第四章(五) 除霊は、技術にあらず、力にもあらず、芸術である

文字数 1,420文字

 やりやがった。手品師たるもの、同じ観客の前で続けて同じ手品はしないのが、セオリー。
 何度も手品を見せれば、見せただけ種が露見する確率が上がる。
 龍禅は手品師のタブーを破って、また仕掛けを発動させた。絶対に見破られない自信があるのだろう。
 なら、いいだろう。龍禅の知恵で来るなら、俺は筋力で行く。

 上着を脱いでTシャツ姿になり、ポーズをつけて筋肉を龍禅にアピールする。そうしておいて、家具を元に戻した。
 近藤が混乱した顔で尋ねてきた。
「すいません。いったいなにが、どうなって、どうしているんですか。ちゃんと説明してください」

「霊が俺に勝負を挑んできているのです。挑戦されて、逃げるわけにはいきません。こうなれば、とことん、どこまでも勝負します」
 近藤が驚いた顔をしたが、引き下がった。
 家具を戻して、再び祭文を読む。次は下を向く振りをしながら、家具に気を配った。

 家具が動く気配はしないが、ケリーが口に手を当てているので、動いているのかもしれない。五分で二センチの移動は、わからない。もっと大きく動いてくれればいいが、動かなかった。
 家具を直して再び、祈祷した。今度は龍禅に気を配るが、龍禅に動きはなかった。だが、またケリーが家具を指差しているので、家具が移動しているらしい。

 まずい事態だ。てっきり、龍禅は二度はやっても、三度も四度も仕掛けを作動させるとは思わなかった。しかも、近藤もケリーも全く仕掛けに気づかない。
 これは、郷田が諦めるまで、龍禅は仕掛けを作動させ続けるかもしれない。仕掛けの正体は、いったいなんだろう。

 五度目の祭文を詠み上げたのちに思案すると、龍禅の仕掛けに閃いた。
 家具の移動は同じ方向にしか動いていなかった。龍禅の仕掛けは、家具を好きな方向に動かせるのではなく、決まった方向にしか動かせない、と仮定したら。
 建物は築五十年だ。おそらく、建物には傾きが生じていて当然。龍禅は建物の傾きを利用して、家具に振動を与えて傾いている方向に動かしているのでではないだろうか。

 振動を発生させるに当たって、きっと、小さいが音を伴う。つまり、龍禅がオーディオの音を消させない理由は、小さな音に気付かれないためだ。
 傾きと振動を利用しているのなら、話が早い。霊符を外して、小さく折って家具の下に敷いて傾きを消せばいい。対策がわかった。

 何かが頭に当った。飲み終えたコーヒーのプラスチック容器だった。容器が飛んできた方向を見ると、振り返ったケリーと近藤がいて、先には龍禅がいた。
 三人の視線を受けると、龍禅が「私は関係ない」とばかり胸の前で手を振った。
 中々、卑怯な真似をする。郷田が手を出せないと思って、ゴミ箱から容器を拾って投げてくるとは。
 かといって下手に喰って懸かれば、凄腕インチキ霊能者に言い負かされる。

 こうなると、龍禅がゴミを投げるタイミングで、振り向くしかない。ゴミを投げる瞬間を押さえてから、霊の存在を否定する。次に、仕掛けを指摘して霊符で傾きをなくせば、きっと龍禅の企みを潰せる。

 家具を直さすに、龍禅に背を向けて立って、祭文をたどたどしく詠みながら、仕掛けてくるタイミングを待った。背後で何かが飛んでくる気配がした。すぐに飛んできた物体を叩き落とそうと、拳を放った。
 拳が空を切った。なにも飛んできておらず、誰もいない。だが、事態が動いた。
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