第七章(四) 伝説は蘇り大きく変る

文字数 1,615文字

 九州にある移動性高気圧が留まり、シベリア高気圧の南下が遅れ、十一月の上旬の京都は陽が暮れても、寒くはなかった。時刻が午後九時くらいなので、まだ人も多い。
 郷田、龍禅、ケリーは京都駅でタクシーを拾って目的の場所に向かった。
 目的地は、林に囲まれた小さな神社。神社の入口なので鳥居があると思ったが、なかった。

 入口の石畳の前には鴨川と、もう一人、老人が待っていた。
 老人は鴨川より歳を取っているが、背筋がピンと伸びており、身だしなみもきちんとしていた。老人が龍禅を見ると挨拶してきた。
 龍禅も老人に「お久しぶりです、京極さん」と挨拶した。

 京極が鴨川を見て、感想を述べた。
「鴨川さんのお知り合い、いうのは龍禅さんでしたか。龍禅さんは知っています。でも、龍禅さんは、陰陽師ではないですよ」

 京極がそこまで言うと、龍禅を軽く見て発言した。
「龍禅さんの実力は、知っています。ですが、今回の件は、龍禅さんでは荷が重いと思いますよ。祭神のお力を借りられれば、龍禅さんでも、祠に纏わりつく無数の邪鬼を祓えるでしょう。ですが、ここの祭神である山の神様は、女性には厳しい。しかも、最近は(ふさ)ぎ込んでいる」
「龍禅」「龍禅」と連呼される行為は面白くなかった。また、鴨川も龍禅が除霊するかのような流れを否定しないので、郷田は咳払いを一つした。

 老人が郷田を値踏みするように見て「何か?」と聞いたので、胸を張って自信タップリに答えた。
「龍禅先生は控えの選手です。メインは俺です」
 京極が「ははは」乾いた声で笑った。明らかに郷田を軽く見ていた。
 郷田は、まだ何か言いたかった。でも、鴨川が京極の後ろで、拝むような仕草をして軽く首を振っていた。
「我慢してちょうだい」のサインだ。

 どうやら、京極は京都では、それなりに地位のある人物らしい。京都で事業をしたい鴨川は波風を立てて欲しくないのだろう。であるなら、我慢するしかない。雇われ陰陽師の辛いところだ。
 京極が誰にも視線を合わせずに発言した。
「これは、無理ですな。面白いものが見られかも、と多少は期待しましたが、期待外れですな」

 郷田は頭に来たが、涼しい顔を心掛けて発言した。
「除霊を無理だといわれる分には腹が立ちません。俺は陰陽師ですからね。ですが、見る前から面白くないと評価される行為は、いささか早計では」
 京極が少し不思議そうな顔をして「お話が逆ではないですか?」と聞いてきた。

「合っていますよ。見ればわかりますが、見ないでお帰りになるのなら理解できないでしょう。ただ、俺には京極さんを引き止める行為はしないので、御自由に」
 京極が「ふむ」と息を吐いてから言葉を発した。
「帰っても晩酌しながら、テレビを観るくらいしか、ないですからね。とはいっても、最近のテレビは、面白くない」

 京極が期待しないと言いたげな顔をして、どこか挑戦的な口ぶりで発言した。
「面白いものを見せると仰るなら、拝見させてもらいましょうか」

 境内に入った。四十メートルほど進んだ場所に手水舎があった。
 手水舎の水は止まっていた。手水舎から少し進んだ場所の左手に社務所があり、右に曲がって三十メートル進んだ開けた場所に祠があった。
 祠の近くには、予め鴨川に頼んでおいた発電機があった。発電機から伸びるコードが仮設照明に続いていた。仮設照明が小さな祠を照らしていた。

 祠の周りの地面には明らかに建築物が建っていた形跡があった。本殿の跡地だろう。
 神社の敷地に残っている物が、水の出ない手水舎、社務所、祠しかない。
 現状から推測すると、神社は移転作業の最終段階なのだろう。最後に目の前の祠を移動させて、社務所と手水舎を取り壊せば、工事完了だ。
 年内に地主が拘った理由も、こんな状況で神様に新年を迎えさせては面子が立たないといったところかもしれない。
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