第17話 解呪神の森
文字数 3,265文字
※
天界は人間界のように太陽が世界を照らしているわけではない。
天上の光輝――などと喩えられるこのオーロラのような輝きが、世界を眩く染め上げている。
これは創造神が生み出した至高の創作物とされており、見る者全てを魅了するほどに美しいものだった。
「うぅ……この聖なる光……あぁ、浄化されそうな空気も……邪神のあたしには響くわ……。身体がズンズンする感じ」
「それ、どんな感じなのかしら……?」
それは邪神にしかわからない感覚だろう。
勿論、邪神を信奉する人間界の住民であれば、フィリアと同様の感覚に襲われるのかもしれないが……。
「動けはするんだろ?」
「それはもちろん。
戦闘だってバッチリこなせるわ!」
「あ、争いになるようなことは避けてくれよ」
「ラスがそう言うなら従うけど……向こうから喧嘩を仕掛けてきたら反撃はするわよ?」
「防衛ならよし」
仕掛けてきた相手が自業自得だろう。
撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけなのだから。
俺たちは歩き出す。
目指すは解呪神の城だ。
神々はそれぞれ住処を持っている。
上位の神になると臣下も多く領地も広い。
それを権力の証とするのはどの世界の住民も変わらない。
神々の中では創造神という絶対者を除けば……派閥争いのようなものがあるのだ。
邪神のように表立って争ったりがないので、神界の治安は悪くはないが……遊び好きな神様もいたりと、絡まれる――もとい好かれると面倒なことは多い。
「ルイン……解呪神の城はどこにあるんだ?」
辺りに城が見当たらない。
というか周囲には建物一つなかった。
あるのは視界の先に広がる大森林くらいなもので……。
「この中……らしいのだわ」
「って……あの森に入るわけ?」
「このどこかにいるらしいのよ」
ルインがエルフの長老から聞いた座標は、解呪神のいる森……であって、正確にこの中のどこにいるかまだはわからないらしい。
どれほど広い敷地なのか……。
もしかしたら、エルフの里に通じる迷いの森よりも、入り組んだ地形である可能性があるかもしれない。
「ねぇ、ラス。
この森……全部焼き払っちゃダメかしら?」
「……そんなことしたら、解呪神に怒られるだろ」
フィリアの意見に思わず逡巡してしまった。
実は少しだけ探索が楽になる……なんて考えてしまった。
が、自らの領地に攻撃を加えられれば、神たちは黙っていないだろう
最悪、その臣下たちともやり合わなければならない。
「じゃあ……地道に探すしかないわね」
「相手は神様だからな。
近付けば気配でわかるだろ」
「ラス様、わたしが魔力の反応を探っておくわ」
ルインの言葉に頷き、俺たちは大森林の中にいるはずの解呪神を捜索するのだった。
※
1時間後……。
「……ラスぅ……少し、休憩してもいいかしらぁ……」
歩き続けてくたくたになってしまったのか、ルインが膝を落とした。
今のところ全くと言っていいほど危険はない……が、
「ひ弱ねぇ……おんぶしてあげましょうか?」
「なんであんたがするのよ!
だったらラス様にしてほしいわ!」
「それはダメ。
ラスはあたしのご主人様だから」
「あんたのラス様じゃなくて、わたしのラス様だから!」
いがみ合う元気はあるようだが……しかし、ここは下手したらダンジョンよりも厄介だ。
木の枝や葉で視界が塞がれている上に、似たような景色が続く為、方向感覚が狂っていく。
それに……周囲にうっすらと魔力の反応が漂っている。
(……迷いの森……に近い感じか?)
だとしたら……この大森林には幻覚が掛けられている可能性がある。
この敷地が神様の住処であることを考えると……あまり派手なことはしたくないのだが……。
「お~い、解呪神様~! 出て来てくれないか?」
「ラス? 急にどうしたの?」
「……よ、呼びかけたところで……出てきてくれないと思うのだわ」
フィリアとルインが、それで出てきたら苦労しないのでは? と言う目を俺に向けた。
「もし出てきてくれないなら――周囲に満ちてる魔力を一旦、解除させてもらうけど、それでもいいか?」
「ああ……そういうこと」
呟くフィリア。
どうやら彼女も、俺がやろうとしていることに気付いたらしい。
「あ~解呪神を探すのも面倒になっちゃったし……もうあたり一帯を消し炭にしちゃおうかなぁ~どうしようかなぁ~」
わざとらしく、フィリアも大声をあげる。
「え? え? どいうことなんなのだわ?」
俺とフィリアの顔を順番に見るルインだが……少しして『はっ!?』とした顔を浮かべた。
どうやら魔女っ子も、俺たちが解呪神に『かまをかけようとしている』ことに気付いたようだ。
「なら……わたしも手伝うのだわ~。
久しぶりに全力の禁忌魔法でもぶっ放そうかしら?」
ニヤッと悪意ある笑みを浮かべるルイン。
散々、迷わされてイライラしているようだ。
ちなみに些細な突っ込みになるが、ルインは隣に立つ邪神に対して全力の禁忌魔法をぶっ放している為、別に久しぶりではない。
「じゃあルイン、早速やっちゃう?」
「やっちゃうのだわ~!」
とんでもなくノリノリな二人。
(……この邪神と魔女ならやり兼ねないな)
俺がそう思った瞬間だった――。
「ちょちょちょちょちょちょっと待って~~~~~~~~!」
バシュ!! と、飛び出すように木の陰から女の子が飛び出してきた。
葉っぱが飛び散り周囲に舞う。
「もしかして……キミが解呪神様?」
「そ、そうです~!
す、すっごく膨大な魔力を持った邪神が森に入ってきたら、あ、慌てて幻惑の魔法を掛けて、ず、ずっと隠れてたのに……うぅ……や、焼き払わないで……」
ビクビクと震えながら目を潤ませる解呪神。
本当に神様なのかというくらい気弱さそうだ。
「そんなことはしないよ。
今のキミに出てきてもらう為の冗談だからな」
「じょ、冗談!?」
「騙すような真似して悪かった。
ただ……歩いても歩いても人気(ひとけ)が全くなかったから、幻覚魔法でも掛けられてるんじゃないかと思ってな」
「じ、実は……エルフの長老から全次元最強の邪神すらも奴隷にする鬼畜冒険者がヘルネのところに来るって聞いて……だから、怖くて……」
真偽が入り混じる内容ではあるが、あの長老……好き勝手いいやがって……。
おそらく解呪神に思念を飛ばしたのだろう。
遊び好きのあのハイエルフなら、ちょっとした悪戯を仕掛けてくるかと思っていたが……また誤解を招くようなことを……。
「それは長老がキミをからかっただけだよ。
だから安心してくれ」
「ほ、本当ですか……?」
「約束だ。
俺は絶対にキミを悲しませたりしない」
「……」
俺の言葉に解呪神はじ~っと瞳を見つめてくる。
神々に隠し事はできない……などと過去の文献が残っているが、実はそんなことはない。
それは人間の魔力抵抗力が神々よりも低かったというだけのことだ。
「うむむむむむ……」
必死に解呪神が俺の心を覗き込もうとしているようだが、彼女の能力ではぶっちゃけ不可能だろう。
「信じてくれ。
絶対に俺はキミを裏切らない。
フィリアも、ルインも……絶対に彼女を嫌がることをしないと約束してくれ」
だから俺は嘘のない言葉を投げかけた。
誠意を示すことが、どんな相手に対しても信用を得ることに繋がると俺は信じているから。
「ラスの頼みなら」
「もちろんなのだわ!」
二人もしっかりと頷く。
そんな彼女たちの様子を見て、
「…………わかりました」
解呪神はようやく納得してくれたのだった。
天界は人間界のように太陽が世界を照らしているわけではない。
天上の光輝――などと喩えられるこのオーロラのような輝きが、世界を眩く染め上げている。
これは創造神が生み出した至高の創作物とされており、見る者全てを魅了するほどに美しいものだった。
「うぅ……この聖なる光……あぁ、浄化されそうな空気も……邪神のあたしには響くわ……。身体がズンズンする感じ」
「それ、どんな感じなのかしら……?」
それは邪神にしかわからない感覚だろう。
勿論、邪神を信奉する人間界の住民であれば、フィリアと同様の感覚に襲われるのかもしれないが……。
「動けはするんだろ?」
「それはもちろん。
戦闘だってバッチリこなせるわ!」
「あ、争いになるようなことは避けてくれよ」
「ラスがそう言うなら従うけど……向こうから喧嘩を仕掛けてきたら反撃はするわよ?」
「防衛ならよし」
仕掛けてきた相手が自業自得だろう。
撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけなのだから。
俺たちは歩き出す。
目指すは解呪神の城だ。
神々はそれぞれ住処を持っている。
上位の神になると臣下も多く領地も広い。
それを権力の証とするのはどの世界の住民も変わらない。
神々の中では創造神という絶対者を除けば……派閥争いのようなものがあるのだ。
邪神のように表立って争ったりがないので、神界の治安は悪くはないが……遊び好きな神様もいたりと、絡まれる――もとい好かれると面倒なことは多い。
「ルイン……解呪神の城はどこにあるんだ?」
辺りに城が見当たらない。
というか周囲には建物一つなかった。
あるのは視界の先に広がる大森林くらいなもので……。
「この中……らしいのだわ」
「って……あの森に入るわけ?」
「このどこかにいるらしいのよ」
ルインがエルフの長老から聞いた座標は、解呪神のいる森……であって、正確にこの中のどこにいるかまだはわからないらしい。
どれほど広い敷地なのか……。
もしかしたら、エルフの里に通じる迷いの森よりも、入り組んだ地形である可能性があるかもしれない。
「ねぇ、ラス。
この森……全部焼き払っちゃダメかしら?」
「……そんなことしたら、解呪神に怒られるだろ」
フィリアの意見に思わず逡巡してしまった。
実は少しだけ探索が楽になる……なんて考えてしまった。
が、自らの領地に攻撃を加えられれば、神たちは黙っていないだろう
最悪、その臣下たちともやり合わなければならない。
「じゃあ……地道に探すしかないわね」
「相手は神様だからな。
近付けば気配でわかるだろ」
「ラス様、わたしが魔力の反応を探っておくわ」
ルインの言葉に頷き、俺たちは大森林の中にいるはずの解呪神を捜索するのだった。
※
1時間後……。
「……ラスぅ……少し、休憩してもいいかしらぁ……」
歩き続けてくたくたになってしまったのか、ルインが膝を落とした。
今のところ全くと言っていいほど危険はない……が、
「ひ弱ねぇ……おんぶしてあげましょうか?」
「なんであんたがするのよ!
だったらラス様にしてほしいわ!」
「それはダメ。
ラスはあたしのご主人様だから」
「あんたのラス様じゃなくて、わたしのラス様だから!」
いがみ合う元気はあるようだが……しかし、ここは下手したらダンジョンよりも厄介だ。
木の枝や葉で視界が塞がれている上に、似たような景色が続く為、方向感覚が狂っていく。
それに……周囲にうっすらと魔力の反応が漂っている。
(……迷いの森……に近い感じか?)
だとしたら……この大森林には幻覚が掛けられている可能性がある。
この敷地が神様の住処であることを考えると……あまり派手なことはしたくないのだが……。
「お~い、解呪神様~! 出て来てくれないか?」
「ラス? 急にどうしたの?」
「……よ、呼びかけたところで……出てきてくれないと思うのだわ」
フィリアとルインが、それで出てきたら苦労しないのでは? と言う目を俺に向けた。
「もし出てきてくれないなら――周囲に満ちてる魔力を一旦、解除させてもらうけど、それでもいいか?」
「ああ……そういうこと」
呟くフィリア。
どうやら彼女も、俺がやろうとしていることに気付いたらしい。
「あ~解呪神を探すのも面倒になっちゃったし……もうあたり一帯を消し炭にしちゃおうかなぁ~どうしようかなぁ~」
わざとらしく、フィリアも大声をあげる。
「え? え? どいうことなんなのだわ?」
俺とフィリアの顔を順番に見るルインだが……少しして『はっ!?』とした顔を浮かべた。
どうやら魔女っ子も、俺たちが解呪神に『かまをかけようとしている』ことに気付いたようだ。
「なら……わたしも手伝うのだわ~。
久しぶりに全力の禁忌魔法でもぶっ放そうかしら?」
ニヤッと悪意ある笑みを浮かべるルイン。
散々、迷わされてイライラしているようだ。
ちなみに些細な突っ込みになるが、ルインは隣に立つ邪神に対して全力の禁忌魔法をぶっ放している為、別に久しぶりではない。
「じゃあルイン、早速やっちゃう?」
「やっちゃうのだわ~!」
とんでもなくノリノリな二人。
(……この邪神と魔女ならやり兼ねないな)
俺がそう思った瞬間だった――。
「ちょちょちょちょちょちょっと待って~~~~~~~~!」
バシュ!! と、飛び出すように木の陰から女の子が飛び出してきた。
葉っぱが飛び散り周囲に舞う。
「もしかして……キミが解呪神様?」
「そ、そうです~!
す、すっごく膨大な魔力を持った邪神が森に入ってきたら、あ、慌てて幻惑の魔法を掛けて、ず、ずっと隠れてたのに……うぅ……や、焼き払わないで……」
ビクビクと震えながら目を潤ませる解呪神。
本当に神様なのかというくらい気弱さそうだ。
「そんなことはしないよ。
今のキミに出てきてもらう為の冗談だからな」
「じょ、冗談!?」
「騙すような真似して悪かった。
ただ……歩いても歩いても人気(ひとけ)が全くなかったから、幻覚魔法でも掛けられてるんじゃないかと思ってな」
「じ、実は……エルフの長老から全次元最強の邪神すらも奴隷にする鬼畜冒険者がヘルネのところに来るって聞いて……だから、怖くて……」
真偽が入り混じる内容ではあるが、あの長老……好き勝手いいやがって……。
おそらく解呪神に思念を飛ばしたのだろう。
遊び好きのあのハイエルフなら、ちょっとした悪戯を仕掛けてくるかと思っていたが……また誤解を招くようなことを……。
「それは長老がキミをからかっただけだよ。
だから安心してくれ」
「ほ、本当ですか……?」
「約束だ。
俺は絶対にキミを悲しませたりしない」
「……」
俺の言葉に解呪神はじ~っと瞳を見つめてくる。
神々に隠し事はできない……などと過去の文献が残っているが、実はそんなことはない。
それは人間の魔力抵抗力が神々よりも低かったというだけのことだ。
「うむむむむむ……」
必死に解呪神が俺の心を覗き込もうとしているようだが、彼女の能力ではぶっちゃけ不可能だろう。
「信じてくれ。
絶対に俺はキミを裏切らない。
フィリアも、ルインも……絶対に彼女を嫌がることをしないと約束してくれ」
だから俺は嘘のない言葉を投げかけた。
誠意を示すことが、どんな相手に対しても信用を得ることに繋がると俺は信じているから。
「ラスの頼みなら」
「もちろんなのだわ!」
二人もしっかりと頷く。
そんな彼女たちの様子を見て、
「…………わかりました」
解呪神はようやく納得してくれたのだった。