第七章(三) 伝説は蘇り大きく変る

文字数 1,956文字

 陰陽師になる将来をずっと先に延ばして、安楽な生活を築こうとしていたら、思いのほか早くに式神が使えるようなった。式神が使えるようになったので、陰陽師として一人前なのだろう。
 一人前になったが、なんとなく心が満たされなくなった。普通の霊能者と違い《カツの新影》の社員なので、生活の不安もない。

 やっぱり格闘技の道が捨てきれないのか、とも思った。といっても、格闘技の道に進んでも満足できない気がした。
 最初はケリー目当てだったが、二回の除霊を経験して霊能者も悪くないかと考えている郷田自身が、確かにいた。

 贅沢な悩みだなと思っていたら、出張中の鴨川から電話があった。
「郷田君、やっぱり簡単に信用できんわ」
 贅沢とはつくづく無縁だと悟った。贅沢は悩みでも三日で消えた。
「何を今更。お金は返せませんよ。カードの支払いが、すぐに来るんですから」

 鴨川がいたって普通な口調で応じた。
「たかだか百万くらいの端金を、返せとは言わんよ」
 金の話でないなら、なんの話なんだろう。

 郷田が不審に思っていると、鴨川が言葉を続けた。
「ただね、式神を使えるようなったからといって、鴨川新影流陰陽道の後継者とは認めるには早過ぎると感じたんだよ。それに、ワシは君の陰陽師としての仕事振りを見てないから、君の働きが見たいんだよ」
 これは、なにか無茶な仕事を言い出す前振りだと予感がした。

 予感がしたので返事をしなかったが、鴨川が郷田の返事を待たずに、すぐに用件を切り出した。
「来年、京都に出店する候補地を視察していたら、すっごくいい場所があったのよ。出店したら九割は成功間違いなしの、一等地。さっそく、地主と交渉したんだけど、余所者には土地は貸したくないって言い張ってね」

 京都出店は豚カツ屋の事業だ。陰陽師とは全く関係ない。
「まさか、社長。地主が土地を貸すように呪いを掛けろと仰るんですか。そういう行為に手は貸しませんよ」
 鴨川が電話口で怒鳴った。
「ワシは、そんな小さな男ではないよ」

 郷田が「すいません」と謝ると、鴨川が普通の口調に戻って告げた。
「それでも、交渉を粘ったら、世間話になってね。地主が持っている京都の別の土地に幽霊が出て困っているそうなのよ。幽霊といえば陰陽師でしょ。ワシが親切で腕の良い陰陽師を知っているって申し出たら、地主が馬鹿にしたように笑いやがって、もう、喧嘩よ」

 話が、やっと見えた。予想通りに、憤慨したとばかりに鴨川が怒りの言葉を吐いた。
「それで、ワシが連れて来た人間が今年中に除霊できたら土地を貸す。できなかったら、五年は京都に出店しない、って決まったわけ」
 子供の喧嘩みたいだが、金持ち連中とは案外こんな人間なのかもしれない。子供の喧嘩なら放っておくが、金持ちの意地のぶつかり合いなら、金になるかもしれない。

 うまくいけば、京都の地主とも良い付き合いができる。霊能者をやるにしても、パトロンが高齢の鴨川だけだと、先が心配だ。
 金がある人間だからこそ「人生は金ではない」と口にできる。「贅沢な悩みだ」と悩みに浸り続けたいなら、贅沢な状態を維持するために努力を惜しんではいけない。

「わかりました。幽霊が出る場所と時刻を、メールしてください。今回の仕事は、社長の沽券に関わるので、後詰めとして龍禅先生も連れて行きます。予定を調整するので、待ってください」
 龍禅に電話して事情を話すと、龍禅が少し困った口調で申し出た。
「困った事態になったわね。私は本業で、七日後にインドに行くスケジュールなのよ。インドから帰って来てからとなると、十二月十日頃になるわ」

「七日以内に除霊できないと、次のチャンスは年末になるのか」
 龍禅が少しきつい口調で忠告してきた。
「甘いわね。十二月十日を過ぎると、旧暦では神無月に入るわ。神無月に入ると、式神の力を使えない可能性がある」

 まさか、式神に弱点があるとは思わなかった。陰陽師なんて一年中できると思ったが、違った。今度からは鴨川に事情を話して、きちんと冬には一ヶ月の休みを取ろう。
 龍禅が乗り気ではない口調で、気になる情報を口にした。
「場所が京都なのも問題ね。京都に出る霊は、他の土地の霊より強いのよ。そんな強い霊がいる場所だから、京都の霊能者の質は高いわ。質の高い霊能者でも手に負えなかったなら、かなり危険よ。相手によっては、私では無理かもしれないわ」

 龍禅は完全に乗り気ではなかった。されど、鴨川直々の依頼なので郷田は断るわけにはいかなった。
「行かないんですか」と聞くと、龍禅が不承不承といった口ぶりで釘を刺した。
「乗りかかった船だから、行くけど、危なくなったら、さっさと逃げるわよ」
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