摘通りだ。郷田は平然とした態度で、御幣と御幣を繋ぐ作業をしながら答えた。

「注連縄は結界として使用して、霊を入れない時に使います。今回は隠れている霊に出てきてもらうので、結界だと、都合が悪いんです。ですから、注連縄をビニール・テープに換えて、霊が入って来易いようにします」
 近藤は「そうなんだ」と口にして、それ以上は何もいわなかった。とりあえず、納得したらしい。陰陽道に詳しくない依頼人で、助かった。

 四隅に御幣を祀って、ビニール・テープで区切った、御祓い空間モドキができた。
 音楽を停めて、御祓い空間から三人に出て行ってもらう。窓に背を向けて、ノートの祭文のページを開いて、書いてある祈祷用の祭文を詠み上げた。

 詠み上げながら顔を上げた。近藤の後ろでケリーが顔の前で手を小さく動かしていた。龍禅も渋い顔をして郷田を見ていた。
 郷田は読んでいる祭文が「霊を鎮める」祭文ではなく、山から木を伐り出す時に使う「山の神の許しを請う」祭文だと気が付いた。

 すぐに咳払いをして、別の祭文を読む。読みながら、ケリーを見ると、また同じサインを送ってきた。龍禅にいたっては顔を背けていた。
 音読を止めて、使われている漢字を指で辿っていく。思い出した。読んでいる祭文は「河の氾濫を鎮める」祭文と気が付いた。

 二回も中断すると、近藤も違和感を持ったのか、怪訝そうな顔をしている。
 郷田は立ち上がると「失礼」と断って、音楽を再開した。音楽を掛けると、さっきより少しボリュームを上げた。元いた位置に戻って、下を向いて小さな声で、次の祭文を詠んだ。
 音楽を掛けて、下を向いて、小声で祭文を読めば、聞きとり辛い。聞こえなければ、間違っていてもわからない。まして、素人の近藤なら、違いなんて全然わかるまい。

 三度目の正直と、祭文を声に出す。次の祭文は途中で「芸事が成就するように祈願する」祭文だとわかったが、間違いが露見しないので最後まで読み上げた。
 祈祷が終わると、近藤が聞いてきた。
「それで、なにがわかったの?」

 祈祷しただけなので、何もわからない。
 真剣な表情を作って、近藤に水を向けた。
「俺には、わかりません。でも、何か変化があったはずです。なにか、気付きませんか?」

 近藤が郷田に促されて部屋を見回した。
 近藤が何かに気付いたら「でしょうー」的な相槌を入れて、適当に解釈を入れればいい。何もないなら「供養は済みました」と話せばいい。どうせ、こっちは龍禅の下請けだ。
 後は、元請の龍禅が格好を付けるだろう。もし、龍禅が霊感商法臭い話をして、大金をせしめようとしたら、邪魔するだけだ。
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