第16話 猫

文字数 1,184文字

 なら僕が我慢するからと、もうつまらない恋愛なんかすんなよとかなんとか、今世紀最キモ・アワード受賞を待ったなしの文面を送り付ける前に我に返れて良かった。
 彼女はメイクの仕方もコーデの色合いも変わったとは囁かれることで、これは僕の影響というよりは、むしろ僕も経験があるのだが、植物の美しさに目覚めると暖色系やアースカラーのファッションを好むように変化するのだ。
 コンタクトを億劫がり、丸眼鏡をそのまま街に出る。つまらなそうに結ばれた口や、じゃらついたピアスなんかは変わらずだが、探索するその足取りもその姿勢もその視線も、以前とはどこか違う弾みを見せるのだった。

 で? これ以上、僕は彼女がどうあって欲しいのか。
 彼女は僕がどうあって欲しいと願っているのか。

 人から愛された経験がなくて分からなすぎる。

 待て。自棄になるな……。こういうのは相互作用なんだ。
 僕が分からないからこそ、彼女も分からないんだ。

 分からないけど、何かどこかに引っ掛かりがあるんだろう。
 この辺は彼女の感性を信頼しよう。この引っかかった小骨が取れれば僕らは幸せになれるんでしょ?

 桜は蕊まで散りきって今は葉桜……。通学路が商店に差し掛かるときに、急にタイル敷きになる数十メートルがあって、桜の葉が濡れた状態でタイルに張り付いている。風が吹く……。夏が来る……。
 僕たちはまたエコバッグに野菜や肉なんかを入れて歩くのだろうか。そういえば、手作りチャーシューを作ってみたいとか言ってたな……。もう確信的……。男の子にお肉を食べさせる行為が彼女にとっての特別なんだ。そうだ、しまったな……。クッキーが美味しかったと伝えきれてないじゃないか。
 杉の木の林があって……。荻の群生があって……。梅林の地面にとっ散らかった天然芝と、オオバコの葉。広々とした運動できるスペースに、柵で囲われた大きなコナラ……。灰捨て場に火を消した炭を捨て、ゴミ捨て場でひとつひとつ分別して。トイレに寄る時、ずっとホトトギスが鳴いていたことに気が付いた。むしろ、これまで余裕がなさ過ぎたんだ。
 余裕のなさ……。焦り……。意識の外ではずっとスマホを気にしていた。強迫観念みたいに。

『ごめんなさい』
 最悪だ……。

『僕はネットの情報を鵜吞みにし過ぎた』
『ネットの情報でアカリさんを分析してたんだ』

 すると、その文面にすぐ既読が付いたと思うや否や、僕のタイムラインは大量の猫のスタンプで満たされた。
 アウトラインがなくて、芋版に彫ったような猫のイラストで、漫画の吹き出しに「ありがとう」とか、「だいすき」とか描かれていた。次から次へと猫のイラスト。

 ちゃんと反省しないと。
 ちゃんと彼女自身を見ないと。
 攻略してどうするんだ……。 彼女はラスボスじゃない。
 僕は勇者じゃない。僕はモブでいいんだ。

 タイムラインは猫のイラストであふれ続けた。
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