土胡坐

文字数 3,116文字

 陸戦の雄、土胡坐。土蜘蛛と呼ばれる妖怪を主力に置く彼らは、地上ではなく地下に巣を作ってそこを住処とする習性がある。何十万何百万という数の土蜘蛛たちが作り上げた巣穴は、もはや地下住居や地下トンネルというレベルを逸脱し、地底都市と称していいものを構築していた。土胡坐の首都『赤墓』はそんな地底都市の一つだ。
 赤墓をただの都市と侮るなかれ。地底という環境はそれだけで鉄壁の守りであり、都市でありながら城壁なき要塞でもある。地熱を利用した発電、疑似陽光を用いた畑作、地底湖には養殖魚が泳ぎ、もちろん畜産も行われている。赤墓は都市内で生態系循環が完成されており、その気になれば外部との接触が一切ない状態でも半永久的に都市を運営させ続けることが可能な、兵糧を気にする必要のない城塞都市である。
 無論、首都と呼ばれるだけあって、政治機関や軍事機関も存在する。赤墓の族会大講堂では、各部族から選出された議員が意見を出し合い、土胡坐の政策を決める。鬼神が国の頂点に立っているという性質上、鬼神大戦における国々のほとんどが独裁政権の形を取っているが、土胡坐は例外的に民主制だった。
 存在すれども統治せず。されど、気に喰わねば死すべし。それが土胡坐の国是であり、国家の基本方針だ。土胡坐の議員は自由に意見を述べることができ、自由に政策を立てることができるが、それが国主の気に喰わないものであれば、鬼神土胡坐に文字どおりの意味で喰われる。土胡坐の国営を担う議員は、命懸けの職業なのだ。
 そして今、族会大講堂は荒れに荒れていた。

「報復だ!ここで報復に出られぬようでは、腰抜けと侮られるぞ!今すぐ派兵し、協定を破ればどんな目に合うかを見せつけてやらねば、今後の外交にも支障を来たす!」
「何のために停戦を持ちかけたと思っている!戦争続きで疲弊した国土を回復させるためであろう!二国相手に戦争を仕掛ける余裕が、我が国にあると思っているのか!?」

 去年締結した蓮蛇との停戦協定。数ヶ月前に締結したばかりの九頭竜との停戦協定。保守派の鬼たちが数年がかりで締結した協定が、昨夜突然、それも二国同時に破られたのだから、これで議会が紛糾しないはずがない。

「…………」

 即刻開戦を主張する急進派と、まずは二国の言い分を聞くべしと主張する保守派が議論を交わす中、議席の上座に座る女性が難しい顔で黙って両者の意見に耳を傾けていた。
 鬼に見た目の年齢はあまり関係ないが、強面や異形が多い中で、彼女の外見は荒野に咲く一輪の花の如しであった。
 隣に座っていた八つ目の蜘蛛鬼が少女に声をかける。

「これは長引きそうだねぇ。トタテ殿はどちらの意見を推しますかな?と聞いておくよ」
「…………」
「トタテ殿?と尋ねておくよ」

 返答がないことを不思議に思った鬼が、トタテの肩を叩く。すると、その肩がビクンと跳ねあがり、少女は立ち上がって叫んだ。

「寝てない!寝てないぞ、私は!?」

 少女の声はよく通るソプラノだった。オペラで歌えば、その声に魅了される者が大勢いただろう。議場でもその声は衆目を集める力があった。……悪い方向で。
 突然立ち上がって叫んだ少女の声に、議場はしんと静まり返る。
 寝ぼけた頭で現状を把握したトタテは、顔を真っ赤にして椅子に座り直し、下を向いて縮こまる。議員たちはそのことにつっこむことなく、何事もなかったように議論を再開させた。土胡坐の議員はみな、大人で紳士的であった。

「……寝てたのか。よくこんなうるさい中、目を開けたまま、器用に眠れるねぇ?と感心しながら問いかけるよ」
「だ、だから、寝てないぞ!?」
「そんなよだれを垂らしたまま言われても、説得力がないよ、と呆れるよ」

 慌てて口元に手をやったトタテだったが、よだれなど垂れていなかった。すぐにからかわれたのだと察した彼女は、顔を赤くして年長の議員を睨む。

「騙したな、ウチザル!」
「我らは土蜘蛛。罠を張り、かかった獲物を喰らうのが本分。引っかかる方が悪いと思わないかい?とそれっぽいことを言ってお茶を濁しておくよ」

 トタテに睨まれても、ウチザルはどこ吹く風だ。
 議員としての経験の差だろうか。八つの目のうち、二つを若手議員に向けて相手をしつつも、残りの六つの目は議会場内を忙しくなく動いている。目の動きをよくよく観察すれば、誰かが発言すればその都度最低一つの目をそちらに向けるという器用なことをしていることがわかるだろう。トタテは気付いていなかったが、こうやって二人が会話を交わす間も、ウチザルは議会の声の一つ一つをきちんと聞き分け記憶していた。

「私は悪くないぞ!会議の内容が退屈なのが悪いんだ!」
「一応国家の今後を左右する重要な案件なんだけどねぇ、と形式上諌めておくよ」
「どちらの意見にも一理あるが、決定打に欠ける。どちらも一長一短で大差がないなら、コイントスで決めてしまって、新しく出た問題を議論した方が建設的だろう」
「民主国家の議員とは思えないこと口にするね。でもまぁ、そういう即断即決ができないのが民主主義の欠点でもあるよね、と一般論を言ってみるよ」

 実際、それが原因で他国に後れをとったことは一度や二度ではない。陸戦の雄と呼ばれるだけあって土胡坐は高い軍事力を持つが、政治的な決断の遅さが足を引っ張っているせいで隣国との戦争は常に拮抗状態だ。
 特に今回のようにどちらの意見も正しく、どちらの意見も間違っているという場合はなかなか意見がまとまらない。結論が出るまで数日はかかるだろうとウチザルは予測する。

「トタテ殿の言うことは正しいと思うよ。結局のところ、決定打となる情報が欠けてるんだ。重要なパズルのピースが揃っていない状態で、完成図の予想を議論したところで答えが出るわけがない、と年長者ぶって語ってみるよ」
「決定打となる情報?」
「九頭竜と蓮蛇が、停戦条約を無視して戦闘を行った理由さ。条約を破棄するデメリットは二国にとっても大きいはずだ。今回の戦闘には、必ず何かの裏がある。それを見落とせば、蜘蛛の巣にかかるのはこちらになるかもしれない、と懸念してみるよ」

 トタテとウチザルが、ほぼ同時に背後を振り返った。
 先刻まで誰もいなかったはずだが、そこにはいつの間にか黒服の少女が頭を下げ、膝をついて控えていた。日本人とは思えない金髪だが、それ以外はおかしいところはなにもない。鬼でも妖怪でもない、普通の人間であるように思えた。

「……なかなかいい腕だ。背後に立たれるまで気付かなかったぞ」
「わざと気配を現して、気付かせてくれたのさ。彼女がその気になら、僕とトタテ殿の首は胴体から離れているよ。……アオ、報告を、と聞いておくよ」

 アオと呼ばれた少女は顔を伏せたまま、書簡をウチザルに掲げる。ウチザルは八つの目すべてを使って、その中身を読み……食肢を吊りあげた。

「進行中の作戦を一部変更。パターン三―五へ。それと午後から明日にかけての私の予定はすべてキャンセルしておいてくれ。少し旅行するから、護衛の選出もよろしくお願いする、と命令っぽいことを言い渡しておくよ」
「御意」

 短い返答の後、少女の姿が影に溶けるように消える。人間でありながら妖怪並みの見事な隠形にトタテは驚きつつ、ウチザルに疑問の声をかける。

「会議は今日明日では終わらんぞ。重要な案件を放って、どこに行くつもりだ?」

 その問いに、ウチザルは楽しそうに答えた。

「鬼と人。天国と地獄。正気と狂気が入り混じる果ての土地『布槌』へ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

名前:ユキ

性別:♀

年齢:14

勢力:???

[プロフィール]

一本角の鬼。雪のように白い髪と肌、燃えるような紅玉の瞳を持つ。

囚われの身であるらしく、首輪と手かせをつけられているようだが……。

名前:サクラ

性別:♀

年齢:14

勢力:蓮蛇

[プロフィール]

二本角の鬼。黒髪と長い足が特徴の童女。

自身過剰で能天気だが、蓮蛇勢力で一部隊を任せられる程度の地位はあるようだ。

名前:タマフネ

性別:♂

年齢:32

勢力:九頭竜・霧見一族

[プロフィール]

身長二メートルを超える巨漢。人間と魚を足して二で割ったような外見。

九頭竜勢力の千人長。ユキの護送任務を担当する。

名前:スズラン

性別:♂

年齢:15

勢力:九頭竜・結城衆

[プロフィール]

真夏であっても厚着でいる少年。結城七羅刹の一人。

どれくらい強いかというと、開幕で狸に負けるくらいには強い。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み