第12話 アーヴィーの目的

文字数 4,065文字

「で、では、まずは……」

 冒険者たちが、『ラス・アーガイルに、うぇ~い!』と乾杯の音を響かせる。
 そのせいか、アーヴィーは言葉を止めた。
 視線を向けると、麦酒(エール)の泡が飛び散らせている荒くれ者たちの姿が見えた。 このままあいつらは、俺たちのことなど気にせず勝手に楽しみ続けるだろう。

「まずは、人間界に来た目的から話をさせて――」

「人間界を支配しにきたんでしょ」

 口を挟んだのはフィリアだ。
 邪神の目的なんてそれしかない。と、言い切るみたいな態度だった。 
 しかし、邪神界や魔界の連中が人間界に喧嘩を吹っかけてくるのは良くあることだ。
 彼らは闘争本能が人間よりも強いのだろう。
 事実、あっちの世界に人間がいると必ず襲われるくらいだ。
 基本的に対話することで和解をするということはなく、邪神や魔人たちは力による支配で世界が成り立っているらしい。

「!? そ、それだけではありません!」

「つまり、それも目的の一つだったということだよね?」

 続いてレナァが鋭い突っ込みを入れる。
 人間界の住民である彼女にとっては聞き逃せない点のようだ。

「ラス様、こいつ魔法で消し飛ばしちゃってもいいかしら?」

 ルインが持っている木製の杖をアーヴィーに向けた。
 ちなみにこの杖は俺が彼女に渡したものだ。
 たまたまダンジョンで出会って、成り行きで二人で攻略を進めている時に手に入れて、そのままルインに渡したものだ。
 俺が持っていても使わないから……という理由で渡しただけなのだが、あの時、ルインはとても喜んでくれたみたいで、今でも大切に使ってくれている。

「とりあえず、もう少し話を聞いてからでもいいんじゃないか?」

「ラス様がそう言うなら、わかったのだわ」

 俺が言うと、ルインはすんなりと杖を下ろした。
 ほっ……と、安堵感から表情を和らげる一本角の邪神。
 だが、俺たちがじ~っと見ているのに気付いて直ぐに表情を引き締めた。

「じゃ、邪神の本能として人間界の支配を求めてしまっている部分がないと言えば嘘になります! で、ですが、今回に関しては本当に別の目的があったんです!」

 早口でまくし立てるように話すアーヴィー。
 そんなに焦られなくてもいいのに……と思うが、この一本角からすれば敵に囲まれているようなものなので、必死になるのは当然か。

「邪神が人間界に来る目的……武者修行とか?」

「いや、もしかして人攫(ひとさら)いとかじゃないかい?」

「なるほどだわ。
 だからレナァは拘束されるだけで、無事だったわけね」

 ギクギクギク――と、アーヴィーは表情を震わせる。
 どうやらこれも当たりらしい。

「……そ、そこに関しては皆様のおっしゃる通りです」

「弁解はしないと?」

 潔い邪神の態度に、俺は少しばかり違和感を覚えた。

「……攫うつもりだったのは事実です」

「何か目的があったのか?」

「はい。
 人間界にいる大賢者レナァの持つユニークスキル【知恵の泉】。
 その力を借り受けたく……」

 アーヴィーは本当のことを言っているようだ。
 真剣な眼差しから嘘を言っているようには見えない。

「レナァの力を借りる為に、攫おうとしたのか?
 つまりダンジョンにいたのも偶然ではないと?」

「……はい」

 皇帝するアーヴィー。

「ま、偶然にしては出来過ぎているよね」

「でもアーヴィー、あなたはレナァに何をさせたかったのよ?
 その知恵の泉?……って、力は何ができるの?」

 言ったのはフィリアだ。
 人間界に来てレナァと出会ったばかりのフィリアは、ユニークスキル【知恵の泉】の力を知らないだろう。

「簡単に言ってしまえば、道具創造(アイテムクリエイト)なのだわ。
 しかもこの世界にまだ存在していない特別なアイテムを生成することができるの」

「へぇ……。
 じゃあアーヴィーは、レナァに作ってほしい物があるんだ」

 フィリアは【知恵の泉】については、あまり興味なさそうだった。
 だが彼女の言う通り、一本角の邪神は大賢者を攫い何か作らせようとしていたと考えて間違いないだろう。

「ワタシに何をさせたかったんだい?」

「……お願いします!
 あなたが作ろうとしている秘薬を御譲りいただけないでしょうか?」

 椅子から下り、アーヴィーは拘束状態のまま頭を地面に擦り付ける。
 この邪神が初めて必死の懇願を見せた。
 が……一体、秘薬を何に使うのだろうか?
 アーヴィーの住む世界では、何らかのトラブルが起こっているのか?
 そして同時に疑問が生まれる。
 なぜこの邪神は――。

「ちょっと待って。
 まずは顔を上げてほしい。
 どうしてワタシが、秘薬を生成しようとしていることを知っているんだい?
 限られた者しか知らない情報のはずだけど?」

 俺と同じ疑問を持ったのか、レナァが質問する。
 どこかから、情報が漏れていたということだろうか?

「オレの住む次元の邪神界にはユニークスキル【預言者】を持つ者がいるんです。
 その邪神は、【知恵の泉】を持つ大賢者レナァが、どんな病すらも治す秘薬を生成するという予言を下したのです」

 顔を上げて邪神は答えた。

「……つまり、ワタシの生成する秘薬を使わなければ助けられない【誰か】がいる。
 そういうことかい?」

 レナァの言葉にアーヴィーは頷いた。

「妹が病魔に侵されています。
 万能薬(エリクサー)すらも効果がなく……どうか! どうか!
 妹を助ける為に――お力を貸していただけないでしょうか!!」

 そして再び、アーヴィーは頭を地面に擦り付ける。
 恥も外聞もなく必死になって助けたいと思えるほど、この男は【妹】を救いたいのだろう。
 大切な【誰か】を守りたいという気持ちは当然、俺にだってわかる。
 俺はもう……家族を失ってしまっているけれど――だからこそ、

「……レナァ、協力してやってくれないか?」

「ラス……」

「秘薬を作るのがどれだけ大変なのか俺にはわからない。
 だけど……お前の作る秘薬で救える命があるなら……」

 俺もレナァに頭を下げた。
 この世の命全てを救えるなんて……そんな幻想を持っているわけじゃない。
 でも……助けてほしいと頼られたのなら、それで救える命があるのなら――俺は、手の届く範囲で、みんなを救ってやりたい。

「ラス……今回作ろうとしている秘薬は量産できるものじゃない。
 一度使ってしまえば、また作るのに時間がかかるよ?
 素材を集めるのがとにかく大変な物ばかりだし……それに、秘薬を使えばキミの呪いを解くことだってできるかもしれないだよ?」

「まぁ……元々、呪いの解呪の為に秘薬を貰おうと思ってたんだけどな……」

 俺はアーヴィーに目を向けた。

「でも、いいや。
 こいつに上げてくれ」

「……そういうと思ったよ。
 本当にお人好しなんだから……でも、そういうところがワタシは……」

 途中まで何かを口にして、レナァは口を閉ざした。

「良かったな、アーヴィー。
 レナァが秘薬を用意してくれるってよ」

 俺が伝えると、一本角の邪神は顔を上げた。
 だが放心したように呆然として俺の顔を見つめている。
 その瞳に涙が浮かび上がった。

「……ラス様、オレはあなたに無礼を働いたというのに……」

「無礼……? ああ、襲って来たことか?
 もういいよ、済んだ話だし怪我人もいなかったわけだからな。
 でも、もう人を襲ったりするなよ」

「ラス様……オレはこの御恩は一生忘れません。
 ありがとうございます、ありがとうございます!」

 涙を流しながらアーヴィーは感謝を続ける。

「感謝なら俺にじゃなくて、レナァにしろよ。
 秘薬を作ってくれるのはこいつなんだから」

「レナァ様もこの御恩は生涯を掛けてでもお返しいたします」

「そこまでしなくていい……男に付き纏われるのは、好きじゃないし……。
 それで、いつまでにあればキミの妹さんを助けられるんだい?」

「……1ヵ月……遅くても、その前後には」

「なら問題ないよ。
 引き籠って作業すれば2週間もあれば作れると思う」

「そんなに早く!? 大賢者様、感謝を!」

 大賢者に冷たくあしらわれても、アーヴィーは感謝を続けた。 

「――ラス~~~!」

「ラス様~~~~~~!」

 両側から挟まれるように、フィリアとルインが俺に飛びついて来る。

「な、なんだ急に?」

「やっぱりラスは英雄ね! 種族なんて関係なく人助けしちゃうなんて、流石はあたしのご主人様!」

「もっと自分を大切にしてほしいと思う反面……それでも、やっぱりラス様はカッコいいのだわ!」

 二人ともなぜか瞳を潤ませながら、俺から離れようとしない。
 それどころか強く強く俺を抱きしめてくる。
 女性特有の甘い香りに思考がふわっとしてしまう。
 それだけじゃない。
 世界中の美を集めても叶わぬほどの容姿を持つフィリアと、小柄ながら絶世の美少女と形容しても違和感のないルイン。
 そんな美少女たち熱い吐息が俺の首に掛かる度に……正直、良からぬ気持が芽生えてしまう。

「と、とりあえず今は離れてくれ!
 ほ、ほら――アーヴィー! お前もそんなところにいないで、飲め!」

 抱き着いてくる二人を優しく引き剥がして、邪神の拘束を解き席に促す。

「マスター、酒を追加で!」

「はいよ!」

 なんとかこの場を逃れようと酒を煽る。
 フィリアやルイン、俺にすすめられてアーヴィーも、今はこの場を楽しむように酒を飲み続け……レナァはそんな俺たちを見ながら仕方ないなぁ……と、見守るみたいな顔で苦笑しているのだった。
 そして皆が飲み潰れたところで、本日の飲み会は終わりを迎えた。
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