冥土
文字数 2,013文字
時は遡り、スズランが火刑に処された直後の話。死後の世界なんて、生前の世界と大差ない。目を覚ましたスズランが初めに思ったのはそんなことだった。
薄暗い室内。何も感じない肌。いつになったら閻魔さまの出迎えがあるんだろうと待っていたが、しばらくしてまだ自分は生きていると気付き、がばっと身を起こす。
見たことのない部屋の寝台に彼は寝かされていた。灯りは落とされているが、天井からは微かな機械音が響いている。ここは死体安置所で、自分は死後に幽霊としてさまよっているんじゃないかとも思ったが、足はしっかりと生えている。衣服は元のままで、焦げ跡の一つすらついていない。
身体を調べてみても、タマフネにやられた傷は残っているが、新しい怪我は増えていない。その時、自分の首に何かが貼られていることに気がついた。
「そいつは外すな。おまえが生きていることが外の奴らにばれるぞ」
振り返りつつ、握り拳を作って身構える。
そこにいたのは童女の姿をした鬼だった。小袖一枚の軽装で机の上に座り、長い足を組んでスズランの様子を面白そうに眺めている。
「おまえたち結城衆の体内には、居場所や生体情報を発信するチップが埋め込まれているそうじゃ。その貼り物は信号を遮断する効果がある。それがある限り、連中はおまえが生きていると気付けない。霧見一族に見つかりたくないなら、気をつけることじゃ」
「……そりゃ、ご親切にどうも。で、ここはどこで、オタクは誰だよ。俺は火刑に掛けられて死んだはずだが、地獄の鬼にしちゃ、ちみっこくないですかねぇ」
名を問われ、小柄な鬼は机の上に立ち、偉そうにふんぞり返った。
「ふははははは!!そんなにサクラさまの気になるなら答えてやろう!耳にドリルで穴を開けて聞くがよい!我こそは鬼神蓮蛇さまの――」
「あっ、話が長くなりそうなんでもういいです」
こいつと話すのは面倒そうだと本能的に悟り、スズランはそそくさとサクラから距離を取る。
その時、パシュッという空気が抜けたような音が鳴る。気がつけば童女が目の前に現れており、スズランを逃がさないように服の端を掴んでいた。
「なに、遠慮する必要はないぞ。貴様には特別にサクラさまの武勇伝を一から聞かせてやろう。まずはサクラさま誕生記神童胎動編から……」
「うわっ、人の話聞かない一番めんどくさいやつだ、これ!?」
何が悲しくて胎盤から生命が誕生する保健体育の授業を聞かなくてはならないのか。ご遠慮願いたかったが、見た目は童女でも腕力は鬼のものだ。簡単に放してくれそうにない。
なんなんだ、こいつはと考えつつ、スズランは記憶の隅に引っかかりを感じる。サクラという名前を、つい最近聞いたような気がする。
「よぉ、元気そうじゃあねえかぁ」
頭上から二度と聞きたくなかった声を聞き、スズランはその方角を見上げる。
天井に張り付くように四肢を広げた、ギョロ目の男と目があった。好敵手との再会を喜ぶようにナナフシは笑みを浮かべ、反対にスズランは顔を引き攣らせた。
「簡単に死ぬわけがないとは思ってたけど、こうしてまた顔を合わせると感慨深いねぇ。再会を祝して、力強く抱き合ってみようぜ」
「さりげなく殺しにかかりやがって、相変わらず口の減らない奴だぁ。言っておくがぁ、俺とサクラさまを相手に生き残れると思うんじゃねぇぞぉ」
「サクラ……さま?」
そこでスズランはその名前について思い出す。そういえば、ユキを奪還に来た蓮蛇軍の隊長がそんな名前だったはずだ。
「……どういうことだ?蓮見軍の隊長は死んだはずだぞ?」
仲間からの報告に嘘が混じっていたとは思えない。生死不明であるなら、そのような報告を受けていたはずだ。
「ふんっ、ナナフシよ。見せてやるがよい」
疑問符を浮かべるスズランに応えて、サクラがギョロ目の妖怪に対して許可を出す。
ナナフシは両の手を目の前で組み合わせた。両手は粘土でも練り合わせるようにして合体し、形状を変えていく。ある程度形が整うと、腕の先端部分が千切れて床に落ちた。
そこにあったのはスズランの頭部だ。自分自身にそっくりの生首が床に転がるのを見てスズランは気持ち悪さから額に皺を寄せる。
「……なるほど、これで死体を偽装したわけか。ほんと、便利な身体な、オタク。自分で自分の死体を見るなんて、奇妙な体験だ」
「よぉく調べればバレるけどなぁ。血も通ってるし、骨もある。素人にゃあ簡単にはわからなねぇさぁ。感謝しろよぉ?おまえの遺体も偽装しておいてやったんだからなぁ」
「死体の件はわかった。だが、ここはどこで、俺はどうして生きてるんだ?」
サクラたちが答える前に、部屋に一つだけあった扉が開く。そこから入ってきた人物にスズランは目を見開いた。サクラが顎で指して言う。
「その答えはあいつに聞いてみるといい」
薄暗い室内。何も感じない肌。いつになったら閻魔さまの出迎えがあるんだろうと待っていたが、しばらくしてまだ自分は生きていると気付き、がばっと身を起こす。
見たことのない部屋の寝台に彼は寝かされていた。灯りは落とされているが、天井からは微かな機械音が響いている。ここは死体安置所で、自分は死後に幽霊としてさまよっているんじゃないかとも思ったが、足はしっかりと生えている。衣服は元のままで、焦げ跡の一つすらついていない。
身体を調べてみても、タマフネにやられた傷は残っているが、新しい怪我は増えていない。その時、自分の首に何かが貼られていることに気がついた。
「そいつは外すな。おまえが生きていることが外の奴らにばれるぞ」
振り返りつつ、握り拳を作って身構える。
そこにいたのは童女の姿をした鬼だった。小袖一枚の軽装で机の上に座り、長い足を組んでスズランの様子を面白そうに眺めている。
「おまえたち結城衆の体内には、居場所や生体情報を発信するチップが埋め込まれているそうじゃ。その貼り物は信号を遮断する効果がある。それがある限り、連中はおまえが生きていると気付けない。霧見一族に見つかりたくないなら、気をつけることじゃ」
「……そりゃ、ご親切にどうも。で、ここはどこで、オタクは誰だよ。俺は火刑に掛けられて死んだはずだが、地獄の鬼にしちゃ、ちみっこくないですかねぇ」
名を問われ、小柄な鬼は机の上に立ち、偉そうにふんぞり返った。
「ふははははは!!そんなにサクラさまの気になるなら答えてやろう!耳にドリルで穴を開けて聞くがよい!我こそは鬼神蓮蛇さまの――」
「あっ、話が長くなりそうなんでもういいです」
こいつと話すのは面倒そうだと本能的に悟り、スズランはそそくさとサクラから距離を取る。
その時、パシュッという空気が抜けたような音が鳴る。気がつけば童女が目の前に現れており、スズランを逃がさないように服の端を掴んでいた。
「なに、遠慮する必要はないぞ。貴様には特別にサクラさまの武勇伝を一から聞かせてやろう。まずはサクラさま誕生記神童胎動編から……」
「うわっ、人の話聞かない一番めんどくさいやつだ、これ!?」
何が悲しくて胎盤から生命が誕生する保健体育の授業を聞かなくてはならないのか。ご遠慮願いたかったが、見た目は童女でも腕力は鬼のものだ。簡単に放してくれそうにない。
なんなんだ、こいつはと考えつつ、スズランは記憶の隅に引っかかりを感じる。サクラという名前を、つい最近聞いたような気がする。
「よぉ、元気そうじゃあねえかぁ」
頭上から二度と聞きたくなかった声を聞き、スズランはその方角を見上げる。
天井に張り付くように四肢を広げた、ギョロ目の男と目があった。好敵手との再会を喜ぶようにナナフシは笑みを浮かべ、反対にスズランは顔を引き攣らせた。
「簡単に死ぬわけがないとは思ってたけど、こうしてまた顔を合わせると感慨深いねぇ。再会を祝して、力強く抱き合ってみようぜ」
「さりげなく殺しにかかりやがって、相変わらず口の減らない奴だぁ。言っておくがぁ、俺とサクラさまを相手に生き残れると思うんじゃねぇぞぉ」
「サクラ……さま?」
そこでスズランはその名前について思い出す。そういえば、ユキを奪還に来た蓮蛇軍の隊長がそんな名前だったはずだ。
「……どういうことだ?蓮見軍の隊長は死んだはずだぞ?」
仲間からの報告に嘘が混じっていたとは思えない。生死不明であるなら、そのような報告を受けていたはずだ。
「ふんっ、ナナフシよ。見せてやるがよい」
疑問符を浮かべるスズランに応えて、サクラがギョロ目の妖怪に対して許可を出す。
ナナフシは両の手を目の前で組み合わせた。両手は粘土でも練り合わせるようにして合体し、形状を変えていく。ある程度形が整うと、腕の先端部分が千切れて床に落ちた。
そこにあったのはスズランの頭部だ。自分自身にそっくりの生首が床に転がるのを見てスズランは気持ち悪さから額に皺を寄せる。
「……なるほど、これで死体を偽装したわけか。ほんと、便利な身体な、オタク。自分で自分の死体を見るなんて、奇妙な体験だ」
「よぉく調べればバレるけどなぁ。血も通ってるし、骨もある。素人にゃあ簡単にはわからなねぇさぁ。感謝しろよぉ?おまえの遺体も偽装しておいてやったんだからなぁ」
「死体の件はわかった。だが、ここはどこで、俺はどうして生きてるんだ?」
サクラたちが答える前に、部屋に一つだけあった扉が開く。そこから入ってきた人物にスズランは目を見開いた。サクラが顎で指して言う。
「その答えはあいつに聞いてみるといい」