第3話 公園(2)

文字数 1,132文字

 料理の味なんて憶えていない。ピアス穴を両耳にバシバシ開けた気だるげなアンニュイ美女に見守れながら、誰が焼いたのだか分らない卵料理を気合で喉の奥に飲み込みこんだ。いっそ横にあるグラスボトルに手を出してしまったほうが楽だったのかもしれない。でもそこまでは大胆に振る舞えず、僕は吐きそうになるくらい真剣に咀嚼して詰め込んで、咀嚼して詰め込んだ。
 いつの間にか背の高い影が横にニュッと伸びた。どさりという音に振り向くと、胡坐をかいて不思議そうに見つめたコウキくんがいた。両腕がいやに太かった。
「アカリ、なにこいつ」
 僕の背中に、何かを失敗したときのようなうしろめたさがゾワゾワと這い廻った。
「あー」と、億劫がりつつアカリさんは口を開いた。
「となりで花見してた。気づいてなかったでしょ、キタコーセーだよ」
 コウキくんは「ふーん」と興味なさそうにうなずいた。
「で? 俺の彼女の手料理、おいしい?」
 いや、ちょっと待ってよ。
「うっざ。カナタが勝手に持って来た…… そのボトルを見られたから、あたしが気を利かせて後輩君を共犯にしてるんだろ」
 いや、ちょっと待てって。
 慎重に、慎重に口の中ですり身になっているエビと小麦粉を飲み込んだ。
「げほっ」
 僕たち三人の間の時間が止まったように思えた。
「で? コウキは何で戻ってきたの? いやごめん、悪かった。あたしがトイレとかで困ってないか気を使って戻ってきてくれたんだよね、ありがとう。うん、でも大丈夫だから。あんたのそういうまめで気が利くところ、ヒマリはすっごく褒めてるよ。だから彼女のそばにいてあげてね。あー、そうだよねコウキには分かってるのか、あんた何気に一番頭いいもんね。戻ったら戻ったで、ヒマリとボール遊びしてるカナタに対して、嫉妬してる振りなんかして、ヒマリを喜ばせてあげるんだよね」
 コウキくんは真顔でじっとアカリさんをにらんでいた。
 アカリさんは空に向かって叫んだ。
「くっだんねぇー!」
 コウキくんは荒ぶるアカリさんを完全に無視して、バケットの上に卵を乗せだした。小分けパウチのケチャップをその上にプチュっと絞ってから僕に向かって突き出して来る。
 僕は居ても立っても居られずにバケットを受け取って、両手で口に突っ込んだ。うぐっ。
「げーほっげほっ、げほっ!」思いっきりむせた。
 コウキくんは笑いながら僕の背中をさすってくれた。そしてコップにお茶まで注いでくれた。
「アカリ、貴重品は俺が見とくから、二人でそこらへん廻ってきたら?」
 アカリさんは「あっそ」とスマホを肩掛けカバンにしまうと周りを大げさに片付けだした。
「そしたらあたし、もう戻らないから。ヒマリによろしく言っといて」
 そして「行こ」と、僕の肘を掴んで歩き出した。
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