第8話 再び城下町へ

文字数 2,613文字

「邪神の呪いで発情って……バカなの?」

 レナァの淡々とした声音の中には、明らかな呆れが含まれていた。
 俺自身、そんな話を聞いたら『なに言ってんだ、こいつ?』となるのは間違いない。

「信じ難い話だと思うが事実だ」

「……それで童貞を奪われたと?」

「……」

 思わず口を閉ざしてしまう。
 俺の周囲の女性たち『童貞』という言葉を当たり前のように使うが、もう少し恥じらいを持ってほしい。

「はぁ……。
 でも、それが本当なんだとしたら、一応は納得できたよ。
 女性に興味がないんじゃないか? と、思っていたラスが、邪神とはいえ女とベタベタとイチャついていた理由がね」

「……」

 淡々と拗ねたような物言いをするレナァに対して、俺は再び言葉を失う。
 ベタベタ……してなかったとは言えないだろう。
 なぜなら、

「あ、レナァってば、あたしがお姫様抱っこしてもらってたのが羨ましいんでしょ?」

 ポンと手を打ち、フィリアが言った。

「べ、別に羨ましくなんてない!」

 強い語調でレナァが否定した。
 羨ましがっているわけではないと思うが、レナァにバッチリ見られてしまったからな。 でも……そのくらいならまだいい。
 ダンジョンの中でした『あれ』を見られていたら、変態扱いされていただろう。

「じゃあ、もしラスがお姫様抱っこしてくれるって言っても、してもらわないのね?」

「っ……そ、それは……」

「それは?」

「し、して……もらう」

 頬を染めるレナァを見て、フィリアはにへ~っと笑う。

「あなた、素直じゃないところが可愛いわ」

「じゃ、邪神にそんなこと言われても嬉しくない」

 頬を赤く染めるレナァ。
 フィリアのせいで、彼女はペースを狂わされっぱなしのようだが、意外と相性は悪くないかもしれない。
 レナァは興味のない相手とは会話にならないことのほうが多い。
 これだけ会話が盛り上がる?のだから、少なくともフィリアには興味を持っているのだろう。
 邪神ということもあって、警戒しているだけかもしれないけれど。

「安心しろ、レナァ。
 フィリアは邪神だが、お前に危害は加えない」

「……信用できないよ」

「そこは信用してくれていいわ。
 だって、あなたラスの妹ぶんなんでしょ?
 もしあなたを傷付けたら、きっとラスが悲しむもの」

 当然のようにフィリアは言った。
 対してレナァは、邪神の気持ちを覗くように彼女の瞳を見つめる。
 だがフィリアの瞳は揺らぐことはない。
 彼女の想いには偽りなど一切ないのだから。

「本当に……変な邪神だな、キミは」

「そうかしら?
 種族が違うだけで、あたしもあなたも一緒よ」

 そしてレナァの耳元で、

「ラスに恋してる、女の子だものね」

 何かを呟いた。

「ふぃ、フィリアはなんでも正直に口にしすぎ」

「ふふっ」

 一体、何を言われたのかはわからないが……二人が仲良くやれそうで俺は安心していた。

「もう事情はわかったから、早く手を動かす!
 とりあえず、町に戻ったら呪いを解呪できない色々と調べてみよう」

「頼む」

 そして俺たちは魔力石を集めていった。



         ※



「こんなところだね」

 十分な量の素材を集め終わったのか、レナァが言った。
 ちなみに集めた魔力石は、全てアイテムボックスのスキルを使って収納している。
 無限収納が可能なので、大量に素材を集めたい時には非常に重宝する力だ。

「じゃあ城下町に戻るの?」

「そうだね。
 ラス……転移を使ってくれるかい?」

「それはいいが……こいつ、どうする?」

 未だに倒れている一本角の邪神を見て、俺は皆に意見を募る。

「放置でいいんじゃない?」

「……起きたあとにまた暴れられたら面倒だよ」

 一生解けない拘束をしてここに放置……というのは流石に酷いか。

「なら、邪神界に次元強制送還でいいんじゃない?」

「……そうだな。 それが一番無難か」

 次元強制送還というのは、許可なく他次元からやってきた者を、強制的に本来いるはずの世界に送り返すことを言う。
 強制送還所という施設があるのだが、そこに行くまでに必要な手続きもあるので、衛兵に引き渡すのが確実だろう。

「なら連れて行くか」

「そうしてほしい。
 ……一応、なんでワタシを襲ったのかも確認しておきたいからね」

「突然、襲われたの?」

「そう。
 しかも危害を加えるわけじゃなく、ただ拘束されただけなんだ。
 それからワタシを放置して、こいつは魔力石を集め始めたんだ」

「魔力石を?」

 何に使うつもりだったのだろうか?

「行方不明扱いされていたが、拘束されてからどれくらい経過したんだ?」

「いや……拘束されたのは数時間前くらいだよ。
 単独で地下10階まで来たからね、探索に少し時間がかかってしまったよ」

 レナァは慎重に探索を進めるタイプではあるが、彼女が信頼できる冒険者は少ない。
 その為、単独行動をすることも少なくはなかった。

「俺が戻るまで待っていれば良かったのに」

「……いつ戻るかわからなかったから。
 秘薬を生み出したいという賢者としての欲求も抑えられなかったんだよ」

 大賢者レナァ――この世界で彼女だけが所有するユニークスキル『知恵の泉』。
 それは、この世界にまだ存在しない道具を生み出す為の創造力をもたらす力だ。
 この世界では彼女が生み出したアイテムは一般の人々にも広まり、既に生活に欠かせないとされる物すらも存在する。
 発想が生まれた時点で、実行すれば成功は間違いない――と、レナァは言っていた。

「もしかしたら、ラスの呪いを解呪する為に秘薬が必要になるから、創造が生まれたのかもね」

 冗談のつもりだと思うが、だとしたら都合も良すぎるがありがたい話だ。

「……それじゃあ、二人とも俺に掴まってくれ。
 転移を使うぞ」

「ラス、お姫様抱っこは?」

「なしだ。
 俺はこいつも連れてかなくちゃいけないからな」

「むぅ……また、してよね?」

「……き、機会があったらな」

 膨れるフィリアに、なんとかその言葉を返して……邪神と大賢者が俺に掴まったのを確認して俺は転移を使い城下町に戻るのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み