第9話 学校(2)

文字数 1,776文字

 放課後と言えど、日が伸びてきてまったく暗くない教室だった。
「ちょっと貸して」と、僕のクラスメイトの綾野さんの席はコウキくんに奪われた。奪われた…… はずなのだが、綾野さんはピカピカの瞳で嬌声をあげて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら下校した。
 カナタくんも付き添いで来ていたが、ロッカーの前で下級生達に囲まれていた。僕のクラスメイトの大野くんは、カナタくんに空のガムの包み紙を背中に入れられて、なぜかとっても嬉しそうだった。そのまま背中をわしゃわしゃ撫でられると、「いたいよカナタくん、いたい!」と言って笑った。
 コウキくんは綾野さんの席から、隣りの僕が下校準備を進めるのを見ていた。机の中に残った教科書を何も言わずに笑って指さしてくる。置き勉です。不真面目ですみません。
「あのさあ」と、コウキくんは話を切り出した。
「アカリがバーベキュー大会は嫌だって言ってくるんだ」
 バーベキューがどうとか、アカリさんからは聞かされてはいなかったが、それはそうでしょといった感想だった。アカリさんとバーベキュー大会……。水と油そのものだという気がした。
「そこはヒマリの誕生日会なんだからさって、折れてくれよって伝えたら、プレゼントは渡すし、お祝いはするけど、バーベキューは嫌だってさ。説得してくんない?」
 推測するにまだ計画の段階なのだろう。こんな風に説明されても破綻させたくて仕方がなかった。折れてくれよだって? 今までずっと折れて来たじゃないか。
 急にカナタくんが肩を組んで狭い椅子にむりやりケツを押し込んできた。負けねえぞ陽キャ。おお、やるか。おいふざけてんじゃねえ。
「正直、アカリさんが可哀そうなので、バーベキュー以外の選択肢はないんですか?」
「いや可哀そうって……」
 不思議そうに尋ねるカナタくんに反して、コウキくんは真面目な顔をしながら追求してきた。
「そこをなんとか……」
「いや、僕が頭を下げられる理由もわからないですよ。先輩達に説得が無理なら僕にだって無理です」
 友達未満だし。
「なんか理解に齟齬があるな」
「何人くらい参加する予定なんですか?」
「前やったときは話が膨らんで、20人近く集まった」
 は? 20人弱のバーベキュー大会とかアカリさんにとっては地獄でしかないのでは……。
 移動手段の貧弱な学生連中が20人集まって来るとか、どうなってんだこの片いなかは……。まさか保護者同伴じゃあるまいな……。まあ、でも中には送り迎えしてくれる親もいるんだろうな……。エルグランドとか平気で走ってるしな……。集まる人々……。
 バーベキュー場が用意したバーベキューセットと見事にカットされた食材の数々…… お調子者の小柄な男が着火剤に適当に火をつけての急な火おこし、そして総ツッコミの嵐…… 訳知り顔の中堅どころが炭のやぐらを組んで仕切り直し…… そうそう、こういうのじゃなきゃ…… と感心を一手に、中堅どころは鍋奉行ならぬ、網奉行に変身する…… おーい、こっち焼けてるんだけど…… ああ、匂いだけでお腹空いちゃった…… 焦げ焦っげのウィンナーとかぼちゃのスライス…… 取り皿の上の冷えたカルビ…… やっぱり炭火はちがうねぇ…… おまえ気を利かせて、女子に持ってってやれよ…… 楽しんでる? 最高ですぅ…… 唐突に始まる世にもくだらないゲームと、興味を引かれないガールズトークの数々…… あの子は下ネタオッケーで、あの子はダメで…… やがて自主的に食器を洗い始める女たち…… 嫁にするならああいう女! ひねくれすぎて何もできない自分自身!
「くっだんねぇー! くっだんねぇー! くっっっっだんねぇー!」僕は感情を吐き捨てて、肩で息を整えた。
「だからさ……」コウキくんは頭を掻いた。
「俺たちにはその感覚が理解できないんだって」
「やっべ、こいつ面白い!」カナタくんが頭をなでてくる。
 後方でつまらなそうに俯くアカリさん…… そんな顔、絶対にさせたくない……。
「弟くんはなにしてんだよ…… ばかやろう……」
 僕は会ったこともない『弟』に半ば八つ当たりする気持ちだった。
 すると、「なんだ。やっぱりアカリがブラコンなこと知ってるんだ」と、カナタくんが答えた。

 え?

「でもあいつの家庭も複雑でさ。そうもいかないんだろう」コウキくん。
 ん?
「別居夫婦」
 は?
「男家族は隣り町」
 ま?
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み