灰銅鑼
文字数 4,048文字
空に浮かぶ月を遮るように巨大な影が空を横切る。
巨大魚の骨格フレームと強化軽合金の装甲で構成された空飛ぶ戦船『灰銅鑼号』だ。海に拠点を置く鬼神九頭竜系列の船らしく、まるで魚のような外見をしている。全長五十メートルを超える威容は圧巻の一言であったが、今はまるで何かを警戒するように明かりが落とされ、深海に溶け込む魚のように夜空の中に身を隠している。
その窓の一つから、外に顔を向ける人影があった。
月光を反射してキラキラと輝く銀の髪。雪のように白く、穢れのない肌。気の強そうな瞳には、その意思を反映するように、燃えるような紅玉の瞳が添えられている。年の頃は十を僅かに過ぎた頃で、抱きしめてあげたくなるような儚き少女を思わせるが、額から生える一本の角が、彼女は人間でないことを示していた。
それを美しいと呼ぶには彼女は幼すぎ、可愛らしいと呼ぶには色気がありすぎる。彼女を呼び表すのにふさわしい言葉があるとすれば……魔性、そう言わざるを得ない。
「布槌、か……」
ぽつりと呟かされた言葉は、誰に対して向けられたものでもない独り言だったが、傍に立っていた男が耳聡く聞き取る。
身長二メートルを優に上回る巨漢だ。縦にも横にも大きいが太っているわけではなく、贅肉はそぎ落とされて、鋼のような筋肉と鱗で覆われている。両目は不自然なほど離れており、顔の横には深い皺があった。人間と魚を足して二で割ったような外見を持つその男は、暇つぶしとでもいうように女に声をかける。
「あんたからすれば古巣だろう。懐かしいかい?ユキ姫」
「土胡坐・蓮蛇、そして九頭竜。さまざまな鬼神の元を転々として、そのたびにいろいろな土地に連れて行かれたけど、布槌に郷愁を抱いたことはないわね。それと、私はどこかの大名や貴族の元で生まれた覚えはないのだけど、姫と呼ぶのは皮肉かしら?タマフネ」
ジャラリと首輪の鎖を鳴らしながら、ユキと呼ばれた少女は大男を睨みつける。タマフネは悪びれた様子もなく、大袈裟な動作でお辞儀して謝罪したように見せた。
からかわれているのだと察して、不機嫌になった少女はタマフネから顔を背ける。
布槌は故郷ではあるが、懐かしいという気持ちはない。外に出た記憶がほとんどないのだから、懐かしめる要素がまったくないのだ。
「(あぁ、でも――)」
ユキは服の上から、懐に入っている木彫りの人形を握り締める。
彼女の唯一の私物。古ぼけて手垢で汚れた兎の人形だ。
郷愁の念はなくとも、思い出がまったくないわけではない。そんなことをふと思い出して、ユキは少し高揚しかけた心を落ち着かせるに努める。
タマフネに気付かれて深掘りされるのが嫌だったし、変な期待を持つことはのちのち辛い思いをするだけだと経験則でわかっている。星空でも見て落ち着こうと、再び外に目を向けた少女はふと小首を傾げる。
星を眺めることは少女のほぼ唯一と言っていい趣味だ。だからこそ、星の配置が少しおかしいことに気付いた。雲でもかかっているのだろうかと注視してみると、空に浮かぶ影に気付く。影が星を遮っていたため、星の配置がおかしいと誤認したのだ。
鳥は夜目が見えないと言うが、夜行性の鳥は意外と多くいる。夜鷹かなにかだろうかと思って見ていると、視界に影が差した。
入口付近に陣取っていたはずのタマフネがユキの傍まで来て、一緒に窓の外を覗きこんでいたのだ。接近に気付かなかったことに驚いて身を引くが、彼の真剣そのものの瞳を見て何も言えなかった。
睨むように外を見ていたタマフネだったが、その巨体からは想像できないほどの素早さで窓から離れ、伝声管を引っつかむ。
「敵襲!!蓮蛇勢力の天馬どもだ!総員、戦闘配――」
直後、爆発音とともに船体が大きく揺れ、ユキは倒れそうになって壁に手をつく。
窓から赤い光が見え、船体の後方が火を噴いたことを告げていた。すぐさま船内に大きな警報が鳴り響き、探索灯が照らされる。ユキはそこで初めて、巨大な蝙蝠のような姿をした異形が、船を取り囲むようにしてたくさん飛翔しているのに気づいた。
「ちっ、蓮蛇相手に空中戦は分が悪いな。おい、てめえ、ここを動くんじゃねえぞ!」
大きく舌打ちしたタマフネは、部屋の外にいた部下にユキを見張っているように告げ、船の後方へと向かっていく。船外では銃火の光が走り、無数にいる巨大蝙蝠たちを追い払おうとしていた。再び爆発音が鳴り響き、船体が大きく揺れる。
今度はこの部屋からかなり近い。ユキは自分の身体を支えきれず、床に転がった。
「うっ、痛い、わね……」
ひとりごちながら顔を上げると、今の爆発で部屋の扉が破壊されていることに気がついた。扉に押し潰されるように、魚顔の男が二人倒れている。魚顔は霧見一族の特徴だ。
この部屋の見張りたちが今の爆発に巻き込まれたのだとユキは察する。廊下からは火が迫っているらしく、煙が充満しつつあった。
ユキは少し迷ったが、気絶している男たちを部屋へと引きずりこむ。
廊下に放置しておくよりは安全だと思ったからだ。安全を確保してから男たちの脈を測ってみたが、気絶しているだけで命に別状はなさそうだ。男たちの懐を探り、ユキは首輪や手枷の鍵を見つける。それで拘束を外すと、少女は部屋から廊下に出た。
逃げてどうするかは考えてなかった。まずは行動を起こす。ユキはタマフネが向かったのとは逆の、船体前方に向かうことにした。
そこかしこから兵士たちの怒号が聞こえてくる。銃座に座って外の巨大蝙蝠を撃ち落とす者、その銃座に弾薬を運ぶ者、船内に入り込んだ賊と戦う者。数分前まで何事もなかったはずの船内は、今や戦場の真っただ中と化していた。
ユキは着物の上を一枚脱ぎ、頭から被る。煙から口元を守るようにして顔を隠すと、船内をこっそりと進む。廊下は狭いので誰かとすれ違うことは免れないが、霧見一族の兵士は怪訝な表情で彼女を見るも、忙しさのせいか咎める暇のある者はいなかった。
「(思ったよりザルね。どうにかして、地上に降りられないかしら?)」
キョロキョロと見回すも、飛行船の構造など知らないユキにはまったく見当がつかない。さらに前方に向かおうとしたところで、背後から大きな破壊音が響く。
また爆発かと思ったが、先刻の爆発より振動は少ない。振り返ってみても爆炎は見えなかったが、破壊音は連続して起こり、しかも徐々にこちらに近づいてきている。
嫌な予感がして後ずさるユキの頭上で天井が崩れ、天井の破片とともに巨大な鉄塊が落下してきた。鉄塊の正体は、黒光りする装甲に身を包まれた巨大な鎧武者だ。かなりの衝撃とともに落ちてきたはずだが、何事もなかったかのように立ち上がる。
――カロンッ。
下駄を踏みならす軽い音が届く。鎧武者の眼前、小袖一枚の童女が天井から降り立つ。
膝上までの長足袋で覆われた足を踊るように動かし、童女は軽やかなステップを踏みながら鎧武者と対峙する。一見すればただの村娘が迷い込んでしまったのではないかと錯覚しそうになるが、彼女の額にある物体――二本の角がそれを否定する。
ユキは顔を隠していたことも忘れ、叫ぶ。
「サクラ!?」
「ふははははは!!そのとおり!我こそは鬼神蓮蛇さまの信頼厚き懐刀、サクラ様である!!……って、ユキぃぃぃ!?」
問われた童女は手を腰に当てて、能天気に答えるが、すぐにそれが知りあいと気付いて思わず二度見する。
その口上、反射的に答えてしまうほど何度も言ってるのね、とユキは場違いな感想を抱いた。
二人の漫才のようなやり取りを気に留める様子もなく、黒い鎧武者は拳を振り上げてサクラに襲いかかる。鋼鉄の拳は壁に突き当り、耳をつんざくような破壊音とともにそれを粉々にする。先刻までの破壊音の正体は、これだったのだとユキは察した。
紙一重でかわした童女は、そのまま鎧武者の頭上を飛び越える。
パシュッと気の抜けるような音がしたかと思うと、童女の身体は重力に逆らった動きを見せ、残像ができるほどの高速回転蹴りを鎧武者の頭部に浴びせる。
鎧武者の拳に勝るとも劣らない、金属と金属がぶつかる音が響くが、鎧武者はまるで応えた様子がなく、空中にいるサクラにバックブローを浴びせようとする。
再びパシュッという気の抜けるような音がしたかと思うと、サクラの身体はまたもや重力に逆らった横運動を見せ、鎧武者の攻撃をかわす。
両者とも一歩も譲らない戦いを展開していたが、どちらも決め手に欠けていた。サクラの高速機動も優れたものだったが、船内の狭い空間ではそれを活かしきれていない。一方の鎧武者の方も、狭い廊下では巨体を動かしづらそうだった。
両者睨みあう中、鎧武者が背中に手を伸ばして一対の戦鎚を取り出す。それを見たサクラはいぶかしげな顔になる。この狭い戦場では、リーチの長い武器を使っても動きにくさが増すだけだ。だが、そんなことは相手もわかっているはず。その戦鎚から得体のしれない脅威を本能的に感じ取り、サクラは身がまえた。
「……ぬっ!?」
「きゃあっ!?」
突然、床が大きく傾く。立て続けに起きる爆発と破壊に耐えきれず、船体が大きく傾いたのだ。ほぼ垂直の状態になって踏ん張りだけで身体を支えきれるはずもなく、三人は船体の前方へと落下していく。
咄嗟にユキへと手を伸ばした鎧武者だったが、空中機動が可能なサクラが割り込んでそれを阻止した。
「させるか!一人で落ちてろ!」
全力の蹴りで鎧武者の手をはじき、サクラはユキを抱えて空を舞う。空中を移動する術を持たない鎧武者は、廊下のはるか向こうへと落下していった。
「サクラ!」
「掴まれ、ユキ!墜落するぞ!」
直後、飛行船『灰銅鑼号』は頭から山に衝突し、夜山に大きな炎を上げた。
巨大魚の骨格フレームと強化軽合金の装甲で構成された空飛ぶ戦船『灰銅鑼号』だ。海に拠点を置く鬼神九頭竜系列の船らしく、まるで魚のような外見をしている。全長五十メートルを超える威容は圧巻の一言であったが、今はまるで何かを警戒するように明かりが落とされ、深海に溶け込む魚のように夜空の中に身を隠している。
その窓の一つから、外に顔を向ける人影があった。
月光を反射してキラキラと輝く銀の髪。雪のように白く、穢れのない肌。気の強そうな瞳には、その意思を反映するように、燃えるような紅玉の瞳が添えられている。年の頃は十を僅かに過ぎた頃で、抱きしめてあげたくなるような儚き少女を思わせるが、額から生える一本の角が、彼女は人間でないことを示していた。
それを美しいと呼ぶには彼女は幼すぎ、可愛らしいと呼ぶには色気がありすぎる。彼女を呼び表すのにふさわしい言葉があるとすれば……魔性、そう言わざるを得ない。
「布槌、か……」
ぽつりと呟かされた言葉は、誰に対して向けられたものでもない独り言だったが、傍に立っていた男が耳聡く聞き取る。
身長二メートルを優に上回る巨漢だ。縦にも横にも大きいが太っているわけではなく、贅肉はそぎ落とされて、鋼のような筋肉と鱗で覆われている。両目は不自然なほど離れており、顔の横には深い皺があった。人間と魚を足して二で割ったような外見を持つその男は、暇つぶしとでもいうように女に声をかける。
「あんたからすれば古巣だろう。懐かしいかい?ユキ姫」
「土胡坐・蓮蛇、そして九頭竜。さまざまな鬼神の元を転々として、そのたびにいろいろな土地に連れて行かれたけど、布槌に郷愁を抱いたことはないわね。それと、私はどこかの大名や貴族の元で生まれた覚えはないのだけど、姫と呼ぶのは皮肉かしら?タマフネ」
ジャラリと首輪の鎖を鳴らしながら、ユキと呼ばれた少女は大男を睨みつける。タマフネは悪びれた様子もなく、大袈裟な動作でお辞儀して謝罪したように見せた。
からかわれているのだと察して、不機嫌になった少女はタマフネから顔を背ける。
布槌は故郷ではあるが、懐かしいという気持ちはない。外に出た記憶がほとんどないのだから、懐かしめる要素がまったくないのだ。
「(あぁ、でも――)」
ユキは服の上から、懐に入っている木彫りの人形を握り締める。
彼女の唯一の私物。古ぼけて手垢で汚れた兎の人形だ。
郷愁の念はなくとも、思い出がまったくないわけではない。そんなことをふと思い出して、ユキは少し高揚しかけた心を落ち着かせるに努める。
タマフネに気付かれて深掘りされるのが嫌だったし、変な期待を持つことはのちのち辛い思いをするだけだと経験則でわかっている。星空でも見て落ち着こうと、再び外に目を向けた少女はふと小首を傾げる。
星を眺めることは少女のほぼ唯一と言っていい趣味だ。だからこそ、星の配置が少しおかしいことに気付いた。雲でもかかっているのだろうかと注視してみると、空に浮かぶ影に気付く。影が星を遮っていたため、星の配置がおかしいと誤認したのだ。
鳥は夜目が見えないと言うが、夜行性の鳥は意外と多くいる。夜鷹かなにかだろうかと思って見ていると、視界に影が差した。
入口付近に陣取っていたはずのタマフネがユキの傍まで来て、一緒に窓の外を覗きこんでいたのだ。接近に気付かなかったことに驚いて身を引くが、彼の真剣そのものの瞳を見て何も言えなかった。
睨むように外を見ていたタマフネだったが、その巨体からは想像できないほどの素早さで窓から離れ、伝声管を引っつかむ。
「敵襲!!蓮蛇勢力の天馬どもだ!総員、戦闘配――」
直後、爆発音とともに船体が大きく揺れ、ユキは倒れそうになって壁に手をつく。
窓から赤い光が見え、船体の後方が火を噴いたことを告げていた。すぐさま船内に大きな警報が鳴り響き、探索灯が照らされる。ユキはそこで初めて、巨大な蝙蝠のような姿をした異形が、船を取り囲むようにしてたくさん飛翔しているのに気づいた。
「ちっ、蓮蛇相手に空中戦は分が悪いな。おい、てめえ、ここを動くんじゃねえぞ!」
大きく舌打ちしたタマフネは、部屋の外にいた部下にユキを見張っているように告げ、船の後方へと向かっていく。船外では銃火の光が走り、無数にいる巨大蝙蝠たちを追い払おうとしていた。再び爆発音が鳴り響き、船体が大きく揺れる。
今度はこの部屋からかなり近い。ユキは自分の身体を支えきれず、床に転がった。
「うっ、痛い、わね……」
ひとりごちながら顔を上げると、今の爆発で部屋の扉が破壊されていることに気がついた。扉に押し潰されるように、魚顔の男が二人倒れている。魚顔は霧見一族の特徴だ。
この部屋の見張りたちが今の爆発に巻き込まれたのだとユキは察する。廊下からは火が迫っているらしく、煙が充満しつつあった。
ユキは少し迷ったが、気絶している男たちを部屋へと引きずりこむ。
廊下に放置しておくよりは安全だと思ったからだ。安全を確保してから男たちの脈を測ってみたが、気絶しているだけで命に別状はなさそうだ。男たちの懐を探り、ユキは首輪や手枷の鍵を見つける。それで拘束を外すと、少女は部屋から廊下に出た。
逃げてどうするかは考えてなかった。まずは行動を起こす。ユキはタマフネが向かったのとは逆の、船体前方に向かうことにした。
そこかしこから兵士たちの怒号が聞こえてくる。銃座に座って外の巨大蝙蝠を撃ち落とす者、その銃座に弾薬を運ぶ者、船内に入り込んだ賊と戦う者。数分前まで何事もなかったはずの船内は、今や戦場の真っただ中と化していた。
ユキは着物の上を一枚脱ぎ、頭から被る。煙から口元を守るようにして顔を隠すと、船内をこっそりと進む。廊下は狭いので誰かとすれ違うことは免れないが、霧見一族の兵士は怪訝な表情で彼女を見るも、忙しさのせいか咎める暇のある者はいなかった。
「(思ったよりザルね。どうにかして、地上に降りられないかしら?)」
キョロキョロと見回すも、飛行船の構造など知らないユキにはまったく見当がつかない。さらに前方に向かおうとしたところで、背後から大きな破壊音が響く。
また爆発かと思ったが、先刻の爆発より振動は少ない。振り返ってみても爆炎は見えなかったが、破壊音は連続して起こり、しかも徐々にこちらに近づいてきている。
嫌な予感がして後ずさるユキの頭上で天井が崩れ、天井の破片とともに巨大な鉄塊が落下してきた。鉄塊の正体は、黒光りする装甲に身を包まれた巨大な鎧武者だ。かなりの衝撃とともに落ちてきたはずだが、何事もなかったかのように立ち上がる。
――カロンッ。
下駄を踏みならす軽い音が届く。鎧武者の眼前、小袖一枚の童女が天井から降り立つ。
膝上までの長足袋で覆われた足を踊るように動かし、童女は軽やかなステップを踏みながら鎧武者と対峙する。一見すればただの村娘が迷い込んでしまったのではないかと錯覚しそうになるが、彼女の額にある物体――二本の角がそれを否定する。
ユキは顔を隠していたことも忘れ、叫ぶ。
「サクラ!?」
「ふははははは!!そのとおり!我こそは鬼神蓮蛇さまの信頼厚き懐刀、サクラ様である!!……って、ユキぃぃぃ!?」
問われた童女は手を腰に当てて、能天気に答えるが、すぐにそれが知りあいと気付いて思わず二度見する。
その口上、反射的に答えてしまうほど何度も言ってるのね、とユキは場違いな感想を抱いた。
二人の漫才のようなやり取りを気に留める様子もなく、黒い鎧武者は拳を振り上げてサクラに襲いかかる。鋼鉄の拳は壁に突き当り、耳をつんざくような破壊音とともにそれを粉々にする。先刻までの破壊音の正体は、これだったのだとユキは察した。
紙一重でかわした童女は、そのまま鎧武者の頭上を飛び越える。
パシュッと気の抜けるような音がしたかと思うと、童女の身体は重力に逆らった動きを見せ、残像ができるほどの高速回転蹴りを鎧武者の頭部に浴びせる。
鎧武者の拳に勝るとも劣らない、金属と金属がぶつかる音が響くが、鎧武者はまるで応えた様子がなく、空中にいるサクラにバックブローを浴びせようとする。
再びパシュッという気の抜けるような音がしたかと思うと、サクラの身体はまたもや重力に逆らった横運動を見せ、鎧武者の攻撃をかわす。
両者とも一歩も譲らない戦いを展開していたが、どちらも決め手に欠けていた。サクラの高速機動も優れたものだったが、船内の狭い空間ではそれを活かしきれていない。一方の鎧武者の方も、狭い廊下では巨体を動かしづらそうだった。
両者睨みあう中、鎧武者が背中に手を伸ばして一対の戦鎚を取り出す。それを見たサクラはいぶかしげな顔になる。この狭い戦場では、リーチの長い武器を使っても動きにくさが増すだけだ。だが、そんなことは相手もわかっているはず。その戦鎚から得体のしれない脅威を本能的に感じ取り、サクラは身がまえた。
「……ぬっ!?」
「きゃあっ!?」
突然、床が大きく傾く。立て続けに起きる爆発と破壊に耐えきれず、船体が大きく傾いたのだ。ほぼ垂直の状態になって踏ん張りだけで身体を支えきれるはずもなく、三人は船体の前方へと落下していく。
咄嗟にユキへと手を伸ばした鎧武者だったが、空中機動が可能なサクラが割り込んでそれを阻止した。
「させるか!一人で落ちてろ!」
全力の蹴りで鎧武者の手をはじき、サクラはユキを抱えて空を舞う。空中を移動する術を持たない鎧武者は、廊下のはるか向こうへと落下していった。
「サクラ!」
「掴まれ、ユキ!墜落するぞ!」
直後、飛行船『灰銅鑼号』は頭から山に衝突し、夜山に大きな炎を上げた。