第5話 公園(3)

文字数 1,260文字

 次の次の日、僕はアカリさんをコンビニに呼び出した。電車通学者の通学路からは少し離れていたが、彼女は文句も言わずに姿を見せてくれた。彼女は小顔すぎてキタコーのブレザーが全然似合っていなかった。リボンタイは引きちぎられたように外され、ワイシャツはブラジャーが見えてしまうんじゃないかと思うくらい開襟されていた。その胸を春の日が淡く色づけていた。
 僕は山岳部(という名の実質キャンプ同好会)に借りた、折り畳み式のスツールを両手に持って歩いた。狭い一方通行の道の、狭い歩道を、リレー選手がバトンパスするように前後になって歩いた。僕はもうそれだけで楽しかったのだが、目当ての場所までそれほど離れていなかったのであっという間だった。彼女がどのような気持ちだったのか、臆病風に吹かれてあまり想像しないように努めた。
 その場所は小さな交番と使われなくなった旧公民館の間にあり、コの字の形に8本の桜の木が植えられた10坪ほどの土地だった。車道の車やストリートビューからは大きなクスノキが目隠しをしていて、咲き満ちた桜の木を楽しむ人はひとりもいなかった。少し緑色になった雪柳の間から侵入し、山茱萸(サンシュユ)の木の根元まで進んで、落花の上にスツールを広げた。道に面した外れに藤棚もあるし、石碑のようなものもあるし、たぶん公園のはずなんだ。侵入しても大丈夫なはずなんだ。
 そんな小心者の不安をよそに、アカリさんは斜め上空をぼんやり見上げながら、ふらふらと歩いていた。頭上の極めて低い空には満開の桜が歌うように花を広げていた。アカリさんは僕の用意したスツールに腰かけてくれる様子がなかったが、むしろそれがドッキリ大成功の予感がして嬉しかった。頬を打つ風もないのに花弁は、はらはらと彼女に向かってこぼれた。満開の枝からこぼれ続けた。
「へー」っと、アカリさんは何かに納得しだした。
 そのまま「ほー」、「ふーん」と続いた。
「悪くないじゃん」
 悪くないじゃんを頂いた。
 ところが振り向いたアカリさんは顔いっぱいに笑みを浮かべていて、真顔に直そうとしても頬が緩んでしまって元に戻らない様子だった。ツンデレだ! お巡りさん、この人ツンデレです!

「まあ、種明かしをするとですね……」
 僕はアカリさんの興奮が収まって、スツールに腰かけてくれるまで待ってから話し始めた。
「観光名所の桜ってそこまでいいものではないんですよね」
 彼女は僕にグレープ味のグミを一粒くれた。
「ソメイヨシノの本当の見ごろは一日か二日しかないので、土日にあたることは稀ですし」
 もう一粒くれた。
「なにより枝ぶりがどのように成長するのか、接ぎ木の段階では予想できないでしょう」
 もう一粒くれた。
「あの、アカリさん」
 もう一粒くれた。
「こんなにもらったらアカリさんの分がなくなってしまいます」
 もう一粒くれた。
 僕は思い切って言った。
「アカリさんは青春ごっこに付き合わない方が楽かもしれませんよ?」
 アカリさんは最後の一粒を自分の口に運んだ。
 首を左右に軽く振って微笑んだ。ちょっと寂しそうな笑顔だった。
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