第33話 姫剣士、奴隷王、そして――

文字数 2,668文字

 リアルガを筆頭とした最上級生たちの努力も空しく、三日と経たない内にブール学院の厩からすべての馬が消えてしまった。
 おかげで、残された生徒たちの気持ちはすっかり沈んでいた。
 その鬱憤を晴らそうとしてか、リンクはまたしても吊し上げられる。今度はリアルガ一人ではなく、他の最上級生も一緒であった。

「最悪な状況を避けたかっただけさ」
 釈明を求められたリンクは素直に答えるも、言葉足らず。

「どういう意味だ?」
 乗せられているとも気づかず、リアルガは追及する。

「生徒たちで殺しあうのは馬鹿らしいでしょ?」
 
 食堂内には生徒たちが集結して耳を澄ませていた。リンクの声は怒鳴っていないものの、遠くまで響き渡る。

「切羽詰まった状態で馬を取り合えば必ず死人が出る。だから、早い段階で馬がいなくなるよう仕向けた。この先もまだ逃げる者は増え続ける。これ以上はマズいと思うぐらいに、生徒たちはいなくなる」

 そして、淡々と恐ろしい可能性を連ねる。

「その時になって馬が残っていると、追いかけて連れ戻そうとする者がきっと現れる。けど、連れ戻せるわけがない。同様に止めることも不可能だ。そんな真似をすれば、たちまち殺しあうしかなくなる」
 
 誰もが気まずそうに顔を伏せる。
 彼の指摘通り、逃げることを考えていた者たちがいた。
 馬を持ち去られた事実からして、リアルガたちはそれを止めることができないと痛感していた。

「逃げ出した者たちは本気だった。ここに残ったら本気で死ぬと思い込んでいたからこそ、必死で剣を振るった。実際、近衛騎士を相手にするよりはよっぽど勝ち目があるからね」
 
 リンクは負傷している最上級生たちに向かって続ける。

「でも、リアルガ姉さんたちは違う。相手を殺してまで止めようとは思っていなかった」
 
 彼女らが教官の真似ごとをするには、足りない非情さ(モノ)と余計な優しさ(モノ)が多すぎた。

「もう一度言おう。死にたくない者はさっさと逃げろ。兵たる覚悟のない人間はいらない。邪魔なだけだ」
 
 ここで逃げたら脱走兵として扱われることになるのだがリンクはあえて口にしなかった。
 他人の未来など、知ったことではない。今はただ、自分のことだけを考えていたかった。
 そんな彼の心の内を知らずに、残らされた生徒たちはそれぞれ動き出した。
 逃げる選択を選んだ者たちは彼の振る舞いを騎士道精神によるものだと誤解し、残った者たちは彼がなにかしらの策を隠し持っていると思い違いして――
 
 そうして、生徒たちが取り残されて十三日が経った頃、オナホルの使いが訪れた。商人に扮して来ていたので、リンクは人目を気にせずに対応する。
 もっとも、目立った報せはなかった。
 予想外な出来事といえば、悪天候により到着が僅かに遅れる可能性が示唆されているぐらいだ。
 リンクは礼を述べてから、オナホルへの言付けを頼む。今日明日中に顔を出す、と。
 
 その為にも、ブール学院の問題を片づけなければならなかった。
 結局、生徒数は五百人を切ったところで止まっていた。予想よりもかなり多くが残ったことに焦るも、内訳に関していえば想定内である。
 貴族たちがいなくなり、騎士たちが残った。
 結果、生徒たちは彼らを中心に纏まり、もっぱら訓練を行っている。騎士の頭の中には逃げる選択肢もなければ、戦いを避ける理由もない。馬こそないものの、今回は誰かの従騎士ではないからだ。
 つまり、家柄で劣る騎士たちにとっては申し分ない状況であった。彼らはここで戦い、勇気を示すことが自らの出世に繋がると疑いもせずにいた。
 だからこそ、リンクが降伏する旨を伝えると激しく反対した。

「馬鹿なっ! 貴公はそれでも騎士であるか?」
 先日、言い負かされたリアルガの代役は芝居がかった台詞で責めてきた。

「馬も剣も持たない騎士がいるわけないでしょう?」
 
 ユーモアがないのか、相手は聞くに耐えない罵詈雑言を喚き散らす。

「あなた方の気持ちはわかります。わたしも騎士の子息でありますゆえ。しかしながら、他の生徒たちはどうでしょうか?」
 
 食堂には残った全生徒たちがいた。騎士たちを取り囲むようにして、先ほどから黙って聞いている。

「騎士であれば蛮行も勇気と褒め称えられますが、兵士ともなればそうはまいりません。彼らの役割は命令を聞くことです。そして現在、彼らに命令する権利があるのはわたしです」
「戦いもせず、負けを認めるような軟弱者の命令など聞けるか!」
「軟弱者? えぇ結構。自分たちの私利私欲の為に、兵を無駄死にさせる愚か者よりはよほどマシです」
「戦うのは務めであろう!?」
「誰も褒章を約束してくれないのに頑張る兵士などいませんよ」
 
 残った生徒たちの内枠は聞かなくとも察せられた。
 たいはんは帰るべき場所がないか、帰っても歓迎されない者たち。望んでここに来た者など半分もいない。

「それに騎士の勇敢さは戦で華々しく戦うことだけではないでしょう? たとえ捕虜の辱めを受けてでも、生き延びることが勇気になることもあるのでは?」
 
 騎士たちもなかば言い包められていた。
 この調子でいけば、全員を捕虜として差し出せるとリンクが思った瞬間――
 
「――断る」

 否定の言葉が場を切り裂いた。
 そのたった一言が流れを変える。

「戦いもせず捕虜になるなど、わたしは御免だ」
 
 凛とした声で我儘を言えるのは一種の才能であろう。

「褒賞ならわたしが約束してやる。だから、問題は一つだけだ」
 
 かき分けることなく人混みが割れる。
 見慣れた外套の下には初めて見る女装姿。少女は白を基調とした優雅な衣装に身を包んでいた。袖口や裾には銀糸で花々が縫い取られており、彼女の幼さを補うように咲き誇っている。
 堂々とした姿勢で少女が歩み寄り、奇しくも初めて会った日が再現される。
 気づけば、誰もが二人を遠巻きにしていた。

「――勝てるか?」
 
 スーリヤは端的に聞いた。
 なのに、リンクは答えられなかった。
 不思議なことに彼女がここにいるのに驚いてはいない。やっぱ来るよな、と冷静に受け止めている。
 弾む息遣いと火照った肌からして、その方法も推測に難くない。

「必要であれば俺の奴隷も借してやろう」
 
 いつからいたのか、まったく気づかなかった。コリンズも正装に着替えており、豪奢な装いで周囲を圧倒している。
 こちらもスーリヤほどではないが息が上がっており、早口で訊いてくる。

「それで勝てるか?」
 
 見目麗しい二人の皇族に問われ、リンクはつい答えるつもりのない返事をしてしまった。

「……少し、考えさせてください」
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登場人物紹介

 リンク・アン・リンセント(14歳)

 一代騎士の嫡男だが、その振る舞いは成り上がりとは思えないほどきちんとしている。それでいて不真面目な態度を取ることも多い為、友人からは怠惰の騎士様と呼ばれている。

 基本的な能力は高い上に多芸。また幅広い見識を備えており、労働奴隷とも交友を持っている。

 本人に目立つつもりはないものの、皇女に懐かれたことにより注目を浴びる羽目となる。

 帝国では珍しい夜のような黒髪と瞳を有している。

 スーリヤ・ユンヌ・ストレンジャイト(12歳)

 北方正帝の愛娘で皇女だが、その振る舞いから姫剣士様の愛称で親しまれている。

 政争には向かない性格な為、中央ではなく辺境のブール学院に入学。

 長い金髪に青い瞳。全体的に控えめな身体つきはしているものの、性格は苛烈そのもので喧しい。

 それでいて、気を許した相手には全面の信頼を寄せる。 

 コート・オブ・アームズ《紋章の上着》は武具に埋もれた竜。

 グノワ・グロコーフェン(14歳)

 体格に恵まれている為、農民の出でありながらも武芸に秀でている。

 気性は真っすぐで軍学校に入る前はガキ大将だった模様。

 ブール学院において、数少ないリンクの友人のひとり。

 アーサー・アナドレイ(13歳)

 グノワとは同郷で幼馴染。

 リンクのことを騎士様と呼び、阿るような態度を取る。

 それでいて軽口を叩くことから、身分とは別の親しみも持っている様子。

 

 フィリス(12歳)

 スーリヤの奴隷。ただ帝国において奴隷は財産――他人に自慢できるモノである為、身なりは整っている。

 更に武芸や知識も備わっており、あらゆる能力が王侯貴族にも負けず劣らずといった仕上がり。

 銀色の髪に灰色の瞳を有し、年齢の割に発育は良好。

 奴隷として生まれたのではなく奴隷に堕とされた存在ゆえに、今の恵まれた立場がスーリヤのおかげであると強く認識し、心からの忠誠を誓っている。

 リアルガ=リンセント(15歳)

 リンクの姉だが、その性格は真面目で普通。能力も優秀ではあるが常識の範囲。

 何故か弟に対して、敵意すら感じられる振る舞いをしている。

 リンクとは違い、北方帝国ではありふれた栗色の髪と瞳を有する。 

  

 メルディーナ・ブルジェオン・ドゥ・シャルオレーネ(12歳)

 北方帝国と敵対しているシャルレオーネ王国の王女。見事な黒白(こくびゃく)――夜の髪と雪のような肌を持つ。

 革命によりその命を脅かされるも、指導者としての才を発覚させることで生き延びる。

 その結果、王女自らが前線に立つ無謀な進軍を強いられる。

 ラルフ=ホークブレード(34歳)

 シャルレオーネ王国の近衛騎士。

 多くの戦を経験し功を立てて来たものの、国力の無さゆえに未だ一騎士の立場に甘んじている。

 メルディーナ王女の信頼が最も厚い人物。

 ディルド・トロア・ディオアヌス(18歳)

 東方帝国の皇子で既に大人顔負けの体躯を有している。

 性格は横柄で悪いものの、驕りはなく相応の実力と器を持ち合わせている。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれたヒト型の怪物。

 

 

 イラマ(19歳)

 ディルドの奴隷で帝国では珍しい濡れ烏の髪を持つ。

 容姿や服装は娼婦といった感じだが、皇子の奴隷――財産だけあって、非凡なる能力を有している。

 また主に対して棘を刺す程度の嫌味を言ったり、中々の食わせ者。

 コリンズ・サンク・コンスタンツ(16歳)

 褐色の肌に灰色の髪を有する南方帝国の皇子。

 奴隷王の異名に違わず、自らの周囲を有能な奴隷で固めている。もっとも、単に忠実で優秀な部下が欲しいだけなので相手の身分や年齢、国籍すらも問わない様子。

 事実リンクのことも奴隷として欲し、断られるや否や今度は軍師として勧誘する。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれた翼獣。

 

 シリアナ(17歳)

 コリンズの奴隷。亡国の王家筋だが、生まれた時から奴隷だったので本人にその自覚はない。

 かつては愛玩奴隷として悠々自適に生きていたものの、主がコリンズに代わるや否やその生活は破綻。彼の無茶ぶりに応える形で、血筋に見合った才覚を発揮していくことになる。

 もっとも、生まれながらの奴隷にありがちな「物言う道具」の自覚が強い為、彼女はそのことに対して微塵も感謝していない。むしろ、やるべき仕事が増えたと文句を言っている。

 帝国では珍しい赤毛と緑の瞳を有する。

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