第46話 決着

文字数 2,219文字

「当てる必要はない! 脅しになればそれでいい――」
 コリンズは命令しつつ、地上に向かって槍をぶん投げる。

「当てろと言われても無理ですからっ!」
 文句を口にしながらも、シリアナは練習の成果を発揮させる。
 
 スーリヤの存在が公になってから、コリンズの奴隷たちと戦っていた下馬騎士たちが攻勢に出ていた。
 数からして即座に突破されることはないようだが、時間の問題である。
 それを妨げようとコリンズとシリアナが投げ槍、スーリヤとフィリスが弓矢をひっきりなしに投擲していた。
 
 皮肉にも、その援護射撃がリンクの焦りを加速させる。
 頭の中ではさっさと逃げろと文句を言いながらも、目の前の敵を倒すことに集中――心のどこかでは、スーリヤが逃げるはずがないとわかっていた。
 だから、絶対に勝たなければならない!
 ――なのにっ! 
 勝機が見えてこなかった……。
 呼吸すら忘れるほど没頭しても、ぜんぜん届かない。
 リンクの予想以上にラルフは強かった。
 この状況下では軽装備のほうが有利にもかかわらず、まったく隙が無い。視界も悪いだろうに落とし穴は見事に避け、着実にこちらを追い込んでいる。
 何百本とあった槍がほとんど刈り尽くされているのを眺め、リンクは覚悟を決める。
 
 本当の一か八か――
 どちらにせよ、これで勝敗が決する。
 
 これまで、幾度となくぶつかり合った剣と槍の刃。例に漏れず槍が吹き飛び、リンクは飛び退くと同時に新たな槍を手にする。
 そこで、異変が起きた。
 槍が抜けず、リンクは武器を持たないまま距離を取ろうと地面を蹴る。
 
 この隙を逃がすラルフではなかった。
 強く踏み込み、手首を翻す。剣の腹で、相手の側頭部を叩きつける手筈だった。
 着地は間に合っても、逃げることはかなわない。剣に手が伸びるも遅い。たとえ間に合ったとしても、防御ごと叩き伏せる自信がラルフにはあった。
 
 果たして、渾身の一撃は届かなかった。
 
 刹那、強烈な衝撃が手を襲う。意味がわからない。外したと思った時には、ラルフの剣は宙を舞っていた。
 理解が及ぶ前に今度は喉に衝撃――ラルフは堪らず、地面に転がる。
 
 ――リンクは

落とし穴にはまっていた。
 
 それにより、ラルフの剣が空を切ると同時に籠手を切り付け、鞘で喉を突いてみせた。
 運よく相手の勢いと噛みあったおかげで、甲冑越しでも充分な威力を発揮したようだ
 
 計画的であったぶんだけ、リンクのほうが早かった。落とし穴から抜け出し、倒れている敵に剣を突き付ける。
 
 すべてが不慮の事態だったラルフに抵抗する時間はなかった。
 足で身体を踏みつけられ、甲冑の隙間に刃を突き立てられる。刃先が喉元に触れており、ちょっとの動作でも貫かれそうな勢い。

「――シリアナっ!」
 
 急に名前を呼ばれるも、少女は反応できなかった。

「早くしろっ!」
 
 今まで聞いたこともない口調に急かされ、シリアナは自分の役目を思い出す。持っていた槍とアトラトルを放り投げ、ビューグルに口を付けた。
 甲高い音は遠くまで響き渡り、ブール学院の生徒たちに勝利を伝える。
 同時に敵の注目も集めた。
 状況を理解したシャルオレーネ軍は動揺を隠せずにいた。団長が敗れるなんて、夢にも思っていなかったに違いない。

「武器を捨ててください!」
 
 リンクの言葉に従う者はいなかった。
 彼らは戦っていたコリンズの奴隷を組み伏せ、同じように剣を首へと突きつける。

「――はっ! 釣り合うと思うのですか? その者たちの命とあなた方の団長の命が」
 酷薄の笑みを浮かべ、リンクは続ける。
「ここにいる五百人の命、欲しければ差しあげましょう。なんでしたら、私の命を付け加えてもいい」
 馬鹿丁寧なのはシャルオレーネの言葉だからである。
「さぁ、どうしますか?」
 それが駄目押しの言葉となった。
 リンクの発音は巧みではない上に切羽詰まっていたので早口すぎた。

 シャルオレーネ軍は

と判断して武器を手放す。
 
 副官のダン率いる騎馬隊にとってまさに青天の霹靂である。
 ――団長が子供相手に負けるなんて!
 もっとも、二人の戦いは形こそ一騎打ちであったものの、間違っても正々堂々と呼べるものではなかったのだが。
 
 とにかく、両軍は武器を捨て負傷兵の運搬に動き出す。
 シャルオレーネ軍が城壁から離れたところでスーリヤたちはおりてきた。

「大人しく捕虜になっていただきたい。アイズ・ラズペクトについて、お話があります」
 
 その一言がもたらした効果は絶大でラルフは素直に従ってくれた。
 それでも念の為、五人がかりで牢屋へと連行した。
 
 それ以降、リンクと皇族二人は外に出てこなかった。

 代わりに負傷兵の世話はフィリスが仕切り、シャルオレーネ軍との交渉はシリアナが行っていた。
 ダンからすれば忌々しい限りである。
 しかし、これで確実だ。
 ブール学院の生徒たちはリンク=リンセント一人に依存している。

「一先ず、自由民を頼ってください。安全な寝床と食事を提供してくれる手筈となっていますので」
「……あのガキは勝つ気でいたのか?」
「いいえ。両方に備えていただけです。どちらかというと、彼は負ける気でいたんですけどね。途中で勝てと命令されたものですから頑張ったみたいです」
「なんだ、そりゃ?」

 この場にそぐわないほどの会心の笑みを浮かべ、シリアナは答える。

「やっぱり、彼には命令が必要だという話です」
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登場人物紹介

 リンク・アン・リンセント(14歳)

 一代騎士の嫡男だが、その振る舞いは成り上がりとは思えないほどきちんとしている。それでいて不真面目な態度を取ることも多い為、友人からは怠惰の騎士様と呼ばれている。

 基本的な能力は高い上に多芸。また幅広い見識を備えており、労働奴隷とも交友を持っている。

 本人に目立つつもりはないものの、皇女に懐かれたことにより注目を浴びる羽目となる。

 帝国では珍しい夜のような黒髪と瞳を有している。

 スーリヤ・ユンヌ・ストレンジャイト(12歳)

 北方正帝の愛娘で皇女だが、その振る舞いから姫剣士様の愛称で親しまれている。

 政争には向かない性格な為、中央ではなく辺境のブール学院に入学。

 長い金髪に青い瞳。全体的に控えめな身体つきはしているものの、性格は苛烈そのもので喧しい。

 それでいて、気を許した相手には全面の信頼を寄せる。 

 コート・オブ・アームズ《紋章の上着》は武具に埋もれた竜。

 グノワ・グロコーフェン(14歳)

 体格に恵まれている為、農民の出でありながらも武芸に秀でている。

 気性は真っすぐで軍学校に入る前はガキ大将だった模様。

 ブール学院において、数少ないリンクの友人のひとり。

 アーサー・アナドレイ(13歳)

 グノワとは同郷で幼馴染。

 リンクのことを騎士様と呼び、阿るような態度を取る。

 それでいて軽口を叩くことから、身分とは別の親しみも持っている様子。

 

 フィリス(12歳)

 スーリヤの奴隷。ただ帝国において奴隷は財産――他人に自慢できるモノである為、身なりは整っている。

 更に武芸や知識も備わっており、あらゆる能力が王侯貴族にも負けず劣らずといった仕上がり。

 銀色の髪に灰色の瞳を有し、年齢の割に発育は良好。

 奴隷として生まれたのではなく奴隷に堕とされた存在ゆえに、今の恵まれた立場がスーリヤのおかげであると強く認識し、心からの忠誠を誓っている。

 リアルガ=リンセント(15歳)

 リンクの姉だが、その性格は真面目で普通。能力も優秀ではあるが常識の範囲。

 何故か弟に対して、敵意すら感じられる振る舞いをしている。

 リンクとは違い、北方帝国ではありふれた栗色の髪と瞳を有する。 

  

 メルディーナ・ブルジェオン・ドゥ・シャルオレーネ(12歳)

 北方帝国と敵対しているシャルレオーネ王国の王女。見事な黒白(こくびゃく)――夜の髪と雪のような肌を持つ。

 革命によりその命を脅かされるも、指導者としての才を発覚させることで生き延びる。

 その結果、王女自らが前線に立つ無謀な進軍を強いられる。

 ラルフ=ホークブレード(34歳)

 シャルレオーネ王国の近衛騎士。

 多くの戦を経験し功を立てて来たものの、国力の無さゆえに未だ一騎士の立場に甘んじている。

 メルディーナ王女の信頼が最も厚い人物。

 ディルド・トロア・ディオアヌス(18歳)

 東方帝国の皇子で既に大人顔負けの体躯を有している。

 性格は横柄で悪いものの、驕りはなく相応の実力と器を持ち合わせている。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれたヒト型の怪物。

 

 

 イラマ(19歳)

 ディルドの奴隷で帝国では珍しい濡れ烏の髪を持つ。

 容姿や服装は娼婦といった感じだが、皇子の奴隷――財産だけあって、非凡なる能力を有している。

 また主に対して棘を刺す程度の嫌味を言ったり、中々の食わせ者。

 コリンズ・サンク・コンスタンツ(16歳)

 褐色の肌に灰色の髪を有する南方帝国の皇子。

 奴隷王の異名に違わず、自らの周囲を有能な奴隷で固めている。もっとも、単に忠実で優秀な部下が欲しいだけなので相手の身分や年齢、国籍すらも問わない様子。

 事実リンクのことも奴隷として欲し、断られるや否や今度は軍師として勧誘する。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれた翼獣。

 

 シリアナ(17歳)

 コリンズの奴隷。亡国の王家筋だが、生まれた時から奴隷だったので本人にその自覚はない。

 かつては愛玩奴隷として悠々自適に生きていたものの、主がコリンズに代わるや否やその生活は破綻。彼の無茶ぶりに応える形で、血筋に見合った才覚を発揮していくことになる。

 もっとも、生まれながらの奴隷にありがちな「物言う道具」の自覚が強い為、彼女はそのことに対して微塵も感謝していない。むしろ、やるべき仕事が増えたと文句を言っている。

 帝国では珍しい赤毛と緑の瞳を有する。

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