第47話 もう一つの戦い

文字数 2,869文字

 ブール学院の生徒たちは全員がなんらかの傷を負っていた。
 その為、怪我人の手当てが終わる頃には既に日が暮れていた。
 たいはんは打ち身や擦り傷といった程度だが、中には骨折はおろか、内臓まで損傷した重傷者も少なからずいるとのこと。
 これで死人がいないのは敵が目いっぱい手加減してくれたからだろう。
 それでいてシャルオレーネ軍には重傷者らしい者が一人もいないというのだから、リンクとしては呆れるしかない。

「酷いな。


 
 あれほどの状況を用意して、活かせなかったとは……。
 策を弄した身からすれば、文句の一つも言いたくなる結果である。

「……重傷者の中には、あなたのお姉さんと友人のお二人もいます」
 
 責めるようにフィリスが報告する。
 スーリヤと共に手当てに追われていたからか、思うことがあるようだ。

「そうか、生き残ったか」
「死んだほうが良かったとでも?」
「もしかすると、本人たちがそう思うようになるかもしれないって話さ」
「意味がわかりません」
「それでいい。わかったら逆に困る」
 
 スーリヤを逃がさなかった件で叱責を覚悟していた身からすれば、リンクの落ち着いた様子は違和感しかなかった。

「そうですか。で、あなたの怪我はいいのですか?」
 
 リンクも顔を始め、身体中に傷を負っていた。本人曰くかすり傷らしいが、見ていて痛々しい。

「治療は動けない人間のほうが優先されるべきだ」
 
 当然の判断だが、いましがたの発言を省みると胡散臭くて仕方がない。

「そうかもしれませんが……。正直なところ、重傷者は私たちの手に負えないんです」
「安心しろ。そろそろ、ストレンジャイト家の者が来る。それに教官たちも戻ってくる。そうすれば、押し付けてしまえばいい」
「彼らはびっくりするでしょうね。きっと、あなたには特別な褒賞が与えられますよ」
「全部、スーリヤの手柄さ」
「スーリヤ様が、素直に従うわけないでしょう?」
 
 それくらい、リンクにもわかっているはず。
 なのに、彼は本当に困ったように笑っていた。
 フィリスは面食らい、徐々に不安な気持ちになってくる。
 だけど、言葉にすることはできなかった。

「――軍師殿」 
 
 またしてもコリンズがやって来て、掻っ攫っていく。
 どれほど口惜しくとも、奴隷(フィリス)の立場では見送るほかない。主人でなくとも、皇族の命令には力がある。
 また視線と態度だけで察することができるほど、フィリスは躾けられていた。

「言い訳をさせて貰えるなら、悪いのはスーリヤとシリアナだ」
 開口一番、コリンズは保身に出た。
「案の定、スーリヤが聞きわけなくてな。俺は無理にでも連れて行こうと思ったのだが、シリアナの奴が余計な入れ知恵をしてしまったのだ」
「別に怒っていませんよ。ただ、不甲斐なく思うだけです。結局、自分は誰かの命令がないと駄目なのだと思い知らされたわけですから」 
 
 しかも、それをシリアナに見透かされていた。
 これから先、誰にも心の内を知られるわけにはいかないというのに。

「そう、落ち込むことはない。俺たちは若いんだ。まだまだ、成長の余地はある」
「それは、もちろんですとも」
 
 リンクたちは軽口を叩きながら、地下へと降りていく。
 扉の前ではシリアナが控えており、二人を見るなり道を開ける。

「つい先ほど、食事を運んだばかりです」
「なら、おまえも食事に行ってこい。しばらく、俺が見といてやる」
「コリンズ様にそのような真似をさせるわけにはいきませんよ」
「安心しろ。戻ってきたあとは夜が明けるまでここにいて貰うからな。だから、夜食の準備を怠るなよ。そのついでに、俺たちのぶんの酒と軽くつまめる物を持ってきてくれると助かる。酒は教官や学院長の部屋に上等なモノがあったからそれを……」

「――わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
 面倒なお願いの数々にシリアナは折れた。

「軍師殿、まずは二人で話し合うといい」
「心遣い感謝します」
 
 この場所は長いこと生徒の懲罰部屋であったが、数十年ぶりに牢屋として使われていた。

「お食事中、失礼します」
 
 懲罰部屋の一つで、ラルフは酒と食事を楽しんでいた。

「やっとお出ましか。けど、スーリヤ=ストレンジャイトはいないんだな」
 ラルフは甲冑を脱ぎ、教官の部屋着を纏っていた。また、一番広い部屋にいれたこともあって、鉄格子さえなければ寛いでいるようにも見える。

「彼女なら、怪我人の手当てをしています。こちらの被害は甚大ですので」
 無骨な椅子に腰を下ろして、リンクは応じる。

「皇女が傷病兵の真似ごとをしているのか?」
「先ほどの戦いは、彼女の我儘によるものですから――」
 
 そう切り出して、リンクは語った。
 生徒たちが取り残された事情から、戦いに踏み切った理由まで。
 その他にも、アイズ・ラズペクトやヘルメスと名乗った商人について。
 そして、自分がシャルオレーネ軍に取り入ろうとしていることまですべて――
 
「おまえさえ倒せば、それで終わると思っていたんだがな。まさか、逆だったとは」

 話が終わる頃にはラルフの食事は済んでいた。デカンタも空になっており、グラスの葡萄酒を舐めるように口に含んでいる。

「ちなみに、俺たちが誘いに乗らなかったらどうしていた?」
「ブール学院の生徒たちを囮にして、スーリヤたちを逃がしていました。落とし穴に兵が隠れているのを見つけていれば、あなた方は武装解除に追われていたはず。その間に逃げる者がいたとしても、好都合と思うだけで追いかけはしなかったでしょう?」
「なるほど。どっちでも良かったのか」
「えぇ。スーリヤ=ストレンジャイトさえ逃がすことができれば。負けたところで、私の価値が今より下がっていただけです」
 
 ラルフは前言を撤回する。
「やっぱ、おまえを倒さなければならなかったか」
 あれほどの策を弄しておいて、まさか一騎打ちが本命だったとは。
 通常、こちらが寡兵で挟撃されてしまえば敗北を意識してしまう。それが平地であれば、なおさらだ。
 事実、落とし穴の伏兵には虚を衝かれたし、これこそが敵の狙いとも思った。
 
 だが、それすらもバレて構わない代物だったとは……。
 
 ここまで頭が回ると、子供といって侮ることはできやしない。
 それ以上に、同じ学院で学ぶ者たちを手土産のように差し出す精神をラルフは末恐ろしく感じた。

「おまえが本気なのはわかったが、どうして国を裏切る?」
 
 能力的に断る理由はない。また十四歳という年齢を考慮すれば、国に属している意識や忠義に疎くても不思議ではなかった。
 だとしても、国を裏切るとなればそれなりの理由が必要である。それも大国ではなく、弱小国へ寝返るとなるとなおのこと。
 その辺りの事情を聞くまで、諸手をあげて歓迎するわけにはいかない。

「これ以上、この国では生きていけないからです」
 
 リンクは慎重に答えた。ここからが本番である。ラルフを出し抜くことができれば、おそらく王女は問題ない。
 誤魔化すべきはただ一つだけ。
 充分に勝機はあると、心を落ち着かせる。
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登場人物紹介

 リンク・アン・リンセント(14歳)

 一代騎士の嫡男だが、その振る舞いは成り上がりとは思えないほどきちんとしている。それでいて不真面目な態度を取ることも多い為、友人からは怠惰の騎士様と呼ばれている。

 基本的な能力は高い上に多芸。また幅広い見識を備えており、労働奴隷とも交友を持っている。

 本人に目立つつもりはないものの、皇女に懐かれたことにより注目を浴びる羽目となる。

 帝国では珍しい夜のような黒髪と瞳を有している。

 スーリヤ・ユンヌ・ストレンジャイト(12歳)

 北方正帝の愛娘で皇女だが、その振る舞いから姫剣士様の愛称で親しまれている。

 政争には向かない性格な為、中央ではなく辺境のブール学院に入学。

 長い金髪に青い瞳。全体的に控えめな身体つきはしているものの、性格は苛烈そのもので喧しい。

 それでいて、気を許した相手には全面の信頼を寄せる。 

 コート・オブ・アームズ《紋章の上着》は武具に埋もれた竜。

 グノワ・グロコーフェン(14歳)

 体格に恵まれている為、農民の出でありながらも武芸に秀でている。

 気性は真っすぐで軍学校に入る前はガキ大将だった模様。

 ブール学院において、数少ないリンクの友人のひとり。

 アーサー・アナドレイ(13歳)

 グノワとは同郷で幼馴染。

 リンクのことを騎士様と呼び、阿るような態度を取る。

 それでいて軽口を叩くことから、身分とは別の親しみも持っている様子。

 

 フィリス(12歳)

 スーリヤの奴隷。ただ帝国において奴隷は財産――他人に自慢できるモノである為、身なりは整っている。

 更に武芸や知識も備わっており、あらゆる能力が王侯貴族にも負けず劣らずといった仕上がり。

 銀色の髪に灰色の瞳を有し、年齢の割に発育は良好。

 奴隷として生まれたのではなく奴隷に堕とされた存在ゆえに、今の恵まれた立場がスーリヤのおかげであると強く認識し、心からの忠誠を誓っている。

 リアルガ=リンセント(15歳)

 リンクの姉だが、その性格は真面目で普通。能力も優秀ではあるが常識の範囲。

 何故か弟に対して、敵意すら感じられる振る舞いをしている。

 リンクとは違い、北方帝国ではありふれた栗色の髪と瞳を有する。 

  

 メルディーナ・ブルジェオン・ドゥ・シャルオレーネ(12歳)

 北方帝国と敵対しているシャルレオーネ王国の王女。見事な黒白(こくびゃく)――夜の髪と雪のような肌を持つ。

 革命によりその命を脅かされるも、指導者としての才を発覚させることで生き延びる。

 その結果、王女自らが前線に立つ無謀な進軍を強いられる。

 ラルフ=ホークブレード(34歳)

 シャルレオーネ王国の近衛騎士。

 多くの戦を経験し功を立てて来たものの、国力の無さゆえに未だ一騎士の立場に甘んじている。

 メルディーナ王女の信頼が最も厚い人物。

 ディルド・トロア・ディオアヌス(18歳)

 東方帝国の皇子で既に大人顔負けの体躯を有している。

 性格は横柄で悪いものの、驕りはなく相応の実力と器を持ち合わせている。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれたヒト型の怪物。

 

 

 イラマ(19歳)

 ディルドの奴隷で帝国では珍しい濡れ烏の髪を持つ。

 容姿や服装は娼婦といった感じだが、皇子の奴隷――財産だけあって、非凡なる能力を有している。

 また主に対して棘を刺す程度の嫌味を言ったり、中々の食わせ者。

 コリンズ・サンク・コンスタンツ(16歳)

 褐色の肌に灰色の髪を有する南方帝国の皇子。

 奴隷王の異名に違わず、自らの周囲を有能な奴隷で固めている。もっとも、単に忠実で優秀な部下が欲しいだけなので相手の身分や年齢、国籍すらも問わない様子。

 事実リンクのことも奴隷として欲し、断られるや否や今度は軍師として勧誘する。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれた翼獣。

 

 シリアナ(17歳)

 コリンズの奴隷。亡国の王家筋だが、生まれた時から奴隷だったので本人にその自覚はない。

 かつては愛玩奴隷として悠々自適に生きていたものの、主がコリンズに代わるや否やその生活は破綻。彼の無茶ぶりに応える形で、血筋に見合った才覚を発揮していくことになる。

 もっとも、生まれながらの奴隷にありがちな「物言う道具」の自覚が強い為、彼女はそのことに対して微塵も感謝していない。むしろ、やるべき仕事が増えたと文句を言っている。

 帝国では珍しい赤毛と緑の瞳を有する。

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