第八章(五) 刮目(かつもく)して、しかと見よ

文字数 1,948文字

 郷田は飛び上がって二号と一緒に両手を挙げて、勝利の雄叫びを上げた。
 観客にアピールが終えると、鵺に近づいて手を差し出した。
 鵺がなぜか少し躊躇った後に、郷田の手を取った。郷田は鵺を起した。健闘を称えて鵺と抱き合い、鵺を肩車した。

 再度、歓声が上がった。目を閉じて歓声に酔った。
 歓声が急に止んだ。郷田が目を開けたときに、リングはおろか大勢いた観客が姿を消していた。
「狐に(つま)まれたような」の形容のごとく、郷田はうろたえた。
「試合は? リングは? 観客は?」と思うが、さっきまでの熱狂した会場がなかった。

 気が付けば、寂れた神社の境内に、たった一人で取り残されていた。
 小さな拍手がする音がした。振り返ると、京極が立っていた。

 京極は顔を綻ばせて賞賛した。
「素晴らしい。こんなに面白い試合は、平成に変ってからは見ていない。しかも、山の神の機嫌を取っただけでなく、幽鬼の陰の気に誘われて現れた鵺を殺さず鎮めたとあっては、京都の人間として、認めないわけにはいきませんな」

 そうだ、思い出した。除霊の最中だった。
 祠を見ると、靄が消えていた。気のせいか祠から清浄な気がするのを感じた。京極も満足しているようなので、除霊は完了したとしていいだろう。
 不思議だった。試合をしていたが、気が付けば除霊が完了している。

 郷田は急に地面に膝を突いた。興奮が切れて、受けていたダメージが出たような感じだった。
 大きく手を打つ音が聞こえてきた。見れば、鴨川が笑顔で立っていた。
「郷田君、ありがとう。おかげで、関西方面での足掛かりができたよ。これで、関西の人にも美味しい豚カツを食べてもらえるよ」

 鴨川が手を差し伸べた。鴨川の手を取って郷田は立ち上がった。
「よくやった。よくやった」と鴨川が郷田を褒めながら、郷田の背中を叩いた。
 鴨川が郷田を称えながら発言した。
「ワシは、働いた人間には報いるよ。今回の報奨金として、二千万円を出すよ」

 とてつもない額のボーナスが出た。郷田は喜び「本当ですか」と聞くと、鴨川が笑って応えた。
「ああ、本当だよ。でも、退職金込みの二千万円だからね」
 一瞬、意味がわからなかった。
「待ってください。ちゃんと働いたのに、退職金って、どういうことですか?」

 鴨川が普通の顔に戻って首を傾げて評価した。
「君の活躍は見たけどさあ、どう見ても陰陽師ではないよ。ワシが依頼したのは鴨川新影流陰陽道の復興だよ。君の所業は完全には別物。だから、半年間は働いていなかったと見做して、解雇だよ。ワシは、働かない人間にも、きっちり報いるからね」

 郷田はすぐに反論した。
「でも、社長、以前、ゼロから新たに作ってくれてもいいって言ってくれましたよね」
 鴨川が「努力は認める」といった感じの苦笑いをして、拒絶した
「言ったけどね。陰陽道としての原型がないと、最低限、駄目だよ。ロースカツ定食を注文したのに、豚カツとキャベツがなかったら、君だって怒るだろう」

 京極も鴨川の横で、難しい顔をして評価した。
「確かに。郷田さんを陰陽師として認める行為は、京都の人間としては難しいですね」
 郷田が助けを求めて龍禅を見ると、龍禅が顔を背けた。
「ごめんなさい。鵺まで鎮めた郷田君は霊能者としては凄いけど、あそこまで陰陽道から離れた業なのに、郷田君を陰陽師だと言い切れるほど、私は面の皮が厚くないのよ」

 祝勝モードが一転して、アウェイになった。
 郷田が戸惑っていると、京極がスッキリとした表情で締め括った。
「ほな、終ったことですし、帰りましょうか。後片付けは朝になったら、うちの若いものにやらせますさかいに」
「帰ろう」「帰ろう」と京極、鴨川、龍禅が帰っていく。

 呆然とすると郷田に、ケリーが声を掛けてきた。
「残念ですが、郷田さん。新しい物は、世の中に認められるには時間が掛かるのです。でも、よろしければ、一緒に活動しませんか」
 郷田はすぐにケリーの申し出を受け入れられなかった。
「すぐには返事できないよ。陰陽師もいいけど、やっぱり俺、プロレス好きだって今回、わかった」

 ケリーが微笑んで提案した。
「ノー・プロブレムです。私の知り合いに、面白いことならなんでも好きなプロモーターがいます。格闘技の仕事はプロモーターから、除霊の仕事は龍禅さんから、回してもらうんです。こうなったら、両方でデビューして、二足の黄金の草鞋を履きましょう」
       *
 年が明けて、次の秋が来る頃。一人の男が格闘技会と除霊業界に熱狂の嵐を巻き起こした。
 人々は彼を、こう呼んで称えた『我流覆面陰陽師シャイニング・マスク』と。
【了】
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