第四章(四) 除霊は、技術にあらず、力にもあらず、芸術である

文字数 1,961文字

 ケリーが驚きの声を上げた。
「郷田さん、家具が動いています」
 家具が動いていると言われて、凝視する。だが、全くわからなかった。音楽が煩わしいので、停めようとしたら、龍禅が腕に手を掛けた。
「音楽を停めたら、ダメよ」

 なんで、除霊と関係ないロックを止めてはいけないのか理解不能だ。だからといって、無理矢理にでも止める必要はないので、ボリュームだけ下げた。
 近藤も「本当だわ、家具が動いている」と驚きの声を上げた。
 近藤が冷蔵庫の前で固まっているが、冷蔵庫は微動だにしていなかった。

 冷蔵庫の前に行くが、冷蔵庫は動いていない。
 冷蔵庫をじっと眺めていると、近藤から「下よ、下」と促されて、屈んで冷蔵の下を見た。
 よく見ると、冷蔵が置いてある床の隣に、汚れていない二センチほどの場所があった。
 重たい家具を動かすと、下から綺麗な面が出る。ケリーの傍に行くと、本棚の横にも埃がない綺麗な床がある場所があった。

 龍禅が腕組みして、静かな声で告げた。
「霊的な障害ね。私たちが郷田君の祈祷に注意が行っている間に、霊が家具を動かしたのよ。家具の移動は、霊からのメッセージね」
 昼過ぎなのに幽霊が出て、家具や家電を動かしたと、龍禅は言いたいのだろう。
「そんな、馬鹿な」と言いたい。だが、陰陽師としてやってきて祈祷して「わかりませんか?」と発言した後では、口にはできない。

 その場凌ぎで「うむ」と頷いた。だが、この後の展開をどうしていいか、全然わからなかった。
 龍禅からも「ああしろ。こうしろ」との指示がない。
 沈黙が場を支配した。
 近藤が初めて不安げな顔をして「霊はなにを伝えたいのでしょう」と聞いてきた。

 郷田は龍禅の強かさに舌を巻いた。龍禅は詐欺師崩れのインチキ霊能者ではなかった。凄腕のインチキ霊能者だ。
 龍禅は部屋に予めなにかのトリックを仕掛けておいた。龍禅が除霊をした後に仕掛けを作動させれば、当然、実はトリックでは、と疑われる。

 龍禅は疑われないために、郷田の祈祷のせいに見せかけて、トリックを作動させて、容疑者から外れた。そうしておいて、一見すると無関係を装い、依頼人の不安を煽る。
 龍禅が凄腕なのは明白。使用したトリックには痕跡らしい痕跡がなかった。

 痕跡がなければ、霊の仕業で押し切れる。オーディオに目をやった。疑うとすれば、龍禅の使用したトリックは音を利用する類だろう。だからこそ、先ほど音楽を止めようとすると、邪魔をしたに違いない。
 トリックのヒントが音だとわかるのに、まるで仕掛けがわからない状況なのが、どうにも悔しい。

 近藤が龍禅に「先生と」話しかけていた。このままでは、近藤が龍禅のカモにされる。
 郷田は厳かな顔で腹の底から「あいや、待たれい」と声を出した。
 三人が郷田の顔を見たので、威厳の篭った声を心がける。
「俺がどうにかしましょう」

 龍禅が顔を顰めた。明らかに「お前になにができる」といわんばかりの見下した表情だ。
 郷田は龍禅に構わず、リュックの中から練習で作りおいた霊符を取り出した。
「近藤さん、この霊符を、移動した家具と家電に貼ってください」

 近藤が神妙な面持ちで霊符を家具に張った。
 貼り終わると一礼して「では」と断って、家具を動かして元の位置に戻していく。
 近藤が重たい家具を動かしていると「あの、いったい何を?」と聞いてきたので、教えた。
「霊が動かした家具を直しています。なに、心配ありません。俺はベンチプレス、百二十キロも楽々いける人間です。高さが百八十センチある本棚といえど、中身の入ったまま、動かしてご覧に入れましょう」

 三秒ほど間があって近藤が口を開いた。
「本棚に本を入れたまま動かす行為は凄いですけど、なんの意味があるんですか」
「家具が元の位置にないと気持ち悪いでしょう。それに、重たい家具の移動は女性一人では無理です」

 近藤がどこか納得が行かないといった表情で聞き返した。
「それは、そうですけど。霊符の意味はなんですか?」
「霊符はどの家具を元に戻せばいいかの目印です」
 近藤が「エッ?」と小さく口にしたが、気にせずに家具を直した。

 家具を直すと祭文を読んで祈祷した。祭文は同じものを読もうとしたが、ノートを閉じたので、適当に開いた別の祭文を選んだ。
 新しい祭文は途中まで読んで「安産祈願」で除霊と関係ない内容だが、無視した。もう一度、祈祷して家具が動かなければ、除霊完了と言い張れる。

 祭文を詠み終えると、近藤が恐怖の表情を浮かべていた。
 まさか、と思い、霊符が貼られていた家具を見ると、家具がまた二センチほど動いていた。龍禅を見ると、龍禅は澄ました顔をしていた。
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