第六章(五) 式神とはなんぞや

文字数 2,288文字

 儀式が十五回目ともなると、疲れてきた。肉体的な疲れなら耐性があるが、精神的な疲労は我慢できなかった。
 今日は完全に失敗だと感じた。それでもとにかく、失敗でも途中で終らせず、最後までやろうと思った。

 直会(なおかい)まで行ったところで、意識が途切れた。ベッドに戻って寝ようと思い、顔を上げると、平安時代の武士のような格好をした筋肉質の男が、座布団一枚分の距離を置いて胡坐を掻いて座っていた。
 男の顔は、どこか鴨川に似ていた。だが、年齢は鴨川よりも三十歳は若かった。

 普段なら驚く。されど、半分夢の中で日本酒がほどよく回っていたので、別に気にならなかった。
「社長のお使いの方ですか。すいません、式神の件、もう少し待ってもらえないでしょうか。必ず、どうにかしますから」
 口から出た言葉は、完全に借金の言い訳だった。

 男が目を見開き、厳かに伝えた。
「某は鴨川家の祭神が天手力雄神(アメノタヂカラオのかみ)の麾下の武人なり。呼びかけにより、参上した」
 全く身に覚えがなかった。男は完全に勘違いしている。
「家を間違ってないですか? 呼んでないですよ」

 男が膝を叩き、怒りの表情で怒鳴った。
「戯けが! そちが呼んだから、こうして、やってきたのではない。何を言っておる」
「俺が呼び出そうとしている存在は式神。天手力雄神さんではないですよ。ましてや、天手力雄神の麾下なら、全く別者でしょう」

 男がイラっとした表情で命令した。
「『鴨川新影流・式神使役方法』の四十三項を開け。きちんと、「天手力雄神に謹んで申し上げる」と書いてあっただろう」
 郷田は面倒臭いと思ったが、言われた通りに四十三項を開いた。どこにも天手力雄神の語句はなかった。郷田はページの内容を読み上げる。
「四十三ページに書いてある内容は、ですね。干し昆布を三枚(国産)、打ち鮑を一枚(国産)、勝栗七つ(市販品の中には勝栗と称して甘栗を売っている商品もあるので、注意)を図のように――」

 男が両手を大きく振って、大声を上げた。
「待て、待て、待て、お前が読んでいる場所が違うぞ。お前の読んでいる場所は、もっと前の箇所だ。四十三項といったら、四十三項を開かんか」
 開いてあるページを開いて差し出した。男が開いているページ内容を黙読してから、眉間に皴を寄せて表紙を確認する。次いで、本の厚さを確認して抗議した。

「お前、これ『鴨川新影流・式神使役方法』ではないだろう、よく似ているが、本が違うぞ」
 郷田は「合っていますよ」と教えたが、男は納得しなかった。
「絶対に違うって、これ、仏壇に置いてあった本ではないだろう」
 そういえば、鴨川が亡き妹の仏壇にあったと発言していた。でも、なんで目の前の男が仏壇に置いてあった事実を知っているのだろう。

「確かに、貴方が手にしている本は、仏壇にあった本とは違います。手にしている本は、復元本をわかりやすくした意訳本です。でも、どうして、貴方は本物が仏壇にあったと知っているんですか?」
 男が何か不味かったと思ったのか、口を噤んだ。男が口を噤んだが、本の経緯を知っているなら、鴨川の関係者で間違いないだろう。

 儀式の最中は他人とみだりに口を利くな、とあったので、他人との接触を避けてきた。だが、同じ鴨川の関係者なら問題ない。
 郷田は立ち上がって「ビールないんで、日本酒でいいですか?」と聞くと「あ、ああ」と返ってきた。

 茶碗を持ってきて渡すと、御神酒用に買っておいた純米酒の新しい四合瓶を開けた。
「どうぞ、どうぞ」と促すと「では、失礼して」と男が一気に呷った。
 男が嬉しそうに「これは本物の酒だ」と漏らしたので、すぐに四本ほど持ってきて前に置いた。
「まだありますから、適当に飲んでいてください。つまみを作りますから」

 男が少し遠慮したように「いいのか」と聞いたので「また、買いますから」と短く答えた。
 鴨川が様子を見に部下を派遣したなら、接待しておくに限る。相手は立派な大人だ。接待を受けておいて、悪い報告はしないだろう。家にある食料にほとんどは鴨川の金で買ったも同然だ。

 勝栗を買った時に衝動買いした長野県産の胡桃(くるみ)に軽く塩を振って、炒めて出した。
 男は胡桃を前にすると「最近の胡桃は、胡桃とは名ばかりで味が変ったからな」といいながら口にした。

 すぐに、顔を綻ばせ「この味、まさしく本物の胡桃ではないか」と嬉しそうに食べた。
 人に喜ばれるとは、気持ちがいい。神饌用の干し鯛を買った時に、送料を無料にするために抱き合わせで買った太刀魚の干物も出した。

 男は頬を緩ませて喜んだ。
「これは、太刀魚か。某は紀伊の出身ゆえ、太刀魚は大の好物。うむ、これは瀬戸内の海の物であろう」
「当りですね。淡路島の漁師さんが獲って来た太刀魚を干物にした、とありましたから」
 男は「そうか、そうか」と笑顔で頷いた。
 最後に、神饌用の米として買った米を土鍋で炊いた。炊き上がった米を冷まして醤油を塗って、餅焼き用の網で、焼きオニギリにした。

 男は焼きオニギリを口にすると満足気に感想を述べた。
「醤油の味が、またいい。お主、中々ツボを心得ているではないか」
「実家の母から、味噌と醤油だけはケチるなと、厳しくいわれていたので」

 男がつまみを喰い、酒がなくなると、次々と瓶を開けていく。
「郷田殿も飲め」と薦められたので、一緒に飲んだ。二人で六本目の四合瓶を開ける頃には男も郷田も、だいぶ酔いが回っていた。
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