共闘
文字数 2,142文字
「…………」
少々予想外の言葉に、スズランは返事に窮す。
ちらとサクラの方に目を向けてみるが、こちらも驚いたような顔になっている。彼女も初耳であったようだ。
「ほほぉ。命を救ってもらった上に匿ってもらえて、その上でナナフシと互角に渡り合える強者を助っ人に貸してくれるのは非常に助かるのじゃが……おぬしは土胡坐の間者であろう?なにゆえ、土胡坐はユキを自分の手元に置かぬのだ?」
スズランが抱いた疑問も同じだ。シオンが土胡坐側の人間であり、すべての事情を察しているのなら、当然ユキの確保を命令されているはずだ。タマフネという脅威を取り除くために共闘するのはともかく、ユキを蓮蛇に譲る理由がない。
シオンの提案には、蓮蛇側に利点があっても土胡坐側にはない。よほどのマヌケでもない限り、容易に飛びつくのは下策だ。警戒する二人に対し、シオンは首を傾げる。
「私は上に命令されたことをこなしているだけさ。政治的判断についてはよくわからないねぇ。だが、私の想像でいいなら語ろうか」
三名とも特に異論はないことを確認してから、シオンは話し出す。
「まずは土胡坐側の立場に立ってみようか。ユキという存在が大きすぎて勘違いしてしまいがちだが、土胡坐は他の二国と立場が違い、最優先事項はユキではない」
「というと?」
「停戦条約問題じゃな」
答えたのはサクラだった。政治方面に薄そうに見えるが、仮にも一部隊を率いる隊長であり、組織内でもそれなりの地位にいる。情報通とまではいかなくとも、各勢力が抱える政治的要点くらいは知識として持っていた。
「去年あたりから、土胡坐の軍部が戦争に対してやたらと消極的になっておる。理由はわからぬが、周辺国に対して停戦条約を持ち掛けまくっているのじゃ。蓮蛇 は九頭竜との戦に集中したかったから、早々に応じたな」
確認を取るようにサクラが視線を向けると、シオンはそれに応じて頷く。
「まぁ、そんなところさね。今でも土胡坐が戦争を避けている傾向があることには変わりない。付け加えるとすれば、蓮蛇側が出した停戦条約の条件が、当時土胡坐が管理していたユキの引き渡しだったことくらいだろう」
思わぬところで思わぬ名前が出たことで、スズランたちは目を丸くする。両国間でそのような取引があったことは機密で、ごく一部の者しか知らない情報だったのだ。
「……ユキは土胡坐にいたのか」
「元々は九頭竜の実験施設での生まれで、その後土胡坐・蓮蛇と転々とし、今回九頭竜の特殊部隊によって再び誘拐されたということは知っておる。だが、まさか停戦条約のために鬼神を宿したユキを受け渡すとは……」
鬼神を手中に収めることと、停戦条約を結ぶことでは重みが違う。
土胡坐の国内でどのような事態になっているかはわからないが、戦争を中断しなければいけない理由が何かあるのかもしれない。
「戦争に対して消極的になった理由はわからないが、元々停戦条約の代償として引き渡した鬼だ。再回収できればそれに越したことはないが、できなかったとしても元の鞘に収まるだけで支障はない。むしろ、ここで蓮蛇に味方して、停戦条約の継続を申し入れた方が土胡坐にとっては無難な選択なんだよ」
「ふむ、疑問はあれど、筋は通っておるな。蓮蛇としても、その条件を提示されれば断ることはないだろう。無事ユキを取り戻すことができれば、サクラさまも口添えしてやろう」
まだ腑に落ちない顔だが、サクラは一応の納得をしたようだ。
どのみち、九頭竜内部の情報に詳しいシオンの協力なしに、ユキを奪還することは不可能だ。土胡坐の思惑に疑問が残っていたとしても、サクラは提案に乗るしかない。
「納得してもらえたのならなによりさね。猿でもわかるように丁寧に説明してあげたんだから、猿並み知能のバカ弟子にも理解できただろう?」
「懇切丁寧な猿語でクソ師匠にお尋ねするけど、そもそもどうやってユキを救い出すつもりだ?あのタマフネって奴は半端じゃない強さですよ?」
シオンは頷いて、机の上に地図を広げてある一点を指差す。
「夜明けと同時に霧見港に向けて、ユキを乗せた飛行船が出る。おまえたちは船内に忍びこみ、頃合いを見てユキを回収しろ。その後、落下傘で降下してこの地点に向かいな。私が天馬を用意して待機しておくから、あとは一目散に蓮蛇領に逃げ込め」
単純だが、短い準備期間で用意できる中では良策だろう。誰も異論を唱えなかったが、未だに胸の内に不吉な焦燥を感じるスズランが再度確認する。
「なぁ、師匠。本当に土胡坐は、ユキを蓮蛇に渡すつもりなのかよ?確かに、サクラがいるぶん、ユキに非道な人体実験が施される確率は減るが、それでも鬼神に関する実験は進むわけだし、土胡坐にとっちゃ十分脅威だと思うんだが?」
問われたシオンの耳に、アオに命令された言葉がリフレインする。
『影よ。九頭竜の領地の奥地に連れていかれる前に、ユキを殺すのだ』
だが、シオンはそんなことをおくびにも出さず、さもそれが当然のような顔で答えた。
「さぁねぇ。私は命令された仕事をこなすだけだ。その真意については知らないよ」
少々予想外の言葉に、スズランは返事に窮す。
ちらとサクラの方に目を向けてみるが、こちらも驚いたような顔になっている。彼女も初耳であったようだ。
「ほほぉ。命を救ってもらった上に匿ってもらえて、その上でナナフシと互角に渡り合える強者を助っ人に貸してくれるのは非常に助かるのじゃが……おぬしは土胡坐の間者であろう?なにゆえ、土胡坐はユキを自分の手元に置かぬのだ?」
スズランが抱いた疑問も同じだ。シオンが土胡坐側の人間であり、すべての事情を察しているのなら、当然ユキの確保を命令されているはずだ。タマフネという脅威を取り除くために共闘するのはともかく、ユキを蓮蛇に譲る理由がない。
シオンの提案には、蓮蛇側に利点があっても土胡坐側にはない。よほどのマヌケでもない限り、容易に飛びつくのは下策だ。警戒する二人に対し、シオンは首を傾げる。
「私は上に命令されたことをこなしているだけさ。政治的判断についてはよくわからないねぇ。だが、私の想像でいいなら語ろうか」
三名とも特に異論はないことを確認してから、シオンは話し出す。
「まずは土胡坐側の立場に立ってみようか。ユキという存在が大きすぎて勘違いしてしまいがちだが、土胡坐は他の二国と立場が違い、最優先事項はユキではない」
「というと?」
「停戦条約問題じゃな」
答えたのはサクラだった。政治方面に薄そうに見えるが、仮にも一部隊を率いる隊長であり、組織内でもそれなりの地位にいる。情報通とまではいかなくとも、各勢力が抱える政治的要点くらいは知識として持っていた。
「去年あたりから、土胡坐の軍部が戦争に対してやたらと消極的になっておる。理由はわからぬが、周辺国に対して停戦条約を持ち掛けまくっているのじゃ。
確認を取るようにサクラが視線を向けると、シオンはそれに応じて頷く。
「まぁ、そんなところさね。今でも土胡坐が戦争を避けている傾向があることには変わりない。付け加えるとすれば、蓮蛇側が出した停戦条約の条件が、当時土胡坐が管理していたユキの引き渡しだったことくらいだろう」
思わぬところで思わぬ名前が出たことで、スズランたちは目を丸くする。両国間でそのような取引があったことは機密で、ごく一部の者しか知らない情報だったのだ。
「……ユキは土胡坐にいたのか」
「元々は九頭竜の実験施設での生まれで、その後土胡坐・蓮蛇と転々とし、今回九頭竜の特殊部隊によって再び誘拐されたということは知っておる。だが、まさか停戦条約のために鬼神を宿したユキを受け渡すとは……」
鬼神を手中に収めることと、停戦条約を結ぶことでは重みが違う。
土胡坐の国内でどのような事態になっているかはわからないが、戦争を中断しなければいけない理由が何かあるのかもしれない。
「戦争に対して消極的になった理由はわからないが、元々停戦条約の代償として引き渡した鬼だ。再回収できればそれに越したことはないが、できなかったとしても元の鞘に収まるだけで支障はない。むしろ、ここで蓮蛇に味方して、停戦条約の継続を申し入れた方が土胡坐にとっては無難な選択なんだよ」
「ふむ、疑問はあれど、筋は通っておるな。蓮蛇としても、その条件を提示されれば断ることはないだろう。無事ユキを取り戻すことができれば、サクラさまも口添えしてやろう」
まだ腑に落ちない顔だが、サクラは一応の納得をしたようだ。
どのみち、九頭竜内部の情報に詳しいシオンの協力なしに、ユキを奪還することは不可能だ。土胡坐の思惑に疑問が残っていたとしても、サクラは提案に乗るしかない。
「納得してもらえたのならなによりさね。猿でもわかるように丁寧に説明してあげたんだから、猿並み知能のバカ弟子にも理解できただろう?」
「懇切丁寧な猿語でクソ師匠にお尋ねするけど、そもそもどうやってユキを救い出すつもりだ?あのタマフネって奴は半端じゃない強さですよ?」
シオンは頷いて、机の上に地図を広げてある一点を指差す。
「夜明けと同時に霧見港に向けて、ユキを乗せた飛行船が出る。おまえたちは船内に忍びこみ、頃合いを見てユキを回収しろ。その後、落下傘で降下してこの地点に向かいな。私が天馬を用意して待機しておくから、あとは一目散に蓮蛇領に逃げ込め」
単純だが、短い準備期間で用意できる中では良策だろう。誰も異論を唱えなかったが、未だに胸の内に不吉な焦燥を感じるスズランが再度確認する。
「なぁ、師匠。本当に土胡坐は、ユキを蓮蛇に渡すつもりなのかよ?確かに、サクラがいるぶん、ユキに非道な人体実験が施される確率は減るが、それでも鬼神に関する実験は進むわけだし、土胡坐にとっちゃ十分脅威だと思うんだが?」
問われたシオンの耳に、アオに命令された言葉がリフレインする。
『影よ。九頭竜の領地の奥地に連れていかれる前に、ユキを殺すのだ』
だが、シオンはそんなことをおくびにも出さず、さもそれが当然のような顔で答えた。
「さぁねぇ。私は命令された仕事をこなすだけだ。その真意については知らないよ」