第3話 バトル勃発

文字数 3,948文字

「ラス、すごいわ!
 人間がこんなにいっぱいいるわよ!
 それにエルフやリザードマン、ラビットまで!
 みんなとっても楽しそうね!」

 多種族が入り混じる光景は人間の世界では珍しくない。
 しかし、邪神界では中々見られる光景ではないだろう。
 あそこは基本的に化物(モンスター)しかいないからなぁ。
 フィリアのような美少女は極めて稀だ。
 これまで出会った力のある邪神や魔族は人型が多いのは何故なのか……というのは少し不思議だ。
 この辺りは創生神と言われるこの世界を生み出した最古の神にしかわからぬことだろう。

(……今度、会った時に聞いてみよう)

 俺がそんなことを思っていると、

「? ラス……あれって、あなたじゃない?」

「俺……あっ!?」

 やばい。
 大切なことを忘れていた。

「やっぱり、ラスよね、あれ?」

 フィリアが俺を見て、また視線をある物に移す。
 彼女の視線の先にあるのは……。

「やっぱり、あなたほどの英雄になると銅像が立つのね!」

「……許可した覚えはないんだけどな」

 王族の連中がノリノリで立てたのだ。
 それだけじゃない。

「あれ!? あの建物にはあなたの絵が描かれてるわね」

 あそこは確か鍛冶屋だったか?
 これも許可した覚えはないが……店主はあの絵を描いてから売り上げが50倍ほどアップしたと感謝されてしまい、ダメとは言えなくなってしまった。
 それと、俺の絵を描いた美術家は今では王都で唯一――俺を描いていい画家として重宝されているらしい。
 勿論、これも許可していない。
 法律に詳しい友人に話を聞いたが、

『英雄に肖像権などないと思っておけ、これも世界の平和の為だ』

 などと、眼鏡をクイッと上げて横暴な発言をされたのは記憶に新しい。

「フィリア、頼むから騒ぐな。
 目立つ、目立つから!」

「どうして?
 愛するラスが人気者で、あたしとっても嬉しいのよ?」

 本当に純粋に想いを口にするフィリア。
 彼女が本心でそれを言っていることはわかる。
 だけど、

「……と、とにかく目立ってもいいことは――」

「ちょ!? あ、あれって、ラス・アーガイルじゃないか?!」

「え!? ラスが帰ってきたの!?」

 やはりこうなったか!?
 雑踏に紛れながら冒険者ギルドまで足を運ぶ予定が、フィリアが騒いでいたこともあって悪目立ちしてしまったようだ。
 一斉に民がバタバタバタバタバタとこちらに駆け寄ってくる。

「逃げるぞ、フィリア」

「え? どうして……?」

「どうしてって、このままここにいたら大騒ぎになるだろっ!」

「もうなってるわよ?」

「だから逃げるんだろ!」

「ふふっ、なにを言ってるのラス!
 あなたは、この邪神フィリアを屈服させた最強で最高な超越者なのよ。
 どっしり構えていてほしいわ!」

「どっしり構えて包囲されたら身動きとれなくなるだろっ!」

「人気者の証拠ね!」

 話があまりにも平行線過ぎる。
 こうなったら転移でこの場を離れるしか――。

「ラス様~~~~~~~!」

「きゃああああああっ! 本物のラス・アーガイルよ!?」

 女性たちの甘い嬌声が響いた。

「あ、見つけたのだわ!
 ら、ラス~! わ、わたしなのだわ!」

 うん?
 聞き覚えのある声が聞こえた気がしたのだが、その瞬間――。

「むっ……。
 他の女にあなたが迫られるのを見るのは、あまり面白くないわね」
 
フィリアはむっと頬を膨らませる。
 どうやら嫉妬しているようだ。
 可愛い……って、邪神相手に俺は何を考えてるんだ!?

「ラス、やっぱりこの場を離れましょう」

 言ってフィリアが俺の手を握った。
 そして――。

「いくわよ!」

 ぴょん! と跳躍。
 建物の屋根から屋根へと飛び移り、あっという間に人気(ひとけ)のないところに移動していた。
 そして屋根から飛び降りる。
 一般人のレベルでは邪神フィリアの動きを捉えることのできるものは極少数だろう。

「ここなら安全ね」

「……だな。
 ここからなら冒険者ギルドも近いし、ちょうどいい」

「そのギルドっていうのはどこにあるの?」

「……あの大きな建物があるだろ?
 王級とは違って金のかかってななさそうな感じの」

 俺はギルドの建物を指差した。
 王都の中では質素……というか、冒険者ギルド自体は冒険者の仕事の斡旋所なので、最低限の職員と費用で運営されている為、日常的に大忙しだ。
 特に王都には多くの冒険者が集まっている為、休憩している暇すらない……と、知人の職員がたまに愚痴を漏らしている。

「じゃあ、行きましょ――」

「ちょ、ちょっと待つのだわ!」

 甲高い声が、フィリアの言葉を遮った。
 俺たちは流れるように、声が聞こえた方向に目を向ける。
 そこには魔女帽を被った小柄な少女がぜぇぜぇと息切れしながら、立っていた。

「あれ、ルインじゃないか」

「ラスの知り合いなの?」

 フィリアは俺に尋ねる。

「まぁ、そんな感じだな」

 以前、冒険の途中でルインの窮地を救った際に、やたらと懐かれてしまった。

「ラス~~~~!」

 魔女の格好をした少女が、俺に飛び掛かってきた。
 しかし、

「あぎゃっ!?」

「ちょっとあなた、ラスに抱き着こうとしたでしょ」

 さっと身体を動かして俺の前に立ったフィリアが、ルインの頭を押さえる。
 ぐにゃっと魔女帽が歪んだ。

「あ、あなた、何をするのかしら!?
 ら、ラス~、この女がイジメるのだわ! 助けて!」

 言って小さな魔女が俺に手を伸ばす。
 が、彼女は小柄なので手を伸ばしても俺に届くことはない。
 しかし救いを求められると助けてしまいたくなる。

「フィリア……とりあえず押さえるのをやめてやってくれ」

「……ラスがそう言うなら……」

 俺が頼むと、渋々と言った様子で彼女は頭から手を離した。
 すると、俊敏な動きでルインは俺に接近して、再び俺に抱き着こうとしてきたので、サラリと身をかわす。

「ラス~! 会いたかったのだわ! ――って、なんで身をかわすのよ!」

「いや反射的にな」

「久しぶりの再会なのだから、ぎゅってさせてほしいのだわ!」

「待ちなさい。
 ラスにぎゅっとしていいのは、この世であたしだけよ」

「は~?」

 なに恋人気取っちゃってるのかしら?
 ラスはあなたのだじゃなくて、わたしのなのだわ」
 バチバチと視線を交差させる邪神と魔女。
 なんだかイヤな予感がする。

「あんた、このあたしを誰か知っての物言い?」

「は~? あなたこそ、わたしが誰か知ったら腰が抜けるのではないかしら?」

 さらに雰囲気が悪化する。
 このまま放っておけば明らかに良くないことが――というかバトルが勃発する。
 しかもこの二人……どちらもそこそこの実力者。
 片方は人類から恐れられた邪神で、もう一人は天災の魔女と謳われる魔導の天才だったりする。

「お、おい、頼むから街中で暴れたりは――」

「――ダークネスフレア!!」

「――アルティメットバースト!!」

 魔法には下級、中級、上級、最上級、超級、最超級とランクがあるのだが、そのさらに上に禁忌魔法と呼ばれるものがある。
 さらに言うと、その上に属する魔法もあるのだが――今、二人の使った魔法の威力は禁忌魔法に属するものだった。
 具体的にどの程度の威力かと言えば……このまま放置すれば王都が消し飛ぶだろう。

(……全く)

 放たれた強大な魔法のエネルギーがぶつかり合い、互いを増幅するかのように膨れ上がる。
 このままではマズい。
 だから、

「――完全削除(パーフェクトデリート)」

 俺はノータイムで魔法を使った。
 この魔法は対象の『魔法』を消滅させる。
 それがたとえどれだけ強大な魔法だとしてもだ。
 爆発を起こしかけていた二つの魔法が一瞬で消滅した。

「ラスがやったの?」

「ど、どうして止めたのだわ?」

「王都が消し飛ぶだろ!!」

 二人を少し強めに叱りつける。
 すると二人は悲しそうに顔を伏せた。
 少しかわいそうな気もしたが……ダメなことはダメだとはっきり伝えなくてはいけない。
 それが二人の為なのだから。

「ご、ごめんなさい、ラス……」

「ご、ごめんなのだわ……」

「反省したか?」

 二人も素直に頷く。
 表情からもしっかりと反省していることが伝わってきた。

「ら、ラス……ごめんね。
 もう絶対、悪いことしないから……だからあたしのこと、嫌わないで」

「わ、わたしもなのだわ。
 ラスの為にこの女をどうにかしないとって思って……も、もう喧嘩しないから……許してほしいのだわ……」

 不安そうな目で瞳をうるうるされながら見つめられる。

「本当に反省してるな?」

「してる!」

「してるのだわ!」

「もう街中で喧嘩するなよ?
 喧嘩する前に話し合うってことを覚えろ」

「うん」

「わかったのだわ」

「なら……今回は許す」

 俺がそう言うと、二人はぱ~っと表情を明るくした。
 深く反省しているようなので、また禁忌魔法を街中で放つことはないだろう。

「じゃあとりあえず移動するぞ」

「そうね。
 冒険者ギルドに行くんだものね」

「冒険者ギルド?」

 ルインは理由が気になったようだ。
 が、流石に発情する呪いを掛けられたからとは言えず……誤魔化しながら俺たちは冒険者ギルドに向かった。
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