死病の王

文字数 2,716文字

「殿、お待ちしておりました」

 民家に扮した隠れ家に足を踏み入れたウチザルを、アオが膝をついて迎え入れる。

「いやぁ、本当に待たせてしまったね。情報戦で後手に回ると、策を凝らすのも一苦労だ。久しぶりに走り回るのはこたえるねぇ、と愚痴ってみるよ」
「……差し出がましいようですが、それならこのような場所に来る必要はなかったのでは?むしろ、殿ほどの人物は危険地域に来るべきではありません」

 彼らが会合しているのは九頭竜の土地のど真ん中だ。土胡坐の鬼であるウチザルがその存在を知られれば、見つかり次第殺されることは免れない。現役の諜報員であるアオはともかく、土胡坐の高級議員であるウチザルがいるべき場所ではない。

「自分で仕組んだ作戦(悪だくみ)の最後を見届けるのは、僕の生きがいだよ。それを奪うなんて、酷いことを言わないでくれ、と悪びれもなく言ってみるよ」
「……はぁ」

 本当に悪びれもなく言ってのける主に、アオは当惑を込めた溜息を吐かざるを得ない。肝が据わっていると言うべきか、イカレていると言うべきか迷うところだ。

「そして、年甲斐もなく奔走したおかげで、今回は終幕に間に合ったようだ。首尾のほうはどうかな?と尋ねてみよう」
「まだなんとも申し上げられません。潜入工作員シオンからの報告では、蓮蛇のサクラ・結城七羅刹のスズランを騙し、ユキ奪還の戦力として利用しているとのこと。ユキの回収が難しい場合は殺すように指示しましたが、結果はサクラたち次第かと」
「それで、この場所で引き取る予定だと?あぁ、それはまずいことをしたねぇ。うん、実によくない状況だと困った空気を出しておくよ」
「……彼らでは勝てないと?」

 粗相をしたかと不安げな顔になるアオに対して、ウチザルは首を振る。

「そういう問題ではないよ。確かにユキを守っているであろうタマフネくんの強さは大したものだが、シオンくんも現状用意できるであろう最高の戦力を揃えてくれた。即興とはったりでそれだけの人材を用意したのはさすがだと賞賛を送ろう」

 それに関してはアオも同意であったため頷く。
 今回の作戦はとにかく時間がなく、敵地での出来事ということもあり、選べる手段が限られていた。彼らでタマフネに勝てないなら他に手段はないだろう。
 では、何が不満なのだろうと答えを待ったが、ウチザルは返答せずに話を変えた。

「それにしてもシオンくんとスズランくんか。どちらも懐かしい名前だ。しばらく会っていないが、二人とも印象深いからよく覚えていると感慨に更けてみよう」
「潜入工作員として結城衆に溶け込んでいるシオンは、我々であっても簡単に接触することはできないので仕方がないでしょう。……殿がスズランと面識があるという話は初めて聞きましたが?」
「まだアオくんが僕の部下になる前。刈島城への潜入工作が本格化し始めたばかりのことだ。研究所の廃棄槽を隠れ家に情報収集を行っていた時、失敗作の烙印を押されて廃棄槽に捨てられた彼と偶然出会ったのさ」

 懐かしむように遠くを見つめる蜘蛛男に、アオは首を傾げる。

「失敗作……ですか?結城七羅刹と呼ばれている男が?」
「疑問を浮かべるのも当然。事実、失敗作だった彼と、暴走したユキが出会ってなければ、彼は失敗作のまま生涯を終えていただろうと予測するよ」
「ユキが……暴走?」
「うん。彼女の世話をしていた女性が殺されてしまってね。彼女を実の母親のように思っていたユキは自暴自棄になり、その感情に反応して制御を失った鬼神が暴走して、研究所にいた数千の鬼や人間をほぼ皆殺しにしたのだよ、と教えよう」

 アオは絶句する。
 鬼神という弩級の怪物を内に宿している以上、ただの治癒能力ではないだろうとは思っていたが、感情が昂ぶっただけで数千規模の大虐殺起きたなど想定を超えていた。

「アオくんが知らないのも無理はない。あれは極秘任務で、僕もあの日あの時あの場所にはいなかったということになっている」

 過去を思い出し、ウチザルはらしくもなく自分の手の平に汗が浮かぶのを感じる。

「あのときは僕も危なかったね。廃棄槽にアジトを置いて、常にガスマスクを着けていたのが功を奏した。まぁ、それでも一歩間違えれば死んでいただろうけどね。あの時、勇気を出してユキに会いに行き、誘拐することができたのはとても運が良かったと振り返る」
「……会いに行ったんですか!?鬼神の力が暴走している最中に!?」
「そりゃあ、僕たち以外の鬼や妖怪は全滅していたからね。誰にも知られることなく彼女に会いに行くには、これ以上ない機会だろう?と自画自賛してみるよ」
「それは確かに生存者がいなければ、目撃者は出ないでしょうけど!」

 改めて、この方は頭がおかしいとアオは思った。

「それにしても、ユキの鬼胤はいったいどんな能力を秘めているのですか?私は治癒能力以外の彼女の能力を知らされていないのですが……」
「うん?彼女には鬼胤なんて埋め込まれていないよ?彼女に埋め込まれているのは鬼神の身体の一部などではなく、鬼神そのものだと悪戯っぽく言おう」
「…………は?」

 ポカンとした顔になるアオを見て、相変わらずいい反応するなぁと内心で笑いながら、ウチザルは言葉を続ける。

「そして、治癒能力こそが、彼女が内に宿す鬼神の能力すべてを物語っている。あれは触れただけで傷や病気を癒すような奇跡的能力じゃない。そんな能力なら、彼女自身が医学知識を身につける必要はないからね。その原理を考えていけば、自ずと鬼神の能力と正体もわかってくるだろう?と問いかけてみよう」

 主人に問われ、アオは考える。そして、すぐに結論に思い至り、その恐ろしさにみるみる顔を青褪めさせていく。
 アオの聡明さにウチザルは満足げに頷き、空を見上げる。まだ日は高いが、月と同サイズの巨大な鬼神『紅炉有珠(グロース)』の姿が見えている。
 破格の大きさを持つあの鬼神を恐れる者は多いだろう。だが、真に恐れるべきはあのような鬼神ではない。なぜなら、星を打ち壊すだけの兵器があれば、あの鬼神を殺すことができるからだ。現在そんな兵器が実在しなかったとしても、将来的にいつかは討ち果たすことのできる怪物だ。
 だが、ユキが内に宿す鬼神は違う。あれを討ち滅ぼすことは絶対にできない。だって、それはこの世から細菌を一つ残らず殲滅することと同義なのだから。

「鬼神の名は『覇巣多痢苦(ハスターリク)』。意思ある細菌。死病の王。万物を原子レベルで改変する事が出来る、最小にして無敵の鬼神だ」
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登場人物紹介

名前:ユキ

性別:♀

年齢:14

勢力:???

[プロフィール]

一本角の鬼。雪のように白い髪と肌、燃えるような紅玉の瞳を持つ。

囚われの身であるらしく、首輪と手かせをつけられているようだが……。

名前:サクラ

性別:♀

年齢:14

勢力:蓮蛇

[プロフィール]

二本角の鬼。黒髪と長い足が特徴の童女。

自身過剰で能天気だが、蓮蛇勢力で一部隊を任せられる程度の地位はあるようだ。

名前:タマフネ

性別:♂

年齢:32

勢力:九頭竜・霧見一族

[プロフィール]

身長二メートルを超える巨漢。人間と魚を足して二で割ったような外見。

九頭竜勢力の千人長。ユキの護送任務を担当する。

名前:スズラン

性別:♂

年齢:15

勢力:九頭竜・結城衆

[プロフィール]

真夏であっても厚着でいる少年。結城七羅刹の一人。

どれくらい強いかというと、開幕で狸に負けるくらいには強い。

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