第五章(二) 霊能式猿拳 対 筋力特化陰陽道

文字数 2,074文字

 家に帰って、さっそく準備をした。面といっても、子供用のキャラクターの物は抵抗があった。かといって、芸能人や動物の被り物なら、安っぽ過ぎる。
 適当にネットでクールな面を探していると、見つけた。

 メキシコからの輸入物で、覆面レスラー用の金色のマスクがあった。説明文では「古代アステカの壁画にあった太陽の戦士を象ったマスクを復元。被れば貴方にも太陽神の御加護が」と記載があった。
 胡散臭いこと、このうえない。しかも、文末が「御加護があります」ではなく「御加護が」で終わっているところが、ポイントだ。金額も税抜き十三万円と、冗談のような値段だった。

 もう少し商品説明を見ると、今なら金色マスクに付随して銀色もサービスと記載があった。だったら、価格を半分にしろと思うが、そこは通販のお約束だ。
 普段なら絶対に買わないが、マスクのデザインは、非常に気に入った。「どうせ、鴨川の会社の金だ」と抵抗なく、購入をクリックできた。

 マスクは「お急ぎ便」を使ったので、除霊に行く前日には届いた。
 品物を手にしてみると、造りは思ったより丁寧に縫製されていた。
 アステカ文明を謳っておきながら中国で作られた品――では、断じてなかった。少し、生地を引っ張ってみた。簡単には破けそうもなかった。

 プロレスの試合で着用しても、十試合くらいでダメになるようなものではなかった。被ってみると、サイズもピッタリだった。
 翌日、龍禅の運転する車に乗って、目的の場所を目指した。目的地は郊外にある醸造会社の社長宅だった。

 社長宅は高さ三メートルほどの白い漆喰の壁に囲まれていた。門を潜って、駐車場に車を止めた。
 時刻は、十三時三十分。天候は曇りだったが、七月も半ばとなると、少し蒸し暑かった。
 郷田は普通に、ジーンズに赤い半袖のシャツを着ていた。だが、龍禅はいつもの洋服ではなく、白い小袖に白の馬上袴を着ていた。暑くないのかと思うが、暑そうには見えなかった。

 龍禅が顔の三分の二を覆う木の面を取り出した。面には三つ目があり、一番の額の場所には青い宝石が埋まっていた。面の頬の部分には霊符のような赤い文字が書かれていた。
 龍禅が似たような面を渡そうとしたので、断って、昨日、届いたマスクを被った。
 龍禅が郷田の被ったマスクを見て「なに、それ。場をわきまえなさいよ」と非難めいた声を出した。

 郷田は龍禅の申し出を頑なに拒否した。
「お言葉ですが、これは新式鴨川新影流陰陽師の正式採用の面です。面のデザインも、昔から残っている資料を基に復元したものです」
「絶対に嘘でしょう」と龍禅が強い口調で異を唱えたので「本当です」と切り返した。

 嘘は吐いていない。鴨川新影流にはないが、新式鴨川新影流は郷田が一人で作っている、なので、郷田が採用といえば、正式採用になる。
「面のデザインも、昔から残っている資料を基に復元」も、本当だ。誰も「鴨川新影流」昔の画だとは発言していない。基になっているデザインは、アステカ文明の昔の画なだけだ。

 龍禅は郷田の言葉を、どこまでも疑っていた。
 だが、言い争いは時間の無駄だと思ったのか、面について、それ以上は言及しなかった。代わりに注意を促した。

「好きにすればいいわよ。あと、ここでは名前を呼ばないでね。先生でいいわ。君も、名前で呼ばないわ。便宜的に鴨川と呼ぶからね」
「名前ですけど、鴨川はまだ名乗れないですね。鴨川と名乗るのは一人前になったときです」

 龍禅が少しだけ感心した口調で発言した。
「ずいぶん、殊勝な心がけね。では、なんと呼べばいい?」
「太陽の戦士、シャイニング・マスクとお呼びください」
 龍禅が冷たい顔で背けて「行くわよ、鴨川」と、ヒステリックに声を掛けて、車を降りた。

 龍禅を先頭に歩いて行くと、龍禅とほぼ同じ格好をした小柄な男がいた。
 格好の違いは、小柄な男の馬上袴が青だったこと。男の表情は面で見えないが、面の動きから、二度三度、郷田の格好をジロジロと見ていた。
 郷田が不機嫌な口調で「何か?」と聞くと「いいえ」とだけ返事をした。

 なんか、感じが悪い男だ。
 男が龍禅に向かって「では、青龍の先生、こちらです」と呼び掛けると、龍禅が頷いた。男が背を向けると、背中に赤字で「壱」と書いてあった。

 壱に従いて十分ほど歩いて行くと、広い地面が剥き出しになっていた。広さは、テニスコート二面ほど。地面の具合からいって、どうやら最近まで、何かの建物が建っていたらしい。

 龍禅が簡単に説明した。
「ここには、春先まで蔵が建っていたのよ。古い蔵で、中身を調べたけど、高価な物はなかった。主は蔵ごと壊して一緒にゴミとして中の物を処分した。けれども、どうやらゴミとして処分した中に、曰くつき品物が混じっていたのよ」

 状況からして、いかにもありそうな説明だった。
 けれども、あまり面白そうな話ではない。品物にまつわる話なら、まだ郷田の被っているマスクのほうが面白い。
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