1-9

文字数 2,548文字

カルマ fake:recognition 1-9

蒼髪の少女の案内のもとカルマは奥に進んだ。
奥に向かう道中の檻の中にも、先程見た状態の子供達が押し込められていた。

だが、先程と違いお母さんという単語を途切れ途切れつぶやいていた。



「問いかけに答えれる者はいませんでした」
「そうか、時間の問題だな」
先陣をきるカルマの後ろの方で黒装束の少年は、静かに鬼の面の男に報告した。



「ここよ…。貴方の名前を呼ぶ子が居るのは」
少女が案内したのは一番奥の扉だった。
「菜月!!」
今にも、走り出しそうな苅磨を鬼の面の男は制止した。
「過度な期待はするな。今ならまだ戻れる……レン、先に様子を見てきてくれ」
少女はこくりと頷くと先に進んだ。
「やめてください!覚悟なら出来ています…!お願いです、菜月に会わせて下さい!!」
うっすら涙を溜めて苅磨は男達に頼んだ。
「オレは逃げちゃダメなんです…!どんな姿でも菜月を受け止めます」

奥の部屋から蒼髪の少女が出てくる。
「彼女…まだ理解できるみたい。来て、貴方に会いたいといっている」
一抹の不安を抱きながらも苅磨は真っ直ぐ進んだ。



奥の扉を進むと沢山のケーブルに繋がれた機器が散乱していた。

電源は入っているが砂嵐が流れるだけで壊れているようだ。

「カルマ兄…なの…?」
壊れた機器達の電光に照らされ、奥にポツリと小さな人影が見えた。

「菜月!!」
苅磨は急いで小さな人影のもとに駆けつけた。
黒い布で、身体がすっぽり覆われている人影がこちらを向いた。

そこには顔の半分が黒い血管が浮き出て変色していた菜月の姿があった。
「菜月!菜月!!良かった!!ごめん、遅くなった!」
「ううん、カルマ兄…。来てくれたんだね」
やっと再会できた安堵からか、苅磨は菜月を抱きしめた。
「カルマ兄の言った通りにすれば、こんなことにならなかった…ごめん、ごめんなさい」
そう言い、菜月は残った片方の人の目で涙を流した。
「いいんだ、もういいんだ。菜月。オレ達の家に帰ろう…」
菜月の顔がこわばった。
「……帰れない…わたしはもう帰れないよ…」
「え?」
菜月の、言葉の意味がすぐに理解出来なかった。
「帰れないって?菜月…姿のことなら気にするな!オレが…オレが守ってやるから…!だから…一緒に帰ろう…?」
菜月は静かに首を振った。
「違う…違うの…。もう無理なんだよ。頭の中がどんどん何かが入ってくる!どんどん自分じゃなくなる!いつ、カルマ兄のことも、わからなくなるかわかんないよ!」
そう言い菜月は頭を押さえながら悶える。
不意に布で隠れていた頭が見えた。
まだ小さいが、頭からはあの怪物達と同じツノが生えていた。

「あっ、がっ!」
苦しそうに身悶える菜月の瞳は獣のソレだった。
「痛い…痛いよぉ!助けてぇ…!」
苦しむ菜月の手を残った片腕で握り返す。
菜月の手も、もう以前の彼女のものではなかった。
獣の咆哮が響き渡る。
苅磨は、鬼の面の男に菜月から引き離された。
「何をするんですか!菜月は…まだ」
「もう手遅れだ。これ以上苦しませるな…!」
「なんとかならないんですか…?お願いします、なんでもしますから菜月を助けてください!」
苅磨は必死に男に懇願した。
「がっ!」
黒装束の少年に吹き飛ばされた。
「見苦しいな…。だから言ったはずだ!お前の覚悟はそんなものなのか!」
少年は苅磨の行動に苛立ちが隠せない様子だ。
「ちくしょう…ちくしょう!!」
何もできない苅磨は、自分の無力さにどうしようもなく床を叩いた。

「隊長もう無理です。さっさと終わらせましょう」
鬼の面の男は、苅磨を一瞥してから獣になろうとしているソレに刃を構えた。
「いい子だ。じっとしていればすぐ終わる」

このままでは、一生後悔する。
菜月の、変容する姿を眺め冷や汗が苅磨の頰を伝う。
回らない頭で、必死に思考を巡らせる。

ーーこれで、これで本当にいいのか…!オレが…最後にできることはーー



「待ってください…。オレが…菜月に……、トドメをさします」
苅磨は淡々とした口調で申し出た。
そこには狼狽えていた少年の姿はなかった。


菜月は、苦しそうにもがき暴れていた。

苅磨は鬼の面の男から、介錯用の刀を受け取った。

昔の事が苅磨の脳裏を駆け巡る。
しっかり者の菜月に、いつも怒られていた気がした。
ゲームで負けるとむくれること、強がって素直に甘えれないこと…菜月のお陰で、今まで神代家に馴染めたこと。

「菜月…今、楽にしてやる…」
苅磨は、重い足取りで菜月の元にたどり着いた。

そして暴れる菜月を抱きしめる様に、心臓があった場所に刀を突き刺した。
ゆっくりと刀から黒い血が流れてくる。

体温が感じられる生暖かい血だった。

苅磨は、菜月の頭をそっと撫でてやる。

「カルマ兄…そこにいる…の?」
「ああ、いるよ」
か細い菜月の声が苅磨を探している。
苅磨は、菜月の手を優しく取り安心させた。
「もう何もわからない…んだ。でもね…カルマ兄のことだけは、なんとなくわかるよ…。シロ…は無事?はぐれちゃったんだぁ…」
「心配するな、シロは無事だよ」
もう限界が近いのか、いつもの快活な菜月の声よりずっと小さく辿々しい。
「そっかぁ、良かったぁ」
「わたしね…カルマ兄と一緒にいれて楽しかった…んだ、本当のお兄ちゃんが出来たみたいで嬉しかったんだぁ…」
「オレも菜月といれて楽しかったし、本当の妹が出来たようで嬉しかったよ」
「それから…えっと…なんだったかな。いいたいこと、たくさんあったんだけどわすれちゃった…」
「ああ、思い出したらでいいよ」
菜月は必死に必死に苅磨に想いを伝える、年端もいかない菜月でも、そろそろ別れが近づいているのがわかっているようだった。
「あのね…わた…し聞こえるんだ…。灰の降る音が…みんなが呼ぶ声が…」
「……菜月」
「なんだかねむくなってきちゃった…」
苅磨は、菜月の頭を優しく優しく撫でてやる。
いつも撫でてる髪と何も変わらなくサラサラと髪は流れていく。
「うん…、そっか……。…おやすみ。菜月」
「おやすみ、カル…兄…」

虚ろな瞳はゆっくりとその目蓋を閉じた。
閉じた目蓋から溢れ出す一雫の涙を、苅磨は掬い菜月の胸に突き立てた刃をそっと引き抜いた。

苅磨は菜月を床に寝かせながら、その空いた傷口を隠すよう胸に菜月の手を組ませてやる。


カルマの目からは、不思議と涙は流れなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

狗神苅磨《いぬがみかるま》

主人公、ある事件に巻き込まれ八咫烏に所属することとなった。

皇スバル《すめらぎすばる》

八咫烏の鏑木隊のメンバーの一人。

神経質で口が悪い。鉄の糸の使い手。

綾瑪玲音 《あやめれん》

八咫烏の鏑木隊のメンバーの一人の少女。

機械のように感情の起伏に乏しい。

高木繭花《たかぎまゆか》

苅磨の高校の先輩。

好奇心旺盛で、お節介な性格。

菜月《なつき》

苅磨がお世話になっている夫妻の一人娘。

苅磨を兄のように慕っている。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み