第14話 アパート(2)
文字数 1,292文字
アカリさんはよろよろとテントから起き出てきて、チェアでゆったりしている関根顧問に近寄って顔を近づけた。
「申し訳ありませんが、車、出してもらえませんか?」
その顔は髪の毛で隠れて見えなかった。
関根顧問はコンテナの上に放って置いた上着から車のカギを取り出した。僕は急いで顧問に言った。
「僕も行きます」
関根顧問は真顔でじっと見てきた。僕はその四角形の目から視線をそらさないように頑張った。
「告白するなよ。約束できる?」
僕は首を縦に振った。
ランドクルーザー(中古のプラドらしかった)の四角い車内は想像したよりも乗り心地がよかったが、後付けの芳香剤の匂いを忌々しく感じた。僕は助手席で道案内をしながら神経は後部座席に集中していた。アカリさんは自分の手提げバッグを枕にして横になっていた。エンジンの音はあまりせず、タイヤの音と風を切る音ばかりだった。マンホールを踏んで車体がポンと跳ねるだけでいちいちイラッと感情を乱された。信号待ちの時、関根顧問は僕の顔をみてため息をついた。
アパートの前の大通りに車を止めてもらって二人で降りた。僕は彼女の荷物を持って隣を歩いた。ぴったりとくっつくように……。いつも後ろを離れて歩くアカリさんは今日はいなかった。
「ごめん」
「あやまらないで」
「ごめん」
「楽しかった」
「ごめん」
「大丈夫だよ」
「ごめん」
僕は奥歯をかみしめた。
「僕はアカリさんが大好きだから」
アカリさんはようやく謝るのを止めた。
アカリさんは僕から荷物を受け取った。首を左右に振ってから背中を向けて玄関のドアを開けた。
閉めるまえにもう一度、僕に向かってゆっくりと首を左右に振った。
車の助手席に戻ると、関根顧問は僕に対して苦言を放った。
「焦りすぎだよ」
僕はまさかフラれましたとも報告できなかったので、「いやぁ」と苦笑いで誤魔化した。
キャンプ場に戻る道の途中で、車は一度コンビニに立ち寄った。僕は顧問にアイスをおごってもらったが、なかなか口をつけることが出来なかった。
「なんかさぁ」顧問は奥歯でガリガリと氷をかみつぶした。
「今の子たちって随分と窮屈そうだよな。オレが学生の頃の一軍グループってあんなんだったかな?」
「あのグループがちょっと特殊みたいですね。多分、社会的なスペック? が優先されてるんだと思います」
「は? なんだそりゃ、婚活かよ」
さしずめ友活ってところか? ああ、やだやだ。顧問はアイスのカップの底をちゅーちゅーと吸った。
「関根先生、今日は本当にありがとうございました」
「別にいいよ。オレの子供も成人してかまってくれなくなったから、好きでやってるんだ」
顧問は僕に、キャンプ楽しいだろ? と聞いてきた。
僕は楽しいです、と答えた。
頭がぼんやりして何も考えられなかったが、キャンプというのはぼんやりするのが仕事のようなところもあって、ちょうどよかった。
空は茜色を放熱して、あずき色を通り越し、冥色へと変じた。薄い雲に一面覆われ、星なんてちっとも見えなかった。僕は何を思い浮かべていたのだろうか。世にも素敵な妄想は、いったいどこから生まれ、どこへと消えたのだろうか。
「申し訳ありませんが、車、出してもらえませんか?」
その顔は髪の毛で隠れて見えなかった。
関根顧問はコンテナの上に放って置いた上着から車のカギを取り出した。僕は急いで顧問に言った。
「僕も行きます」
関根顧問は真顔でじっと見てきた。僕はその四角形の目から視線をそらさないように頑張った。
「告白するなよ。約束できる?」
僕は首を縦に振った。
ランドクルーザー(中古のプラドらしかった)の四角い車内は想像したよりも乗り心地がよかったが、後付けの芳香剤の匂いを忌々しく感じた。僕は助手席で道案内をしながら神経は後部座席に集中していた。アカリさんは自分の手提げバッグを枕にして横になっていた。エンジンの音はあまりせず、タイヤの音と風を切る音ばかりだった。マンホールを踏んで車体がポンと跳ねるだけでいちいちイラッと感情を乱された。信号待ちの時、関根顧問は僕の顔をみてため息をついた。
アパートの前の大通りに車を止めてもらって二人で降りた。僕は彼女の荷物を持って隣を歩いた。ぴったりとくっつくように……。いつも後ろを離れて歩くアカリさんは今日はいなかった。
「ごめん」
「あやまらないで」
「ごめん」
「楽しかった」
「ごめん」
「大丈夫だよ」
「ごめん」
僕は奥歯をかみしめた。
「僕はアカリさんが大好きだから」
アカリさんはようやく謝るのを止めた。
アカリさんは僕から荷物を受け取った。首を左右に振ってから背中を向けて玄関のドアを開けた。
閉めるまえにもう一度、僕に向かってゆっくりと首を左右に振った。
車の助手席に戻ると、関根顧問は僕に対して苦言を放った。
「焦りすぎだよ」
僕はまさかフラれましたとも報告できなかったので、「いやぁ」と苦笑いで誤魔化した。
キャンプ場に戻る道の途中で、車は一度コンビニに立ち寄った。僕は顧問にアイスをおごってもらったが、なかなか口をつけることが出来なかった。
「なんかさぁ」顧問は奥歯でガリガリと氷をかみつぶした。
「今の子たちって随分と窮屈そうだよな。オレが学生の頃の一軍グループってあんなんだったかな?」
「あのグループがちょっと特殊みたいですね。多分、社会的なスペック? が優先されてるんだと思います」
「は? なんだそりゃ、婚活かよ」
さしずめ友活ってところか? ああ、やだやだ。顧問はアイスのカップの底をちゅーちゅーと吸った。
「関根先生、今日は本当にありがとうございました」
「別にいいよ。オレの子供も成人してかまってくれなくなったから、好きでやってるんだ」
顧問は僕に、キャンプ楽しいだろ? と聞いてきた。
僕は楽しいです、と答えた。
頭がぼんやりして何も考えられなかったが、キャンプというのはぼんやりするのが仕事のようなところもあって、ちょうどよかった。
空は茜色を放熱して、あずき色を通り越し、冥色へと変じた。薄い雲に一面覆われ、星なんてちっとも見えなかった。僕は何を思い浮かべていたのだろうか。世にも素敵な妄想は、いったいどこから生まれ、どこへと消えたのだろうか。