姫君
文字数 4,386文字
景色が流れていくさまを、ユキは光の灯らぬ瞳で見下ろしていた。目元は赤く腫れていたが、もはや涙は枯れ乾ききっている。
「三日前の夜の焼き増しだな、ユキ姫?」
あの日と同じ立ち位置・同じ呼び名でタマフネが言う。
ユキはそれに答えない。答える気になれない。構図は似ていても、状況はまったく違うということはわかっていたからだ。あの時とは違い、自分を助けようとしてくれた人たちは全員死んでしまった。
三日。まだ三日しか経っていなかったのか、と思った。サクラが助けに来てくれて、スズランに再会し、その両方を失った。たった三日の出来事なのに、まるで一生分のドラマが詰まったような濃密さだ。
「……無視かよ」
反応のない少女に即座に興味を失った大男は、部下に見張りを任せてユキの居室を後にして船首に向かう。
ここは九頭竜領のど真ん中で、しかも昼間だ。前回のような奇襲は受けない。少女に自力で脱出する力はないし、自ら見張りをする必要はないと判断したのだ。
「…………」
扉が閉まる音に、ユキは振り返りもしない。
虚ろで感情の消え去った瞳に、眼下の景色が機械的に映っていく。彼女の頭に浮かぶのは、どうすれば彼らを救うことができたのかという思いだけ。それが手遅れであるとわかっていても考えずにはいられなかった。
どんな傷や病であっても癒すことができる力。神に等しい力を持ちながらも、いつだって彼女は大切な人たちの命だけは救うことができなかった。
「神さまって悲しいのね。縋れる相手がいないのだもの」
ほとんど声にならない声でそう囁いた。
誰に対する言葉でもない。自分自身にすら届けるつもりのない、ただの雑音だ。
今の彼女にとって、目に映る景色も、耳に響く音も、すべてがただの雑音に過ぎなかった。知覚するすべてが煩わしく、意味のない記号としか捉えることができない。自殺 しようかとも思ったが、その願いすら雑音となって消える。
だから、背後の扉からやかましく響き渡る口論の意味もわからず、部屋に入ってきた男が彼女の肩を掴んで無理やり振り向かせるまで、その存在に気付かなかった。
「やぁ、ユキちゃあん。会いに来たよぉ!」
目の前に醜いナマズの顔があった。その背後では見張りの兵士がまごついていたが、遥か上の地位にいる男を止めることなどできない。やれやれといった顔で扉を閉め、少女とナマズ男だけの空間を作りだした。
紅の瞳にはナマズ男の姿が映し出されていたが、やはり少女の無表情が崩れることはない。初対面の時とはまったく違う反応に、ナマズ坊は首を傾げる。
「ど、どうしたの、ユキちゃん?邪魔する奴はいないんだから、もっと楽しもうよぉ」
そう言いながら、ナマズ坊は少女の柔らかい肢体を楽しむように、指や舌を這わせていく。表情筋をぴくりともさせないユキとは反対に、男の方は鼻息を荒らげ、泥色の肌を赤く染めて興奮していた。
「い、嫌がらないってことは、ユキちゃんもその気だってことでいいよね?こんな綺麗な子、初めてだから、僕もう抑えられないよぉ」
そばにあったベッドに少女を押し倒すと、ナマズ坊は欲望のままに彼女の肉体に触れていく。だが、少しして、不満げに顔を上げた。
為されるがままで、まったく反応がないことが物足りないようだ。美しさは文句なしなのだが、まるでよくできた人形を相手にしているようだ。
「ねぇ、何か言えよ」
ナマズ坊が握り拳で、ユキの頬を殴った。
身体を鍛えていない彼の筋力はたかが知れたものだったが、子どもの癇癪のようにまったく加減されていない打撲は、華奢な少女の頬を赤く腫らすには十分だった。加えて歯で口内を切ったのか、ユキの口の端から血が流れる。
それでも変化がない少女の様子に、ナマズ坊は苛立ち始める。髪を引っ張ったり、首を絞めたりしても変わらぬ反応に業を煮やした彼は、少女の頭部をボールでも掴むように両手で包みこんだ。
次の瞬間、ユキの身体が跳ねた。
「あ、あああああああああぁっ!?」
何が起きたかもわからない。今まで感じたことのない痛みに、ユキは無理やり正気に引き戻され、悲鳴を上げる。
ナマズ坊が手を離すと、仰け反っていた身体が地に落ち、痙攣を繰り返す。
「えっ、な、なにが……?」
意識を取り戻したユキは、そこで初めてナマズ坊の存在に気付き、身を固くする。彼女の反応に気を良くしたナマズ坊は、大きな口を歪ませて笑みを浮かべた。
「おはよう、ユキちゃあん♪」
「な、ナマズぼ――」
言葉を発しきる前に、ユキの身体がまた跳ねた。
体内を蟲が食い破っているような感覚。あまりの激痛に悲鳴を上げそうになったが、声はおろか指一本自分の意思で動かすことができない。
頭がおかしくなりそうな苦しみの中、ユキはその感覚の正体を掴んだ。
「(で、電気!?これが、この人の能力なの!?)」
痛みは電気信号だ。本来なら神経を通して受け取るはずのそれを、ナマズ坊はユキの脳に直接叩きこみ、痛みを錯覚させることができる。本来、痛みを伝える電気信号は、脳に負担を掛け過ぎないように途中で制限されるが、ナマズ坊の電流にはそんな制限はない。拷問の訓練を受けた兵士ですら音を上げるような苦痛を味あわせることができる。
タマフネが言っていたように、ナマズ坊は弱いがその能力は一級品であり、尋問・拷問の手腕にかけては右に出る者はない。それが訓練によるものではなく、数多くの少女をいたぶって手に入れた技術であったとしてもだ。
「あっと、ごめんごめん。ユキちゃんったら、我がままなんだから、ついいっぱいやりすぎちゃった♪もっともっといろんなことして遊ぼ?」
電流から解放されたユキは、全身麻痺で身体をぐったりさせる。目や口すら自由に動かすことができず、だらしなく開いた口からよだれが垂れていた。
ほんの数秒電気に晒されていただけだというのに、精神はすでにボロボロで、再び先刻の拷問を受けることに強い恐怖を感じる。だが、それでいて肉体に対するダメージがほとんどないというのがさらに脅威だ。脳神経が破壊されないということは、廃人になることすら許されずに延々と苦しめられるということ。ただ殺されるよりも恐ろしい。
「なん、で、こんな、こと……」
「だって、ユキちゃん可愛すぎて我慢できなかったんだもん!大丈夫大丈夫。ユキちゃんが従順なら、僕も優しくしてあげるから。それに僕、霧見本家の妖怪だから、お嫁さんになれば玉の輿だよ?ね?かっこよく見えてきたでしょ?」
本気でそんなことを言うナマズ坊に対し、ユキは電流を恐れつつも、麻痺でうまく動かない舌を使って強く言う。
「女が成功者を好きになると考えるのは間違いよ。女は成功者を好きになるんじゃなくて、成功するために努力する人に惹かれるの」
血筋と才能の無力さを知る彼女は、それだけがすべてのように言うナマズ坊が許せなかった。逆鱗に触れるとわかっていても反発せずにはいられない。
「……安っぽい理想論だよ、ユキちゃん。僕はみんなに愛されてる!兵士たちは僕を敬ってくれるし、女たちだって最初はユキちゃんみたいな理想論を口にしながらも、最終的には僕のことを好きだって言ってくれるんだ!教育は必要だけどね?」
そう言って、ナマズ坊は指と指の間に小さな稲光を光らせてみせる。
それを見て、先刻までの痛みを思い出し、身体が反射的に震えあがる。それでも呼吸を整え、ユキは言葉という刃を叩きつける。
「それは媚びているだけで、愛しているわけではないわ」
戸惑いと不機嫌から、ナマズ坊の顔に皺が浮かぶ。電流の拷問を受けた者は、みな等しく自分に従順になった。ユキの心の強さを甘く見過ぎていたのだ。
非力な自分には、心に傷を与えることでしか反撃することができない。周りの人たちに迷惑をかけたくなくて、今までずっと自分を押し殺して生きてきた。だが、そういう人たちがいなくなってしまった今、自分の素直な気持ちをぶつけることに躊躇はなかった。
「努力もせずに権力を手に入れた人を尊敬する人なんていない。あなただって本当はそれがわかっているから、拷問にかけて無理やり愛していると囁かせる。そんな自分自身すら愛せない人を、他の人が好きになる訳がないわ」
それは翻せば自分自身にも当たる言葉だった。
努力の結果ではなく手に入れた、鬼神の力。しかし、ユキは鬼神の力に頼りきることなく、医術の研鑽を重ねてきた。その結果友人が得られたとまでは言わないが、努力で手に入れた力は確固たる自信を自分に与えてくれる。
彼女と違い、天に与えられた力に満足し、自分を省みるようなことをしなかったナマズ坊の顔からは表情の一切が剥ぎ取られていた。ユキの言う通り、自分が誰にも愛されていないということを、心の中では理解していたのだろう。
「うるさいよ、おまえ」
三度電流を流して少女を苦しめる。正論で刺されたとしても、これまでそういう生き方しかしてこなかった彼にはこうする以外に自分を認めてもらう方法が思いつかない。
全身を錆びたノコギリでゆっくりと切断されていくような痛みが襲う。気が狂いそうになるも、その直前で止められ、精神が逃避することを許してくれない。
「ねぇ、ユキちゃん。これでもまだ、僕は愛されてないって言うの?」
「な、んど、やっても、わたしの、こたえ、は、おなじ、よ」
「……じゃあ、もういいよ。壊れちゃえ」
再度電流が流れるが、今度は途中で止まるということはない。脳が沸騰し、神経が破壊されていくのをユキは知覚する。加減のない電流は彼女の命を容赦なく刈り取った。
――が、彼女の命の灯火が消える直前、背後から殴られたナマズ坊がベッドから転げ落ち、床に頭をぶつけて倒れた。
「な、なんだよ、おまえは!?」
麻痺で身体が動かないユキは、ナマズ坊の戸惑いの声を聞く。
騒ぎたてていた異形だったが、少しすると苦しげに呼吸を詰まらせ、ほどなくして床に突っ伏して動かなくなった。
彼と対峙していた男は、ユキの傍によると、彼女の身体をそっと抱きあげる。
「あっ……」
助けてくれた人物の顔を見て、ユキは小さく声を漏らす。
私は夢でも見ているのだろうか?それとも、ナマズ坊の電流で死んでいて、ここはすでにあの世なのだろうか?
今一度彼と会えるなら、どちらでも構わない。そう思うユキの瞳から涙があふれた。
「助けに来たぜ、お姫さま」
毒の花 の名を持つ少年は、いつもの皮肉めいた笑みを浮かべてそう言った。
「三日前の夜の焼き増しだな、ユキ姫?」
あの日と同じ立ち位置・同じ呼び名でタマフネが言う。
ユキはそれに答えない。答える気になれない。構図は似ていても、状況はまったく違うということはわかっていたからだ。あの時とは違い、自分を助けようとしてくれた人たちは全員死んでしまった。
三日。まだ三日しか経っていなかったのか、と思った。サクラが助けに来てくれて、スズランに再会し、その両方を失った。たった三日の出来事なのに、まるで一生分のドラマが詰まったような濃密さだ。
「……無視かよ」
反応のない少女に即座に興味を失った大男は、部下に見張りを任せてユキの居室を後にして船首に向かう。
ここは九頭竜領のど真ん中で、しかも昼間だ。前回のような奇襲は受けない。少女に自力で脱出する力はないし、自ら見張りをする必要はないと判断したのだ。
「…………」
扉が閉まる音に、ユキは振り返りもしない。
虚ろで感情の消え去った瞳に、眼下の景色が機械的に映っていく。彼女の頭に浮かぶのは、どうすれば彼らを救うことができたのかという思いだけ。それが手遅れであるとわかっていても考えずにはいられなかった。
どんな傷や病であっても癒すことができる力。神に等しい力を持ちながらも、いつだって彼女は大切な人たちの命だけは救うことができなかった。
「神さまって悲しいのね。縋れる相手がいないのだもの」
ほとんど声にならない声でそう囁いた。
誰に対する言葉でもない。自分自身にすら届けるつもりのない、ただの雑音だ。
今の彼女にとって、目に映る景色も、耳に響く音も、すべてがただの雑音に過ぎなかった。知覚するすべてが煩わしく、意味のない記号としか捉えることができない。
だから、背後の扉からやかましく響き渡る口論の意味もわからず、部屋に入ってきた男が彼女の肩を掴んで無理やり振り向かせるまで、その存在に気付かなかった。
「やぁ、ユキちゃあん。会いに来たよぉ!」
目の前に醜いナマズの顔があった。その背後では見張りの兵士がまごついていたが、遥か上の地位にいる男を止めることなどできない。やれやれといった顔で扉を閉め、少女とナマズ男だけの空間を作りだした。
紅の瞳にはナマズ男の姿が映し出されていたが、やはり少女の無表情が崩れることはない。初対面の時とはまったく違う反応に、ナマズ坊は首を傾げる。
「ど、どうしたの、ユキちゃん?邪魔する奴はいないんだから、もっと楽しもうよぉ」
そう言いながら、ナマズ坊は少女の柔らかい肢体を楽しむように、指や舌を這わせていく。表情筋をぴくりともさせないユキとは反対に、男の方は鼻息を荒らげ、泥色の肌を赤く染めて興奮していた。
「い、嫌がらないってことは、ユキちゃんもその気だってことでいいよね?こんな綺麗な子、初めてだから、僕もう抑えられないよぉ」
そばにあったベッドに少女を押し倒すと、ナマズ坊は欲望のままに彼女の肉体に触れていく。だが、少しして、不満げに顔を上げた。
為されるがままで、まったく反応がないことが物足りないようだ。美しさは文句なしなのだが、まるでよくできた人形を相手にしているようだ。
「ねぇ、何か言えよ」
ナマズ坊が握り拳で、ユキの頬を殴った。
身体を鍛えていない彼の筋力はたかが知れたものだったが、子どもの癇癪のようにまったく加減されていない打撲は、華奢な少女の頬を赤く腫らすには十分だった。加えて歯で口内を切ったのか、ユキの口の端から血が流れる。
それでも変化がない少女の様子に、ナマズ坊は苛立ち始める。髪を引っ張ったり、首を絞めたりしても変わらぬ反応に業を煮やした彼は、少女の頭部をボールでも掴むように両手で包みこんだ。
次の瞬間、ユキの身体が跳ねた。
「あ、あああああああああぁっ!?」
何が起きたかもわからない。今まで感じたことのない痛みに、ユキは無理やり正気に引き戻され、悲鳴を上げる。
ナマズ坊が手を離すと、仰け反っていた身体が地に落ち、痙攣を繰り返す。
「えっ、な、なにが……?」
意識を取り戻したユキは、そこで初めてナマズ坊の存在に気付き、身を固くする。彼女の反応に気を良くしたナマズ坊は、大きな口を歪ませて笑みを浮かべた。
「おはよう、ユキちゃあん♪」
「な、ナマズぼ――」
言葉を発しきる前に、ユキの身体がまた跳ねた。
体内を蟲が食い破っているような感覚。あまりの激痛に悲鳴を上げそうになったが、声はおろか指一本自分の意思で動かすことができない。
頭がおかしくなりそうな苦しみの中、ユキはその感覚の正体を掴んだ。
「(で、電気!?これが、この人の能力なの!?)」
痛みは電気信号だ。本来なら神経を通して受け取るはずのそれを、ナマズ坊はユキの脳に直接叩きこみ、痛みを錯覚させることができる。本来、痛みを伝える電気信号は、脳に負担を掛け過ぎないように途中で制限されるが、ナマズ坊の電流にはそんな制限はない。拷問の訓練を受けた兵士ですら音を上げるような苦痛を味あわせることができる。
タマフネが言っていたように、ナマズ坊は弱いがその能力は一級品であり、尋問・拷問の手腕にかけては右に出る者はない。それが訓練によるものではなく、数多くの少女をいたぶって手に入れた技術であったとしてもだ。
「あっと、ごめんごめん。ユキちゃんったら、我がままなんだから、ついいっぱいやりすぎちゃった♪もっともっといろんなことして遊ぼ?」
電流から解放されたユキは、全身麻痺で身体をぐったりさせる。目や口すら自由に動かすことができず、だらしなく開いた口からよだれが垂れていた。
ほんの数秒電気に晒されていただけだというのに、精神はすでにボロボロで、再び先刻の拷問を受けることに強い恐怖を感じる。だが、それでいて肉体に対するダメージがほとんどないというのがさらに脅威だ。脳神経が破壊されないということは、廃人になることすら許されずに延々と苦しめられるということ。ただ殺されるよりも恐ろしい。
「なん、で、こんな、こと……」
「だって、ユキちゃん可愛すぎて我慢できなかったんだもん!大丈夫大丈夫。ユキちゃんが従順なら、僕も優しくしてあげるから。それに僕、霧見本家の妖怪だから、お嫁さんになれば玉の輿だよ?ね?かっこよく見えてきたでしょ?」
本気でそんなことを言うナマズ坊に対し、ユキは電流を恐れつつも、麻痺でうまく動かない舌を使って強く言う。
「女が成功者を好きになると考えるのは間違いよ。女は成功者を好きになるんじゃなくて、成功するために努力する人に惹かれるの」
血筋と才能の無力さを知る彼女は、それだけがすべてのように言うナマズ坊が許せなかった。逆鱗に触れるとわかっていても反発せずにはいられない。
「……安っぽい理想論だよ、ユキちゃん。僕はみんなに愛されてる!兵士たちは僕を敬ってくれるし、女たちだって最初はユキちゃんみたいな理想論を口にしながらも、最終的には僕のことを好きだって言ってくれるんだ!教育は必要だけどね?」
そう言って、ナマズ坊は指と指の間に小さな稲光を光らせてみせる。
それを見て、先刻までの痛みを思い出し、身体が反射的に震えあがる。それでも呼吸を整え、ユキは言葉という刃を叩きつける。
「それは媚びているだけで、愛しているわけではないわ」
戸惑いと不機嫌から、ナマズ坊の顔に皺が浮かぶ。電流の拷問を受けた者は、みな等しく自分に従順になった。ユキの心の強さを甘く見過ぎていたのだ。
非力な自分には、心に傷を与えることでしか反撃することができない。周りの人たちに迷惑をかけたくなくて、今までずっと自分を押し殺して生きてきた。だが、そういう人たちがいなくなってしまった今、自分の素直な気持ちをぶつけることに躊躇はなかった。
「努力もせずに権力を手に入れた人を尊敬する人なんていない。あなただって本当はそれがわかっているから、拷問にかけて無理やり愛していると囁かせる。そんな自分自身すら愛せない人を、他の人が好きになる訳がないわ」
それは翻せば自分自身にも当たる言葉だった。
努力の結果ではなく手に入れた、鬼神の力。しかし、ユキは鬼神の力に頼りきることなく、医術の研鑽を重ねてきた。その結果友人が得られたとまでは言わないが、努力で手に入れた力は確固たる自信を自分に与えてくれる。
彼女と違い、天に与えられた力に満足し、自分を省みるようなことをしなかったナマズ坊の顔からは表情の一切が剥ぎ取られていた。ユキの言う通り、自分が誰にも愛されていないということを、心の中では理解していたのだろう。
「うるさいよ、おまえ」
三度電流を流して少女を苦しめる。正論で刺されたとしても、これまでそういう生き方しかしてこなかった彼にはこうする以外に自分を認めてもらう方法が思いつかない。
全身を錆びたノコギリでゆっくりと切断されていくような痛みが襲う。気が狂いそうになるも、その直前で止められ、精神が逃避することを許してくれない。
「ねぇ、ユキちゃん。これでもまだ、僕は愛されてないって言うの?」
「な、んど、やっても、わたしの、こたえ、は、おなじ、よ」
「……じゃあ、もういいよ。壊れちゃえ」
再度電流が流れるが、今度は途中で止まるということはない。脳が沸騰し、神経が破壊されていくのをユキは知覚する。加減のない電流は彼女の命を容赦なく刈り取った。
――が、彼女の命の灯火が消える直前、背後から殴られたナマズ坊がベッドから転げ落ち、床に頭をぶつけて倒れた。
「な、なんだよ、おまえは!?」
麻痺で身体が動かないユキは、ナマズ坊の戸惑いの声を聞く。
騒ぎたてていた異形だったが、少しすると苦しげに呼吸を詰まらせ、ほどなくして床に突っ伏して動かなくなった。
彼と対峙していた男は、ユキの傍によると、彼女の身体をそっと抱きあげる。
「あっ……」
助けてくれた人物の顔を見て、ユキは小さく声を漏らす。
私は夢でも見ているのだろうか?それとも、ナマズ坊の電流で死んでいて、ここはすでにあの世なのだろうか?
今一度彼と会えるなら、どちらでも構わない。そう思うユキの瞳から涙があふれた。
「助けに来たぜ、お姫さま」