第11話 酒場――英雄の宴

文字数 3,018文字

         ※



 酒場に向かう為に、俺たちは冒険者ギルドを出た。
 するとそこで、

「ラス様~~~~~~~!」

「おわっ」

 腹部に衝撃。
 小柄な魔女が俺に飛び掛かってきたのだ。

「ルイン!?」

「でっかい気配がしたから走ってきたの。
 しっかり情報収集しておいたのだわ!」

 どうやら俺の頼みを聞いて、しっかりと呪いについて調べてくれていたらしい。

「助かる。
 どんな話題が聞けたのかあとで聞かせくれ」

「もちろんなのだわ!」

 俺に抱き着きながら、腹部の辺りに頬をくっ付けてくる。
 フィリアやレナァに比べて邪神の呪いが強まる感覚が薄いのは、彼女の胸部が慎ましいお陰だろう。
 だが……ずっとベタベタされていては何が起こるかわからない。
 ルインは香水を付けているのか甘い香りが鼻腔をくすぐる。
 こういうところは【女】なのだなと感じてしまう。

「こ、こら! あんた、いきなり現れて、なにラスに抱き着いてるのよ!」

「むっ!? 出たわね邪神女! ワタシがワタシのラス様に何しようと勝手なのだわ」

「あんたのラスじゃない! あたしのラスなの!」

 フィリアは俺から、ルインを引きはがした。
 天災の二つ名を持つ魔女も、腕力では邪神には敵わない。
 実際……戦闘になった時の総合能力はフィリアのほうが上だと俺は予測していた。
 勿論、結果はやってみなければわからないけれど。

「全く……キミは相変わらず騒がしいんだね」

「あら? レナァも、このちびっ子魔女のことを知ってるの?」

「ち、ちびっ子じゃないのだわ!
 って、 あ……大賢者、あなた無事だったのね。
 ま、そう簡単にくたばる奴じゃないのはわかっていたけれど」

 レナァが無事だったのを見て、ルインはぶっきらぼうに言葉を投げかけた。
 しかしその発言とは対照的にどこか照れくさそうだ。
 二人は俺を通じて面識があり、特に魔法や研究の話題では非常に話が合うらしい。

「ルイン……キミは相変わらずラスに付き纏っているんだね?
 流石は希代のストーカー魔女だね」

「誰がストーカー魔女なのかしら!?
 ラス様とは限りなく親しい仲なのよ!
 彼の最も恋人に近いのはワタシだと思うけれど?」

「それはないよ。
 少なくともルインよりも、私のほうがラスに近い位置にいるし」

「ら、ラスの幼馴染だからって、ブラコン賢者が偉そうに言ってるんじゃないのだわ!」
「っ!? ぶ、ブラコンじゃない!」

 冷めた表情に微かに動揺が走るレナァ。
 ブラコン扱いがそんなに嫌だったのだろうか?

「ていうか、随分と低いところで争ってるのね。
 あたしなんてもうラスの正妻兼奴隷だから、圧勝って感じね。
 まぁ、ラスみたいに素敵な人を好きになっちゃう気持ちはわかるから、セカンドくらいまでなら許してあげてもいいわ」

 いや、待て!  その誤解を生む発言を取り消せ!
 俺はまだ結婚するつもりもないし、何より妻を複数人持つつもりもない。
 一応、この国は重婚が認められているがな。

「ちょっと待って。
 私はフィリアを正妻だとは認めてないから」

「ワタシもなのだわ!
 そもそも役所に書類は提出しているのかしら?」

「そんなのが必要なの? 二人の愛だけじゃダメ?」

 フィリアが俺に尋ねてくる。
 俺たちの様子を見守る冒険者たちは、なんとも言えない表情でこのやり取りを見守っていた。
 さっさと止めろ……と言われているのか、それとも女に囲まれてハーレムを作ろうとしている男だと思われているのか。

「い、言い争いはやめてとりあえず行くぞ。
 こいつから、こっちの世界に来た事情も聞きたいからな」

 俺が一本角の邪神に目を向けると、

「うん? え? ど、どうして邪神が増えてるのよ!?」

「ダンジョンにいたんだよ。
 私はいきなり襲われて、こいつに拘束されてたんだ」

「まぁ、ラスが直ぐに拘束してくれたけどね」

 上手いこと話を変えることが出来た。
 そして俺たちは酒場に向かいながら、これまでの経緯を伝えた。



        ※



 酒場――英雄の宴亭に到着した。
 元々の名前は【冒険者の宴亭】だったのだが、俺がこの宿兼酒場を利用することから、そんな名前に【変更】された店だ。
 とんでもないボロ酒場だったのだが、名前を変えてから多くの冒険者や旅行者に大人気ということで、今ではこの国になるどの宿兼酒場よりも美しい。
 俺たちは店内に入った。
 ぞろぞろと荒くれ者たちが席を陣取っていく。

「いらっしゃいま……あ!?」

 俺の姿を見た店員がぽっかりと口を開く。
 どうやら新人のようだ。
 俺はその店員の少女に相槌すると、そのまま店主の立つカウンターに向かった。

「マスター、また使わせてもらうぞ」

「!? ラスじゃねえか!? 戻ってたのか」

 スキンヘッドの大男。
 このおっさんがここの主人だ。

「少し前に戻ったところだ」

「そうか! もちろん、好きなだけ泊まってきな!
 お前の部屋は常に確保してあるからな。
 しっかしなんだ、随分と大勢連れてきてるじゃねえか。
 しかも今日は見目麗しい女を三人を連れてるやがる。
 お盛んだねぇ、ベッドは一つで足りるか?」

 何を言ってるんだかこのエロ親父は。
 だが、冷静に考えてみるとフィリアの分の部屋を借りる必要があるのか。
 レナァは王城に戻ればいいとして……ルインは?
 そんなことを考えながら、俺が三人を見る。

「あたしはラスと同じ部屋でいいわ」

「ワタシもラス様と同室がいいのだわ!」

「二人がラスと一緒なら、私も同じ部屋にして」

 考えを読まれたのか、そんなことを言われた。

「……追加で三部屋頼む」

「あいよ!」

 マスターの満足そうな顔と、フィリアたちの不服そうな顔が一斉に俺に向いた。
 だが彼女たちがどう思おうと、この一線は譲れない。
 ただでさえ呪いがかかっていていつ発情するかわからないのだ。
 もしその状態でルインやレナァが俺に部屋に来たら……それは最悪、二人を傷付けることになってしまう。
 フィリアには悪いが……その時は、彼女を頼らざるを得ないだろう。

「マスター、とりあえずみんなに酒と料理を頼む!」

「おう、任せな! おいお前ら、英雄の凱旋だ! 腕を振るえよ!」

 マスターが叫ぶと店内は活気に満たされた。
 そんな中、俺はいつも使っている席に座った。

「人間界の酒場って賑やかなのね。
 あたし、楽しい場所って好きだなぁ」

「こっちの酒場なんてどこもこんなもんなのだわ。
 ここは料理もお酒も美味しいから、そこそこいいところなのよ」

 ちなみにこの世界の成人は15歳。
 ルインはちびっ子ではあるが、こう見えて17歳になるので酒をしっかりと楽しめる年齢だった。

「飲んで食べてもいいけど……ラス、まずは何から話そう?」

「そうだな。
 アーヴィ―……」

「は、はい!」

「お前はどうして人間界に来た? 目的は? どうしてレナァを襲ったのに、殺さなかった? 一つずつでいいから、答えてくれ。ちなみに嘘を吐いても魔法で直ぐにわかるからな」

 邪神アーヴィ―は頷くと、ゆっくりと口を開いた。
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