第4話 冒険者ギルド

文字数 3,944文字

       ※



 城下町の中でもひときわ大きく目立つ建造物の扉を開く。
 すると喧騒に塗れたような荒っぽい声が響いてきた。

「もっと稼げる依頼はねえのか!」

「ゴブリン討伐なんて俺に相応しくないだろ?」

「あ、あの……初心者でもできるような、簡単なものがいいんですけど……」

 冒険者ギルドには日々、新人からベテランまで多くの冒険者が集まっている。
 一般人から国政に関わるものまで、この場所には多くの依頼が届く。
 冒険者たちのレベルに合わせて仕事を斡旋するのが、ギルドとその職員の役割なのだ。
「へぇ……ここが冒険者ギルド。
 なんだか血の気の多い連中が多いのね」

「冒険者なんて基本的には粗野な人間ばかりなのよ。
 ラスみたいな完璧素敵な人が例外なのだわ」 

 俺に窘められて休戦中のフィリアとルインが会話をしている。

「確かにその通りね。
 ラスほどの男は全次元を探しても存在していないと思うわ」

「ええ、それは当然のことなのだわ」

 さっきまで喧嘩していないとは思えないくらい気が合っているのか、どちらもうんうんと頷いている。
 そんな二人の様子を見つめていると、

「おい! てめぇ、その依頼は俺が先に受けるはずだったんだよ!」

「ああん? 勝手なこと言ってんじゃねえよ」

 依頼を取り合って冒険者が殴り合いを始めた。
 こういった小競り合いはこの場では見慣れた光景だ。

「皆さん、困ります!
 ギルド内で暴れないでください!」

 ギルド職員の女性が言い争いを止めようとする声が聞こえた。
 俺は視線を向けると……。

(……お)

 見知った顔――というか、いつも世話になっている職員――ミーネアだった。
 数年前に比べれば随分と毅然とした態度で対応できるようになってはいるが、荒くれ者たちを相手にこの通り苦労は絶えないだろう。

「うるせぇんだよ!! 下っ端職員は黙ってやがれ!!」

「きゃっ……」

「おっと」

 冒険者が振り払った腕がミーネアに当たる直前、俺は右手で男の腕を受け止めた。

「あぁん!? オレ様の腕を掴んだのは誰……――っ!? ……あふん」

 腕を払った男は目を引ん剥くと、なぜか気絶してしまった。
 さらに言い争いをしていたもう一人の男も、そのままバタンと床に倒れる。 
 これは、フィリアとルインの仕業だろう。

「ラスに敵意を向けていたから邪神の魅了を掛けて意識を奪ったの。
 手加減したから明日には目を覚ますと思うわ」

「わたしは眠り魔法のスリープを掛けたのだわ。
 フィリアと同じく、ラスに拳を振るなんて許されないもの」

 俺が問う前に二人がそう口にした。
 大事には至っていないし、これに関してはギルド職員に迷惑を掛けていた男たちの自業自得だろう。

「か、勝手なことして怒ってる?」

「だ、だとしたら謝るのだわ」

「いや……俺を守る為にしてくれたんだろ?
 それにちゃんと手加減もしたみたいだしな。
 ありがとう、二人とも」

 言って俺は二人の頭を撫でた。
 するとフィリアもルインも幸せそうに頬をゆるめた。

「……ら、ラスさん?」

「よう。
 怪我はないか、ミーネア」

「は、はい……ぁ」

 俺の顔を見て安心したのか、ミーネアは身体の力が抜けてしまったみたいにぐらっとよろける。
 そんな彼女を、俺は左腕で抱きとめる

「ぁ――ご、ごめんなさい」

「いいさ。
 ……悪いのはお前じゃなくて、そいつらなんだしな」

 彼女身体は女性らしく柔らかく軽い。
 こんなにも華奢では、荒くれ者を相手にするのも一苦労だろう。

「また面倒な冒険者が出たら、俺の名前を出していいからな。
 それに、もしミーネアたちギルドの職員に何かあれば直ぐに駆けつける」

「ラスさん……」

 ぽっとミーネアの頬が上気した。
 瞳をうるっとさせて……抱きとめている彼女の口から、少し熱い吐息が胸にかかる。

「ちょっとあんた……いつもまでラスに抱き着いているのよ?」

「そうなのだわ。
 サービスはもう十分ではないかしら?」

「それともまさか……ラスに抱かれたいなんて思ってるんじゃないでしょうね?」

「えっ!?」

 ビクッと身体を震わせて、ミーネアは慌てて俺から離れる。

「そ、そそそそそそんなこと思ってません!」

「うわぁ……呆らかに図星突かれました~って感じの動揺ね。
 ルインもそう思わない?」

「全くなのだわ。
 ラス様に胸部の脂肪を思い切りぶつけていたし、誘惑する気満々だったのだわ」

「ゆ、誘惑なんてしてませんから!」

 羞恥心から顔を真っ赤にするミーネア。
 公衆の面前でそんなことを言われたら当然だろう。

「なら、ラスから抱いてやるって言われても断る?」

「そ、それは……」

 ミーネアの全身が赤く染まっていく。
 そしてぼんっ! と頭から煙が上がった。
 知恵熱でも出したのだろうか?

「ほら、否定できないじゃない」

「黒なのだわ」

「ややややややめてください!
 と、というかあなたたちは誰なんですか!
 いいいきなり失礼ですよ!
 ここここの話はもう終わりです!!」

 あうあうおろおろと慌てふためくミーネアに苦笑を向けながら、俺は彼女に確認したいことを口にした。

「ミーネア、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「は、はい。
 なんでしょうか?」

 俺はミーネアに強力な呪いを解呪可能なアイテム、もしくは人材の情報がないか尋ねてみた。
 勿論、俺が呪いに掛かってしあったということは秘密にしつつだ。
 しかし……。

「ラスさんが解呪できないほどの力なのだとしたら……恐らく私たちの持っている情報ではお役に立てないかと思います……」

「そうか……」

「お役に立てず申し訳ありません。
 ですが……一つ、呪いの解呪に役立つかはわかりませんが……」

 言いながらルインは俺に耳打ちした。

「大賢者様が万能薬(エリクサー)を超える秘薬を生み出す為に、近日多くの冒険者に依頼を出すということでして……もしかしたら、それなら可能性があるのではないでしょうか?」

「……そんな話があるのか」

「はい。
 ただ、近日……ということだったのですが……」

 周囲を窺いながらミーネアはさらに小声で、

「……実は大賢者様がその秘薬に使うアイテムを探しに出てから、行方不明らしくて……SSSランク以上の冒険者のみに捜索依頼が出ているんです」

「行方不明?」

 大賢者はかなりの実力者だ。
 少なくとも彼女を殺せるようなモンスターはいないだろう。
 邪神や魔王を単独で相手にしても確実に生き伸びるだけの力を持っている。
 だとすると拘束されているか、アイテムの収拾に夢中になっているかのどちらかで、恐らく後者だろう。

「……わかった
 その捜索依頼、俺が受けてもいいか?」

「はい!
 SSSランク以上の冒険者なんて中々いないので、こちらも人員が確保できなくて困っていたんです。
 本当に大助かりです!」

 そして俺はミーネアから依頼の詳細を確認した。

「ありがとう、ミーネア」

「いいえ。
 もしまた何かありましたら、ギルドにいらっしゃってください」

「ああ、直ぐに依頼を達成してくるよ。
 そうしたら一緒に夕食でも行こう」

「え!? ほ、本当ですか!?」

「ああ、いつもの店に行くと思うから、みんなで食事をしよう。
 情報提供のお礼に奢らせてくれ」

「ぁ……は、はい。
 ありがとうございます……(やっぱり二人きり……ってわけにはいかないよね)」

 何かボソッと聞こえた気がしたが、ミーネアは直ぐに営業スマイルに戻っていた。

「ラス……どう? 話は終わった?」

「ああ、また別の場所に移動するぞ」

「わたしも一緒に行ってもいいかしら?
 きっとお役に立つのだわ!」

「……そうだな」

 逡巡する。
 ルインも戦闘能力は申し分ない。
 が……万一、万一――あの呪いが発動してしまったら……フィリアだけでなく、ルインまで俺のせいで大変な目に合わせてしまうのではないだろうか?

「……すまないが、ルインには情報収集を頼んでもいいか?」

「え……わ、わたしは一緒に行っちゃダメなのかしら?」

「頼む。
 ルインにしか頼めないことなんだ」

 俺は彼女を真剣に見つめた。
 最初は悲しそうな顔をしていたルインだったが、次第に俺の想いが伝わったのだろう。
「……ラス様がそうおっしゃるなら」

「助かる。
 それで頼みなんだが……」

 そして、強力な呪いの解呪について、なるべく多くの情報を仕入れてほしいという願いを伝えた。
 これは大賢者が作る秘薬が万一、呪いに効果がなかった時の為の保険だ。

「わかったのだわ。
 ふぃ、フィリア! わ、わたしがいないからって、ラス様に変なことをするんじゃないわよ!」

 フィリアからの返事はない。
 ただ、彼女はニヤッと明らかにルインを挑発するような笑みを浮かべていた。

「うわ~ん! 不安なのだわ……ラス様、フィリアに襲われないようにお気を付けて!」

 寧ろ、俺が襲ってしまわないように気を付けなければならない。
 そんなこと口に出して言えるわけがないのだけど……こうしている間も、呪いの再発動の時間が迫っているかもしれない。
 まだ余力があるうちに迅速に行動しなければ――ということで、俺とフィリアは依頼の詳細にあった城下町の北にあるダンジョンの一つへと向かった。
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