第4話 夜

文字数 1,026文字

 僕たちは恩賜公園を外れて駅に向かって歩き出した。人込みから外れると、アカリさんの機嫌はあっという間に回復して、しばらくするとふんふんと鼻歌を歌い出した。
「あたし、嶋口アカリ」と、急に自己紹介が始まった。
「あ、原田です。原田ジュン」
「2年生?」「はい」
「体育祭で借り物競争走してなかった?」「走りました」
 どういう記憶回路をしているのか、彼女は「やっぱり」っと、独り合点していた。
 駅前のロータリーまで来て、ここでお別れかと思ったが、彼女は自動販売機の前で「何か飲む?」と、僕に尋ねて来た。お腹いっぱいです、と答えた僕にふっと笑顔を向けて、彼女は自分に甘そうなコーヒー飲料を買った。駐輪場の脇に添えていあるベンチに並んで腰かけた。
「ねえ、お花見ってつまんなくない?」
「そうですか?」
「人込みを掻き分けてまですることじゃないでしょ」
 僕は苦笑いでお茶を濁した。
「ジュン」と、いきなり名前で呼ばれてひゅっと真顔になった。
「スマホで動画撮ってなかった?」
 思い出したように質問された。
「あ、はい。見ますか?」
 僕は自分のスマホのアプリを立ち上げて、彼女に見せた。
 目の前の画面に縮小された白いソメイヨシノ、風に吹かれてわずかに散る花びらと、人々の他愛もない喧騒が1分間だけ流れた。
「どこかにアップするの?」
「家に帰ったら編集はしますけど…… 下手くそなんで、まったく伸びないっす。再生一桁とか」
「まあそうでしょ、これじゃ意味がわかんないよ。もっとこう、ストーリーとかさ……」
 僕はスマホをバッグにしまった。
 僕が彼女に作り笑いを向けると、アカリさんは自然な微笑みを返して来てくれた。
「ジュンはそれでいいんだね」
 僕は頷いた。
「ねえ、フレンド申請していい?」
 え? 僕はいぶかしんだ。いまの何が良かったんだろう? もちろん断りはしなかったが……。
 僕は彼女のような人と顔を付き合わせてQRコードを取り交わした経験がなかったので、いたずらに緊張してしまった。

 月の綺麗な夜だった。
『なんかさ、私このまま卒業かと思うと』
『私の高校生活ってなんだったんだろうって』
『うまく言えないけど』
『ごめん、私うざい』

『うざくないです』
『分かります』
『コーコーセーって、偽物感がすごい』
『大人ごっこ、恋人ごっこ』

『それな』
『女の子ごっこ。苦手』

『あー』

『都合のいいことばっかり言っちゃった』

『いいんじゃないですか? 僕たち友達じゃないし』

『そうそう、友達じゃないし』
『ありがと』
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