第12話 キャンプ場(1)
文字数 2,007文字
僕がキャンプ場に到着したのはチェックインの20分前だったのだが、駐車場にはすでに何台か車が止まっていて、荷下ろしをしている黒のボクシーがカナタくんの家の車だった。カナタくんは僕の姿を認めるとカラカラ笑いだして、みぞおちにチョップをしてきた。僕たちそんな間柄だった? その戸惑いは開放的な雰囲気と共に林の中に消えた。
トランクを閉じて奥に停めなおしたボクシーの運転席から女性が降りて来た。彼女は目が細長で、前歯が真っ白なあかるい笑顔を常に浮かべていた。僕が会釈をすると目が一層細くなった。
「綺麗なお姉さんですね」と、僕が尋ねると……。
「母ちゃん母ちゃん」と、カナタくんはなんの屈託もなく答えた。
まったく信じられなかった。このような集まりにためらいもなく母親を連れてくることも、その母親のスラリとしたモデル体型も両方。陽キャは育ちも遺伝子も違うのだとショックを受けたが、よく考えてみたらそれはごく当然のことだった。
やがて銀のランドクルーザーが到着して、運転席からキタコーの生物教師兼、山岳部(という名の実質キャンプ同好会)顧問の関根が現れた。関根は迷彩柄のワイシャツに黒のパンツ、派手なサングラスとネックレスをしていたが、カナタ母と並ぶと身長が5センチ低く、体重は10キロ重そうだった。なにやら大人の女二人で挨拶を交わし合ったりし出したが、僕の意識はランドクルーザーからキャンプ用品を荷下ろししているアカリさんにくぎ付けになった。
アカリさんはカットソーにデニム、大きめのバケットハットというキャンプ向けの格好をしていたが、なんだかそのシンプルなシルエットが僕にはとても大人っぽく感じられた。僕は今日この人に告白するのか……。心臓が急に音を立てて小さくなってしまった。
「見てないで手伝ってよ」
僕は慌ててコンテナの反対側の取っ手を掴んだ。
チェックインの時間になると続々と人が集まってきた。見た感じ年齢層がやたらと高く、三分の一くらい社会人だった。特にコウキくんの連れて来た鳶のコンビが強烈で、エイエイいいながらメインで借りたサイトの設営をあっという間に済ませてしまった。これにはヒマリ姫もご満悦だった……。
僕たちはサブで借りた保護者用のサイトでキャンプとは何かを一から顧問に教わった。ぺきぺきとポールを伸ばしてスリーブに通しテントを立ち上げ、ぺしょぺしょとペグを打った。見た目山岳部はちゃんとドーム型の少し高そうな山岳テントを装備していた。
アカリさんはススのついた飯盒を取り出して無洗米を入れてミネラルウォーターを注いだ。その間、僕と関根顧問は人数分のチェアと一脚のテーブルを広げた。
タープから離れた位置に焚き火台を用意して、火起こしをしようとするとアカリさんは意外な一面を見せだした。
始終無言に杉の薪を割って、焚き付け用に細くしていく。その表情は真剣そのもので、手元は慎重かつ時には思い切りが良かった。ナタを使用するのは初めてとのことだったが、あっという間にコツをつかんでいった。顧問も教え甲斐がありそうな声色だった。
傘の骨の様に円錐状に薪を組んでいくその姿も、しっかりと作業に集中していた。一度、貧乏性で火口の量を間違えて火を消してしまったのだが、「うん…… そうか」と二度と失敗しなかった。
彼女は耐火グローブを胸の前に保持しながら僕を呼んだ。
目は成長していく焚き火から少しも離れない……。
「ね、ジュン! 撮って。スマホで……。あたしの情熱! 撮って!」
僕たちは変に興奮していた。
アカリさんがトイレに立つと、僕に向かって関根顧問が遠慮せずに詮索してきた。
「意外だね……。嶋口さんってプライベートだとあんな感じなんだ。学校で見たらパンクっぽいなって思ってたけど、本当は血統書付きのペルシャ猫なんだな。あれじゃ原田が惚れるわけだよ」
カナタ母もこれには前のめりに耳を傾けてきた。
「別に外見に惹かれてるわけじゃないです」
「嘘だね! ぜったい嘘! じゃあどこがいいんだよ、言ってみろよ」
グァテマラのフルーティーな酸味に合わせるのは恋バナが一番! カナタ母も助け舟を出してくれなかった。
まあ、告白の予行練習みたいなものか……。
「人の感覚って十人十色ですよね。人によっては錐体細胞の別で色彩の異なった世界を生きていたりもするじゃないですか」
「おまえ生物の教師に向かって説教する気か?」
そうね、コーヒーがダメな人もいるもんね!
こいつら、ちっとも僕を分かろうとしてくれない。
「感動をシェアできるって…… 本当はもっともっと特別なことで、奇跡みたいなものだと思うんです。僕たちの共感 は、通学途中でタイムラインにいいねをポチポチする…… そんなのよりもっともっと特別なんだ」
二人とも若干引き気味の空気感を放った。
なにがsympathyだ……。げぇ、ガチ恋、げぇ! なんだかカラスがうるさいなぁ!
トランクを閉じて奥に停めなおしたボクシーの運転席から女性が降りて来た。彼女は目が細長で、前歯が真っ白なあかるい笑顔を常に浮かべていた。僕が会釈をすると目が一層細くなった。
「綺麗なお姉さんですね」と、僕が尋ねると……。
「母ちゃん母ちゃん」と、カナタくんはなんの屈託もなく答えた。
まったく信じられなかった。このような集まりにためらいもなく母親を連れてくることも、その母親のスラリとしたモデル体型も両方。陽キャは育ちも遺伝子も違うのだとショックを受けたが、よく考えてみたらそれはごく当然のことだった。
やがて銀のランドクルーザーが到着して、運転席からキタコーの生物教師兼、山岳部(という名の実質キャンプ同好会)顧問の関根が現れた。関根は迷彩柄のワイシャツに黒のパンツ、派手なサングラスとネックレスをしていたが、カナタ母と並ぶと身長が5センチ低く、体重は10キロ重そうだった。なにやら大人の女二人で挨拶を交わし合ったりし出したが、僕の意識はランドクルーザーからキャンプ用品を荷下ろししているアカリさんにくぎ付けになった。
アカリさんはカットソーにデニム、大きめのバケットハットというキャンプ向けの格好をしていたが、なんだかそのシンプルなシルエットが僕にはとても大人っぽく感じられた。僕は今日この人に告白するのか……。心臓が急に音を立てて小さくなってしまった。
「見てないで手伝ってよ」
僕は慌ててコンテナの反対側の取っ手を掴んだ。
チェックインの時間になると続々と人が集まってきた。見た感じ年齢層がやたらと高く、三分の一くらい社会人だった。特にコウキくんの連れて来た鳶のコンビが強烈で、エイエイいいながらメインで借りたサイトの設営をあっという間に済ませてしまった。これにはヒマリ姫もご満悦だった……。
僕たちはサブで借りた保護者用のサイトでキャンプとは何かを一から顧問に教わった。ぺきぺきとポールを伸ばしてスリーブに通しテントを立ち上げ、ぺしょぺしょとペグを打った。見た目山岳部はちゃんとドーム型の少し高そうな山岳テントを装備していた。
アカリさんはススのついた飯盒を取り出して無洗米を入れてミネラルウォーターを注いだ。その間、僕と関根顧問は人数分のチェアと一脚のテーブルを広げた。
タープから離れた位置に焚き火台を用意して、火起こしをしようとするとアカリさんは意外な一面を見せだした。
始終無言に杉の薪を割って、焚き付け用に細くしていく。その表情は真剣そのもので、手元は慎重かつ時には思い切りが良かった。ナタを使用するのは初めてとのことだったが、あっという間にコツをつかんでいった。顧問も教え甲斐がありそうな声色だった。
傘の骨の様に円錐状に薪を組んでいくその姿も、しっかりと作業に集中していた。一度、貧乏性で火口の量を間違えて火を消してしまったのだが、「うん…… そうか」と二度と失敗しなかった。
彼女は耐火グローブを胸の前に保持しながら僕を呼んだ。
目は成長していく焚き火から少しも離れない……。
「ね、ジュン! 撮って。スマホで……。あたしの情熱! 撮って!」
僕たちは変に興奮していた。
アカリさんがトイレに立つと、僕に向かって関根顧問が遠慮せずに詮索してきた。
「意外だね……。嶋口さんってプライベートだとあんな感じなんだ。学校で見たらパンクっぽいなって思ってたけど、本当は血統書付きのペルシャ猫なんだな。あれじゃ原田が惚れるわけだよ」
カナタ母もこれには前のめりに耳を傾けてきた。
「別に外見に惹かれてるわけじゃないです」
「嘘だね! ぜったい嘘! じゃあどこがいいんだよ、言ってみろよ」
グァテマラのフルーティーな酸味に合わせるのは恋バナが一番! カナタ母も助け舟を出してくれなかった。
まあ、告白の予行練習みたいなものか……。
「人の感覚って十人十色ですよね。人によっては錐体細胞の別で色彩の異なった世界を生きていたりもするじゃないですか」
「おまえ生物の教師に向かって説教する気か?」
そうね、コーヒーがダメな人もいるもんね!
こいつら、ちっとも僕を分かろうとしてくれない。
「感動をシェアできるって…… 本当はもっともっと特別なことで、奇跡みたいなものだと思うんです。僕たちの
二人とも若干引き気味の空気感を放った。
なにがsympathyだ……。げぇ、ガチ恋、げぇ! なんだかカラスがうるさいなぁ!