第6話 スマホ(1)

文字数 1,066文字

 生物の関根先生に日直として頼まれた仕事があって、僕は物理準備室まで来た。埃っぽい部屋のなかに黒板用の大きな三角定規を探したがどこにもなかった。物理室、物理準備室は1階の駐輪場に面していて、少し日当たりが悪かった。蛍光灯が一基まるまる切れていた。
 引き戸のガラス窓から物理室の黒板を見ると、三角定規はアクロバティックな角度でそこに張り付いたままだった。僕はおもむろに引き戸を開けて黒板まで進むと、途中の机に突っ伏した状態で男子生徒が寝ていることに気が付いた。僕は歩を止めて彼の背中を見た。顔が丸々腕で隠れていたが、髪の毛…… 少し灰色に脱色した巻き毛でその男子生徒がカナタくんである確信がなぜか生まれた。カナタくんの背中にはルーズリーフがセロハンテープで留められていた。ルーズリーフにはマジックペンでこう書かれていた。
『あんぽんたん』
 僕はこの単語の意味がどうにも腑に落ちなかったので、スマホを取り出して調べてみた。
『あんぽんたん《名ノナ》間(ま)が抜けていてばかなこと。そういう人』
 すると、あんぽんたんは急にガバリと身を起こすと、野球の審判のような格好で僕を見てきた。
「え! だれ?」
 急にだれ? と聞かれて僕が戸惑っていると、入口の方向から仲間と思われる笑い声がクスクスと聞こえてきた。プーックスクスクス、と聞こえてきた。
 カナタくんはバスケットボール選手のような機敏さで彼らへ方向転換をしたかと思うと、「このやろー!」と言って、がに股で追いかけだした。彼らはギャーギャー笑い声を上げて昇降口に消えていった。僕の周囲には舞い上げられた埃っぽい空気と沈黙だけが残された。

『くっだんねぇー!』
 ある日、僕の上げた動画にそうコメントが付いたので、ガイドラインにしたがって粛々と削除させてもらった。
 その動画は、虻がライラックの蜜を集めるだけの内容だったので、くだらないのは自分でも百も承知していた。

 するとその投稿者には反省していただけたようで、急に態度が柔和になった。
『もっとこう…… 女の子とかに出演してもらったほうが良いのでは?』
 これにはいい機会なので反論させていただいた。
『撮影した映像と、現実との違和感を楽しんでいるので、キャラがいない方が望ましいのです』
『とか言って、ほんとは出演依頼できる友達がいないんだろ』
 粛々と削除させてもらった。
 なんで煽りカスに粘着されるのか分からなかったので、コメント機能をオフにした。すると、なぜかグッドボタンが押される回数が増えた。やっかいな鬱屈したファンを抱えてしまったようだった。
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