死線
文字数 1,908文字
「ぐっ、ぬうぅ?」
しかし、思ったように力が籠らない。首の骨を折るどころか、タマフネはその場に膝を突いてしまう。
「(毒っ!?いつの間に!?)」
一度スズランの毒を味わっているタマフネは、不調の正体にすぐに気付く。
だが、いつの間に毒を盛られたのかがわからなかった。スズランの毒は血液や肉体に触れなければ効果を発さないはずだ。鎧に覆われたタマフネには、素肌に触れられるような場所はなく、皮膚接触はなかったはずなのだ。
そこでタマフネは、何かに気付いてはっとした顔になる。
「て、てめえ、服を脱いだのは――」
「お、オタクを倒せる算段があるって言ったろ。俺は一度だって、直接触れなきゃ毒を打ち込めないなんて言ってないぜ」
喉を締め付ける手をはがそうともがきながら、スズランは言う。
「(分厚い衣服は汗が漏れるのを防ぐため。こいつの汗は、気化すると毒霧となって空中に散布されるのか!!)」
自分の身体を侵す毒の正体を知り、タマフネは即座に息を止めて戦慄する。
スズランが普段から分厚い服を着るのは、毒が服を侵して腐らせてしまうという理由があるのも事実だが、もっと大きな理由は肌を晒していると汗から発生した気化毒を周囲に散布してしまうからだ。
ゆえに、スズランは誰かと行動を共にしている間は、決して服を脱ごうとはしない。この気化毒はスズラン自身にも制御不可能で、衣服で覆ってしまう以外に散布を防ぐ手段がないからだ。
とはいえ、気化毒は皮膚接触や血液接触と比べて毒性が弱い。屋外では効きが弱く、その上で風が強かったりすればほぼ無力さされるという弱点がある。反面、空気の流れが少ない屋内であれば、その効果を如何なく発揮し、無類の強さを発揮する。中・遠距離戦を苦手とするスズランの、正真正銘奥の手だった。
「(まずい!こいつはかなりまずい!)」
前回と違って、血抜きで毒を排出することはできない。気化毒が船内のどこまで充満しているかわからない以上、逃げることも難しい。
毒が回りきる前にスズランを殺すことは可能だろう。毒で弱っていても、それくらいのことはできる。問題は、スズランを殺したところで毒は消えないということだ。
短い思考の末、タマフネはスズランを手放し、背中の鉄槌を結合させる。
「え?」
鉄槌を手に取ったタマフネは、息を止めたまま全速力でユキの方へと走った。スズランに支持されたとおり、遠目から二人の戦いを見守っていたユキは、突然自分の方へと向かってきたタマフネに目を丸くさせる。
「あっ、てめえ!逃げろ、ユキ!」
解放されたスズランが叫ぶが、ユキがタマフネから逃れられるはずもない。魚顔の巨人は、左腕でユキを掴むと、右腕一本で鉄槌を振るい、壁に叩きつけた。
途端、船内に暴風が吹き荒れ、気化毒が外へと排出される。
すぐさま、スズランはタマフネへと追いすがる。船内に充満する気化毒がなくなったとはいえ、すでにタマフネを侵している毒が消えたわけではない。ここで畳みこまなければ勝てる可能性がなくなってしまう。
だが、タマフネは見かけと異なり、慎重かつ堅実で、戦略的撤退を迷わず選択できる男だった。彼はスズランを相手することなく、ユキを抱えたまま船外に出て、壁に指を突き立てて飛行船を外側から登っていく。
「ユキっ!」
「スズランっ!」
スズランが船外に顔を出した頃には、タマフネはすでにかなりの上の方にいた。まだ毒が残っているだろうに、とてつもなくタフな男だ。
すぐに後を追おうとして、ちらと眼下を見下ろす。剛風吹き荒れる地上五百メートルを走る飛行船の外壁。一瞬のミスで死につながる世界を実感し、足がすくみそうになる。
しかし、スズランは意を決すると、タマフネが壁面に空けた穴をとっかかりにして、その後を追う。タマフネほど腕力がないため、途中で何度も吹き飛ばされそうになるも、何とか飛行船の頂上へと到達することができた。
飛行船の上部には小さな見張り台が一つあるだけで手摺の一つもなく、油断すれば風に飛ばされて転がり落ちてしまいそうだ。
タマフネは、見張り台の前でユキと共に待ち受けていた。鋼鉄の鎧は解除されており、素手でユキの身体を拘束している。
「スズラン、大丈夫!?」
「よぉ、ユキ。景色がよかったもんだから、ちょっと来るのが遅れちゃったよ。今から助けるんで、お姫様らしく待っていてくれよ」
ユキを安心させるためか、あるいは元々の性格のせいか、スズランはことさらに明るい声で言う。何か言おうとするユキを押しのけ、タマフネが前に出た。
しかし、思ったように力が籠らない。首の骨を折るどころか、タマフネはその場に膝を突いてしまう。
「(毒っ!?いつの間に!?)」
一度スズランの毒を味わっているタマフネは、不調の正体にすぐに気付く。
だが、いつの間に毒を盛られたのかがわからなかった。スズランの毒は血液や肉体に触れなければ効果を発さないはずだ。鎧に覆われたタマフネには、素肌に触れられるような場所はなく、皮膚接触はなかったはずなのだ。
そこでタマフネは、何かに気付いてはっとした顔になる。
「て、てめえ、服を脱いだのは――」
「お、オタクを倒せる算段があるって言ったろ。俺は一度だって、直接触れなきゃ毒を打ち込めないなんて言ってないぜ」
喉を締め付ける手をはがそうともがきながら、スズランは言う。
「(分厚い衣服は汗が漏れるのを防ぐため。こいつの汗は、気化すると毒霧となって空中に散布されるのか!!)」
自分の身体を侵す毒の正体を知り、タマフネは即座に息を止めて戦慄する。
スズランが普段から分厚い服を着るのは、毒が服を侵して腐らせてしまうという理由があるのも事実だが、もっと大きな理由は肌を晒していると汗から発生した気化毒を周囲に散布してしまうからだ。
ゆえに、スズランは誰かと行動を共にしている間は、決して服を脱ごうとはしない。この気化毒はスズラン自身にも制御不可能で、衣服で覆ってしまう以外に散布を防ぐ手段がないからだ。
とはいえ、気化毒は皮膚接触や血液接触と比べて毒性が弱い。屋外では効きが弱く、その上で風が強かったりすればほぼ無力さされるという弱点がある。反面、空気の流れが少ない屋内であれば、その効果を如何なく発揮し、無類の強さを発揮する。中・遠距離戦を苦手とするスズランの、正真正銘奥の手だった。
「(まずい!こいつはかなりまずい!)」
前回と違って、血抜きで毒を排出することはできない。気化毒が船内のどこまで充満しているかわからない以上、逃げることも難しい。
毒が回りきる前にスズランを殺すことは可能だろう。毒で弱っていても、それくらいのことはできる。問題は、スズランを殺したところで毒は消えないということだ。
短い思考の末、タマフネはスズランを手放し、背中の鉄槌を結合させる。
「え?」
鉄槌を手に取ったタマフネは、息を止めたまま全速力でユキの方へと走った。スズランに支持されたとおり、遠目から二人の戦いを見守っていたユキは、突然自分の方へと向かってきたタマフネに目を丸くさせる。
「あっ、てめえ!逃げろ、ユキ!」
解放されたスズランが叫ぶが、ユキがタマフネから逃れられるはずもない。魚顔の巨人は、左腕でユキを掴むと、右腕一本で鉄槌を振るい、壁に叩きつけた。
途端、船内に暴風が吹き荒れ、気化毒が外へと排出される。
すぐさま、スズランはタマフネへと追いすがる。船内に充満する気化毒がなくなったとはいえ、すでにタマフネを侵している毒が消えたわけではない。ここで畳みこまなければ勝てる可能性がなくなってしまう。
だが、タマフネは見かけと異なり、慎重かつ堅実で、戦略的撤退を迷わず選択できる男だった。彼はスズランを相手することなく、ユキを抱えたまま船外に出て、壁に指を突き立てて飛行船を外側から登っていく。
「ユキっ!」
「スズランっ!」
スズランが船外に顔を出した頃には、タマフネはすでにかなりの上の方にいた。まだ毒が残っているだろうに、とてつもなくタフな男だ。
すぐに後を追おうとして、ちらと眼下を見下ろす。剛風吹き荒れる地上五百メートルを走る飛行船の外壁。一瞬のミスで死につながる世界を実感し、足がすくみそうになる。
しかし、スズランは意を決すると、タマフネが壁面に空けた穴をとっかかりにして、その後を追う。タマフネほど腕力がないため、途中で何度も吹き飛ばされそうになるも、何とか飛行船の頂上へと到達することができた。
飛行船の上部には小さな見張り台が一つあるだけで手摺の一つもなく、油断すれば風に飛ばされて転がり落ちてしまいそうだ。
タマフネは、見張り台の前でユキと共に待ち受けていた。鋼鉄の鎧は解除されており、素手でユキの身体を拘束している。
「スズラン、大丈夫!?」
「よぉ、ユキ。景色がよかったもんだから、ちょっと来るのが遅れちゃったよ。今から助けるんで、お姫様らしく待っていてくれよ」
ユキを安心させるためか、あるいは元々の性格のせいか、スズランはことさらに明るい声で言う。何か言おうとするユキを押しのけ、タマフネが前に出た。