第13話 キャンプ場(2)

文字数 1,477文字

 設営から働きづめだったアカリさんが疲労の色を見せたので、飯炊きは僕に任せてくれと伝えた。
「やだ」と断られた。
 そのへちゃくれた眉毛を無言でにらんでいたら、歯をむき出しにして「シャー!」と威嚇されたが、しぶしぶ言う事を聞いてくれるようだった。
 本当はテントで横になってもらいたかったのだが、彼女は僕の隣でピッタリとくっつくようにして関根顧問の説明――熾火の火力調整の仕方だとか、飯盒炊爨のコツだとか――を聞いていた。
 関根は僕に向かって「おい、勃起してるぞ」と小声ででたらめを言い、僕は無視した。
 電子ジャーと違って飯盒炊きはどれだけデリケートなのだろうかと想像していたが、案外と雑な扱いをしても飯が炊けるということだった。考えてみれば状況しだいで飯が炊けなければ陸軍の兵士だって飢えてしまっただろう。飯盒のへこみだって、不均一な焚き火の熱でも対流が起こるように出来ているのだそうだ。焚き火で飯を炊く時の心得は……。始めちょろちょろ中パッパ、赤子泣いても蓋とるな……。
「別に水分のとび具合を確認するのに蓋を開けてもいいんだぞ」
 関根はそう言った。
 ぐつぐつと始まった沸騰の音がプチプチに変化したら炊けているサインらしいが、このプチプチという音とはどういう音なのだろうか。思案しているとアカリさんが僕の肩をたたいた。「もう良さそう」
 なにがどう良いのかサッパリだったが、実際にもう良いのだった。
 僕は100均の耐熱シートに飯盒をひっくり返して、底に着いた煤を刷毛で掃除した。

 飯を蒸らしつつ、大きめのクッカーでカレーの材料を煮込んでいたら、カナタくんとコウキくんが匂いにつられてやって来た。「うまそう、うまそう」と、完全に食べる気でいる。
「4皿分しか用意してないぞ」と関根が咎めると、アカリさんは「あたしの分を食べて」と二人に言った。もう完全に具合が悪そうに見えた。そしてとうとう「ごめん」と一言だけ発してテントの中で横になった。関根がそっと近づいて常備薬を持ってきてるのか聞いた。そういうのじゃないらしく……。
「自律神経だって。ちょっと興奮しすぎたんだよ。しばらく様子を見よう」と言った。

 カナタくんはカレーライスを食べるときは必ずカップラーメンも一緒に食べるのだという。変な食い合わせだった。売店からカップラーメンを買ってきて、楽しそうにお湯を注いで待っているところをヒマリさんに見つかった。「はあ?」
「ありえなくない?」
 コウキくんはアカリさんの気に障らないよう、自分の彼女であるヒマリさんを遠くに連れて行ってから説得していた。いちいち行動の全てがイケメンの男だった。修学旅行では冬だというのに告白待ちの列ができたという話だった。イメージで拒絶してないで、吸収できるものは吸収していった方が僕にとっては良いのかもしれない。
「あれの彼女が務まるのは、相当神経の図太い女…… ヒマリのような女だけなんだ」とカナタくんは言った。
 なんでも1年生の時に付き合っていた彼女は、周囲の嫌がらせなどで精神的に病んでしまったんだそうだ。モテる男にはモテる男の苦悩があるらしかった。「はふにひふとほへはんは、きゃふのひはひほにほっはははひへ……」
「飲み込んでから話してください」
 カナタくんは一生懸命咀嚼してから言った。
「俺なんかはあいつの友達計画図の一つの駒なのかもしれないな」
「意外です。カナタくんは主体的におこぼれを狙っているのだと思ってました」
「あ、分かっちゃう? まあ、ウィンウィンってやつ」
 あんまり大声では言えないような遊びも経験してそうな笑い方だった。
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