2-7

文字数 4,138文字

カルマ fake:recognition 2-7

「では、腕の接続を開始する。…橈骨神経を接続」

義手をカルマの体に近づけると、それはまるで生き物のように体に根を張った。

神経が合致した時、カルマに強烈な痛みの電流が流れる。
それは瞬く間にカルマの脳を駆け巡った。
思わず声が漏れる。
「…っゔ!!ゔゔぅ!!」
神経が繋がり、足りなかった部分が再構築されていく。
腕が蠢いている。絶え間ない痛みに、体が無意識に反応するが、それを拘束具が許さない。
痛いと感じる間に、何度も何度も痛みの波が押し寄せた。

腕が脈動する度に、焼き切れるかの如く神経が熱かった。

「ぐっおぉおお…!!ゔぅっ!!」
カルマは、口に轡が嵌められているせいで、声が思うように出せなかった。
「あと、もう少しで全てが繋がる…!耐えるんだ!」
義手と体の龍脈が繋がったのがわかった瞬間、ドッと何かが流れてきた。

意識になにかが、入り込むそんな奇妙なカンカクがした。
ソレハナンダカ、ナツカシイソンナカンジガシタ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「狗神くん、狗神くん!こんな所で、まーた、サボってる!」
栗色のボブくらいの髪を揺らしながら女性が声をかけた。

「高木せん…ぱい?先輩!無事だったんスね!?」
狗神苅磨の通っていた、学校の先輩の高木繭花だった。

「?どうしたの?まさか寝ぼけてる?まーた、菜月ちゃんと遊んで夜更かししてたんじゃない?」
苅磨の様子に高木繭花は怪訝そうにする。
「え?いや、そうじゃない…けど」

苅磨は辺りを見渡した。よく見知ってる学校の屋上だった。
「アレ?学校の屋上…?」
「今日の狗神くん。なんだか、ちょっと変だよ?大丈夫?今日は、依頼も無いから早く帰った方がいいと思うな」
ーー何をしてたんだっけ、何か…思い出そうとすると頭が真っ白になるーー

高木繭花に急かされるまま、苅磨は帰ることにした。

下校途中「バウッ」という声と共に白い犬が駆け寄ってくる。
「こらー、シロ急に走っちゃダメでしょ!」
シロと呼ばれる犬の後ろから、リードを持った少女が走って追いかけてきた。

「もう、なんだカルマ兄かぁ〜!今帰り?」
「ああ、そうだよ。菜月はシロの散歩か?」
菜月はうんと元気よく返事をすると、シロ行くよと言い散歩に戻ろうとする。

「!!カルマ兄どうしたの?ビックリするじゃん」
思わず苅磨は、菜月の腕を掴んでしまった。
心臓がドクンドクンと脈打つ。
底知れぬ不安がカルマを襲う。行くな!行ってはダメだ!その言葉が頭の中をグルグル回る。

「帰ろう…菜月!なんだか…嫌な感じが…」
「帰るってどこに?もう、帰る場所なんてないじゃない…」
「菜月…?」
菜月の顔が暗くて見えない。
先ほどまでの、見知った風景が暗闇に包まれる。
先ほどまでいた、シロの気配が消えた。
「シロ!菜月、シロがいない!探さないと!」
「カルマ兄どこ行くの…?置いていかないでよ?」
「菜…月…?!」

気づいた時には、菜月は苅磨の上に覆い被さりギチギチと首を絞めた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「ぐうッ、あああああ!!」
室内に雄叫びが響いた。ガタガタと拘束具が引っ張られる。
「狗神君!目を覚ますんだ!自分を見失うな!」
四ツ谷が、神経を接続させ痙攣を起こすカルマに訴え続ける。
「四ツ谷!ここは俺が押さえておく、早く接続を完了させろ!」
「あっ、ああ!!鏑木、頼んだ!」
拘束具を、引きちぎらんばかりに暴れるカルマを、鏑木は押さえる。
鏑木の指示の通り、四ツ谷は手早く作業に戻る。
その間も、カルマの無情な叫びは続いた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

菜月に首を締め上げられ、カルマの頭はグラグラと揺れた。
「ねェ…、カルマ兄…苦しい?…わたしも苦しかったんだよ?カルマ兄に置いて行かれて…!あんな暗くて寒い所に!!」
「…ぐっ!!…菜…月…?!」
「ここはわたしたちだけの世界だよ?カルマ兄が置いて行ったあんな所よりあったかいの!!だから、カルマ兄…。ずぅっと……、ワタシとココにイよう?」
「…菜月…、置い…て…行った…」
「そうだよ…、カルマ兄…菜月のこと置いて行ったじゃない…」
「菜…月…、カハッ…!」
「だから、もう離れ離れにならないように…こうして…こうして…アハハ!!」

邪悪に無邪気に笑う菜月に、締め上げられ続け苅磨の意識は、だんだんと遠くなっていった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「接続…完了…!!」
ビキビキとベルトが引きちぎられる音と共に、カルマを抑えていた拘束具が破壊される。
解放された左腕で他の拘束具も引きちぎった。
「うわっ!っと、危ない危ない」
四ツ谷と鏑木は拘束具が壊れる前に、カルマから素早く離れた。
カルマの左腕は先程とは違い鋭い爪を備え、それはさながら竜の爪のような形態だった。

「狗神君…!悪いがちょっとした拘束術を使わせて貰うよ」
カルマの周りに書き散りばめられた、術の陣を作動させる。
「破魔の陣:起動!」
すると、部屋の外から術式に龍血の力を送る者たちが術を発動させるべく龍気を注ぎ始める。

「彼の者を拘束せよ、縛!」
「…グウウ…ウウ!」
カルマは低く唸った。
カルマを拘束せんと四ツ谷の術が発動するが、カルマの左腕は術を押し破った。
術が破られ、部屋の外からモニタリングしていた、四ツ谷の同僚たちに緊張が走った。
「くっ…」
四ツ谷を、カルマは獲物を見つけた肉食獣のように定める。
一飛びで、四ツ谷の首を搔き切れる間合い迄カルマは詰める。
(…はやい!…やられる!!)
四ツ谷は、迫り来るカルマに思わず目を細め痛みを覚悟する。
鼻先まで迫った爪から、ギチギチと金属が擦れるような音がした。
四ツ谷は目を開き確認すると、鏑木の大剣がカルマの一撃を凌いでいた。
「鏑木…!?」
「ここは、俺が抑える。四ツ谷おまえは早く行け…!おまえのことだ…他にもあるんだろう?カルマを抑える術式が」
鏑木が大剣でカルマの爪をいなす。
あと少し、遅かったら四ツ谷の首がなかったであろう。
四ツ谷は、直ぐに頭を切り替え走り出す。
「さすが、鏑木隊長と言った所か…。わかった、鏑木死ぬなよ!スグ戻る!」
走りながら四ツ谷は思考を巡らせる。
(まさか一級の破魔の陣を打ち破るとは…甘く見ていた!死なないでくれよ、鏑木!)


キーンと金属が弾きあう音が鳴り響いた。
「…ガアァッ!!」
まるで獣のようなソレと鏑木は対峙する。

ソレはカルマの見た目をしたケモノだった。
(…移植した左腕に侵食されたか…)

鏑木は、激しいカルマの攻撃を大剣で受け止める。
カルマは鏑木まで一気に距離を詰め、体を捻り反動を利用して鋭利な爪を使って引き裂きに来た。
大剣で攻撃を弾くものの、足への注意が一瞬疎かになる。
そこへカルマは、すかさず片腕を地面につき、蹴りで鏑木の足を薙ぎ払った。

思わぬカルマの攻撃に、バランスを崩す鏑木にカルマは追い打ちをかける。
覆い被さるカルマを、大剣でガードするもカルマの左腕が凄まじい力でねじ伏せようとする。
「グウウゥ…!!」
「カルマよ…、お前の覚悟はそんなものか!!」

鏑木の叫びが部屋に響き渡った。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


白衣を着た人物が、四ツ谷以外にも何人もいるのが伺える一室だった。
研究室だろうか…四ツ谷は部屋に着くなり、部屋を掻き漁っていた。
「あった!これなら」
「四ツ谷室長!それは、先代が残した稀少な遺物の一つです!危険すぎます!」
「それでも、これに賭けるしかない。この術式を使うなら今だ!」
そう言うのが早いか、研究員たちの言葉を遮り四ツ谷は駆け出していく。

「待ってください!四ツ谷室長、まだ話は終わってませんよ!?」

研究員の言葉は、四ツ谷にはもう届いて居なかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

メキメキと、菜月の小さな爪がカルマの首に食い込む。
「ぐっ…」
「カルマ兄は、菜月とずぅっとココで一緒に居るんだよ?」
呼吸が出来ない、菜月の細腕のどこにこんな力があるのか、彼女は目一杯恨みを込めながら苅磨の首を絞め続ける。

視界が薄れていくのを感じ、そのまま苅磨は意識を手放した。

暗い海のような靄の中を漂う。前にも訪れたことがあるそんな気がした。

「また、来たのね。」
ーーこの声はあの時と同じ声ーー
「探し物は、見つかった?」

サガシモノ…探し物…菜月…。

「そう、見つかったのね。でも、とても悲しいことになってしまった。……もう、あなたは旅を終えたい?」

カルマは優しい声の問いかけに首を横に振った。
「それはダメなんだ。オレのワガママに付き合ってくれた人がいる。その人に失望されたくない。」

カルマは思い出す。今まで出会った人たち…そして鏑木の言葉を。
ハッと、何かを思い出したカルマは声の主に告げる。
「オレ、行きます!こんな所でグズってる場合じゃない!」

そう宣言した瞬間、左腕が痛み出す。
全てを思い出させるように。


苅磨は菜月を…菜月の姿をした何かが、首に爪を立てながら締め上げている腕を掴んだ。
「カルマ兄…抵抗するんだ…?」
「お前は菜月じゃない、そうだろ…?オレは何があっても立ち止まらない!だからお願いだ、退いてくれ」
「何を言って…」
「龍血よ、オレに力を貸してくれ!オレは力が欲しい…誰かを守れる力が!」

菜月の姿をした何かが苅磨を見据える。

「貴様如きが余の力を欲するか…。ならば、余に勝ってみせよ…さすれば、考えてみても良かろう」

先程までの菜月の声とは別人の声がした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「ぐぁっ!!」
鏑木にのしかかっていたカルマが、急に苦痛に顔を歪め離れた。
「無事か?鏑木!!」
戻ってきた四ツ谷が、カルマが離れた隙に鏑木の元へと駆け寄る。

「ああ、それよりアレは?」
カルマの左腕には、杭のようなものが一本刺さっていた。
「アレは、咎人の杭だよ。先代が最後まで研究してた遺物だよ」
「噂に聞いたことがある。龍脈そのものを機能停止させるものだと」
「ご名答、かつて龍血を受け継ぐものから、罪人が出た時に使用されたという曰く付きの遺物さ」
四ツ谷は鏑木を起こそうと手を差し出すが、異変に気付いた鏑木は注意を促した。
「四ツ谷!!気をつけろ!!」


鏑木が言うよりも早く、四ツ谷に黒き爪が迫った。
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登場人物紹介

狗神苅磨《いぬがみかるま》

主人公、ある事件に巻き込まれ八咫烏に所属することとなった。

皇スバル《すめらぎすばる》

八咫烏の鏑木隊のメンバーの一人。

神経質で口が悪い。鉄の糸の使い手。

綾瑪玲音 《あやめれん》

八咫烏の鏑木隊のメンバーの一人の少女。

機械のように感情の起伏に乏しい。

高木繭花《たかぎまゆか》

苅磨の高校の先輩。

好奇心旺盛で、お節介な性格。

菜月《なつき》

苅磨がお世話になっている夫妻の一人娘。

苅磨を兄のように慕っている。

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