3-10

文字数 4,230文字

カルマ fake:recognition 3-10

先程の騒動など感じられないほど、静かな森を二人の鬼の男は歩いていた。
久しぶりの兄弟二人、水入らずの時間を過ごしていた。
二人ともボロボロになっていたが、別々の牢に囚われる事になって、数ヶ月間離れ離れになっていた時よりもマシだと思った。
ずっと、二人で任務をこなしていた。
親から捨てられた時から、ずっと二人で生きていた。
二人の兄弟に任せられたのは、裏切り者の暗殺だった。
とても人に言える仕事では無かったが、誇りもあった、何より任務には忠実だった。

だが、とある任務を境に兄弟の世界は一変した。

ある人物の暗殺、それが兄弟に与えられた任務だった。
暗殺し、死体を処理せよとの事だった。
何でも、組織に裏切りを働いた者らしい。
そして、龍血の使い手だった。
自分達の組織は、裏切り者には容赦がなかった。
異能者が集まる集団なのだから、最もな事なのだが…。
龍血の持ち主は、例え遺体であっても貴重な情報が残されている。
それを、秘匿せねばならなかった。
各国、それぞれ俺達の様な異能者が集まる組織を、極秘に持ち。皆、他国の情報を喉から手が出るほど欲していた。
今は、表向き戦争はしてなどいないが、他国より優位に立つ事に躍起になっているのは目に見えている。

俺達は、無事に任務をこなした。
きちんとターゲットを暗殺し、そして遺体の処理も完璧にこなした。
だが、帰った俺達に待ち構えていたのは裏切りだった。
俺達にかけられた容疑は、仲間殺しと、遺体の密売、そして情報漏洩であった。

嵌められた…俺達は、直ぐにそう思った。

「俺達は無実だ!ソイツには、暗殺命令が出ていた!だから、始末しただけのことだ!」

俺達が声を上げれば上げるほど、どんどん墓穴を掘ったかの様に悪い方に転がっていった。
何故なら、暗殺の命令を出す奴の顔も知らない、声も知らない、何時もの様に烏の式神が命令書を持ってくる。
読んだ瞬間に、頭に記憶される様に術式が施されている。
証拠など出るわけがなかった。
今回は、チームでは無い二人だけの任務だ、誰を暗殺するかなど、他の奴が知るわけも無い。
極めつけは、遺体の処理だ。
何時もは、暗殺した死体を持ち帰るか自分たちが始末していたが、今回に限り他の奴が処理したりしていた。

そして俺達は、直ちに拘束された。

人見彗國が、今回の件を持って来るまで俺達は人間らしい扱いなどされなかった。
特に、弟に対しての拷問が酷かった。
弟と俺は牢でも引き離された、離れても聞こえる弟の叫び声が耳にこびりついて離れなかった。
俺が口を割れば、弟は楽になるというのが奴等の口癖だった。
牢に戻ってきた弟は、日に日に衰弱していった。


人見は言う、今回の試験のターゲットを殺せば俺達を解放すると、藁にも縋る思いだった。
二つ返事で了承した。

まだ、龍血を扱い慣れてない素人に毛が生えた程度の奴など、簡単にひねり潰せると請け負った時は思っていた。
弟の体力でも、大丈夫だと自分に言い聞かせた。
だが、その見込みが甘かったと痛感したのは試験が終わってからだった。

こうして、弟と一緒に居られるのが、もう残り少ないと頭の隅に過ぎった。

「兄者…俺…、こうして兄者と居れて良かった」

「ああ、俺もだ」

二人の目の前に、漆黒の髪をたずさえた死神の面をつけた男が現れた。

「悪いな…、俺も仕事なんでな」

「アンタは…噂に聞く、影の部隊の奴か…。そんな大層ご立派な人に殺されるとは捨てたもんじゃねぇなぁ」

赤い鬼の男は、斬られる最後の時まで、何時もの調子で煽って見せた。


「隊長終わりましたか?」

目だけが鋭く、くり抜かれた面をつけた男が、死神に話しかける。
だが、その面からは、瞳を窺い知る事が出来ない。

「ああ、後は頼んだぞ…」

「了解」

黒い烏が、動かなくなった二人の男の亡骸を木の上から眺めていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

厳粛な雰囲気の中現れたのは、冷厳そうな老人の男だった。
その出で立ちは、万人は近寄る事も躊躇うだろう。
頭にはバリアートの様な紋様が刻まれ、白髪のウェーブ掛かった長い髪をサイドに搔き上げるように垂らしていた。
極めつけは、烏の紋が入った黒い着物に黒い羽織、黒紋付羽織の出で立ちがよりいっそう箔を付けた。
カルマは、その男が出すオーラに圧倒され体を強張らす。
「ほっほ、そんなに身構えなくても良い。誰もお主を、今ここで何かしようなど思っておらんわい」
そう言いながら老人は、自身の髭を左手で撫でながら自己紹介をした。
「儂は、八咫烏の頭を務める十六夜議席、第十三席神々廻観音じゃ。よろしく頼むぞ」
「狗神苅磨です!こちらこそ、よろしくお願いします」
カルマは、緊張のあまり体を硬直させた。
無礼にならないようにと頭では考えるが、実際はただ、ぎこちないロボットがお辞儀してるようにしか見えなかった。

「また、狗神の血をひく者とこうして相まみえるなど世の中わからんものじゃな」
カルマは翁のその言葉に、引っかかりを覚えた。
「それって、アンタはオレの家族の事何か知ってるって事か!?」
カルマは勢い余って、礼儀をわきまえない言葉を発してしまった。
「ごほん!狗神くん…頭目の御前ですよ!」
人見は、軽く咳払いして不躾なカルマを窘めた。
「すみません…!頭目、何か知っているのなら何でもいいんです!教えて下さい!」
カルマはより深く頭を下げた、何せ家族の事など面倒を見てくれた神代家と、亡くなった祖父、影吉の事しか知らないのであった。

「ふむ…、何処から話そうかのぅ。狗神の血の者は優れた式神使いを輩出する家系であっての。八咫烏にも、十数年前までは狗神の血をひく者がおったのじゃ。名を確か、狗神縁紫(いぬがみえにし)と言ったか」
頭目と呼ばれる男は、過去を懐かしむような顔をしてポツリポツリと話し出した。
「じゃが…、ある時から行方不明になってのう。パタリと消息が途絶えたのじゃ…。それから、どうしているかも掴めず…。しかし、こうしてまた、狗神の者と話す事が出来嬉しく思うぞ」
冷厳な老人は、カルマに優しく微笑んで見せた。
「狗神…縁紫…」
初めて聞く名前に、カルマは戸惑いを隠せずにいた。
「まぁ、戸惑うのも無理はありません。ですが、頭目、そろそろ本題に入られてはどうでしょうか?」
人見は、翁に話を進めるよう提案する。

「そうじゃった、そうじゃった。つい、昔の知己にあったようでな、話が逸れてしまっていたな」
ほっほと笑いながらも、老人はその厳格な雰囲気を崩してはいなかった。
「狗神苅磨よ、そなたの活躍見せてもらった。して、そなたが正式に八咫烏の一員になることを認めよう。これから、そなたには如何なる難題が向かおうとも、それに立ち向かい解決することを切に願う」
「ハイ!八咫烏の一員として恥じぬよう努力することを誓います!」
カルマは、精一杯の誠意を込めて通りの良い声を発した。
「うむ、これからの成長楽しみにしておる。何かあれば、羽衣石や鏑木を頼るが良い。では、下がって良いぞ」
こうして、頭目との邂逅を無事済ませることが出来たカルマであったが、思わぬ名前との出会いに驚きや嬉しさに加え、内心複雑な感覚が湧いてくるのを感じた。

(狗神縁紫…じいちゃんは、何も言ってなかった…
何でオレに教えてくれなかったんだろう?)
亡くなった祖父に、思いを馳せても答えを問うすべはなく、考えれば考えるほど謎は深まるばかりだった。
(鏑木隊長なら…何か知ってるかな?)
「…神くん、狗神くん!もうすぐ、境界の門を超えますけど一人で戻れますか?」
「へ?あっ、もう着いたんですか?」
ぼんやりと歩き進めるカルマに不安を感じたのか、人見が声をかける。
「考え事ですか…?まあ、無理もない話ですね。狗神縁紫…気になるのでしょう?」
ズバリ心中の靄の中心を当てられて、ドキリと心拍数が上がった。
「えっ、と。そうです…自分自身聞いたことがない名前だったので…。人…見さんは、知っていますか?」
恐る恐る、僅かばかりの期待を込めて人見に尋ねる。
「いえ、申し訳ないですが…。十数年前の事は、流石に存じ兼ねます。ただ、狗神の者は優れた式神使いだったと聞きます。特に、狼のような姿を模している式神を好んで使役するとも」
狼、確かにずっと一緒にいたシロは式神だった。
ならば、シロは狗神縁紫という人の式神という事になるのだろうか。
「おや。狗神くん…悩んでいるところ申し訳ないですが。迎えが来たようですよ」

人見が、指し示す目線に目を配るとそこには、皇スバルの姿があった。
「遅い!早く行くぞ!」
「スバル?どうしたんだ、こんな所に。もしかして、心配して来てくれ「んなわけあるか!」
スバルはカルマのつかの間の喜びを、打ち砕くように冷たくあしらった。
「隊長に行けと言われたから、来ただけだ!」
「おやおや、そんなに冷たくしないでください。狗神くんは、我々の仲間。それに、皇くんの部隊の一員になったのですから、ちゃんと面倒見てあげてくださいね」
「おまえにだけは、言われたくない!おい、毬栗頭!」
「って、オレか!?」
「おまえ以外に誰がいる?さっさと行くぞ!」

ますます、機嫌が悪くなるスバルの耳元で人見が囁く。
「ーー!!人見…おまえ!次にその言葉を言ってみろ!徒では済まないからな?」
遠目から見ても、スバルの瞳孔が開くのがわかった。
今にも、人を殺めそうな殺気を人見に対して放つ。
「おお、桑原、桑原。皇くんの機嫌も悪いみたいですし、この辺で私はお暇を。お二人とも、気をつけてお帰り下さいね」
「人見さんも、気をつけて…「アイツに余計なことは、言わなくていいんだよ!早く帰るぞ、隊長も先生も待たせてる」
カルマはまるで、散歩中の犬が飼い主にリードを引かれるかのごとくスバルに腕を引っ張られた。
「あだだだ、わかった!わかったって!だから、腕をそんなに引っ張るな!」
「では、また逢う日を楽しみにしていますよ」
人見は笑顔を貼り付けて、二人が見えなくなるまで手を振っていた。
(やはり…、狗神の血筋といった所でしょうか…。あの、乾坤兄弟では少し荷が重かったですね、きっと)

人見の元に、一つ目の蝙蝠型の式神がやってくる。
その一つ目の蝙蝠は男の声を発した。
「例の処罰完了。遺体の処理をもって帰還する」
「そうですか。御苦労様です」
一つ目の蝙蝠からの受信した音声に、声をかけ通話を終了した。
(最後に、兄弟水入らずで死ねたのですから。感謝して下さいね)

そして、境界の門から人気が消えた。
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登場人物紹介

狗神苅磨《いぬがみかるま》

主人公、ある事件に巻き込まれ八咫烏に所属することとなった。

皇スバル《すめらぎすばる》

八咫烏の鏑木隊のメンバーの一人。

神経質で口が悪い。鉄の糸の使い手。

綾瑪玲音 《あやめれん》

八咫烏の鏑木隊のメンバーの一人の少女。

機械のように感情の起伏に乏しい。

高木繭花《たかぎまゆか》

苅磨の高校の先輩。

好奇心旺盛で、お節介な性格。

菜月《なつき》

苅磨がお世話になっている夫妻の一人娘。

苅磨を兄のように慕っている。

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