第36話 勝敗の条件

文字数 1,180文字

「先に言っておくが、二人にも俺の指示に従ってもらう」
 
 スーリヤの部屋でお茶の準備が整うなり、リンクは切り出した。
 その態度と声音は一切の反論を受け付けないと言わんばかりであり、皇族に対して礼儀を弁えていなかった。

「軍師殿のご随意に」
 茶化すようにコリンズが頷き、

「わかった」
 スーリヤも続く。
 
 ――が、リンクが説明を終えるなり、
「ふざけるなっ! わたしも戦うぞ!」
 前言を翻す。

「話を聞いていなかったのか? はっきり言って、こちらはおまえとコリンズが捕らえられない限り、どうなったって構わない」
 
 此度に戦において、勝敗は大きな問題ではなかった。
 大事なのは負け方と勝ち方――たとえ負けても構わないが、そこに皇族の名前があってはならない。

「納得がいくかっ! 負けたら知らんぷりで勝ったら私の手柄にしろだと?」
 
 そして勝つのなら、

をしなければならなかった。

「本来であれば、スーリヤは俺たちに死ねと命令して逃げるべき状況だ。馬鹿じゃない限り、誰だってそうする」
「なら、貴様らも逃げろ」
「西方帝国の皇子の意向に逆らってか? おまえにとってはただの父親かもしれないが、北方帝国に暮らす民からすれば主君だぞ? その人の負い目になる行為はできない」
「そもそもがふざけた話だ!」
「だから、だよ。ここで戦えば西方帝国は大っぴらに文句を言えなくなる。クーニ皇子の言動は目に余るからな。そして、コリンズが無事でさえいれば南方帝国もだ」
 
 そうなれば北方正帝の軽率な発言――北の侵攻がブール学院(ここ)まで及ぶことはない――を責めるのは東方帝国だけとなる。

「ただでさえ、おまえの我儘で命を危険に晒すんだ。なのに、まだ駄々を捏ねる気か?」
 
 そのように言われてしまえば、スーリヤに返せる言葉はなかった。

「さすが軍師殿と言いたいが、正直に言わせて貰えば無謀だな。こんな一か八かな内容では、策とも呼べんぞ?」
 説明時に書いた簡単な図を凝視しながら、コリンズがぼやく。

「それは痛いほどわかっています」
 まず、前提条件からしてあり得なかった。
「しかし、こちらが勝つには相手の騎士道精神に期待するしかありません」

「たった百五十程度しかいないとわかっていたのなら、脅しつけてでも生徒や馬を残しておけばよかったのではないか?」
「いいえ、すぐに逃げ出すような兵はいたところで邪魔になるだけです。馬も実戦で御しきれるとは思えませんし」
「確かに。自軍の暴走した馬に蹴り殺されたら浮かばれんな」
「えぇ。それ以前に可能な限り、死者は抑えたかった」
 
 シャルオレーネ軍の立場を悪くしない為に――言外の言葉はコリンズにだけ伝わった。

「そういうわけで、明日からブール学院の生徒たちは穴掘りで、コリンズの奴隷たちは投げ槍の練習です」
「まるで原始人の狩りだな」
「だからこそ、裏をかけると思いますよ?」
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登場人物紹介

 リンク・アン・リンセント(14歳)

 一代騎士の嫡男だが、その振る舞いは成り上がりとは思えないほどきちんとしている。それでいて不真面目な態度を取ることも多い為、友人からは怠惰の騎士様と呼ばれている。

 基本的な能力は高い上に多芸。また幅広い見識を備えており、労働奴隷とも交友を持っている。

 本人に目立つつもりはないものの、皇女に懐かれたことにより注目を浴びる羽目となる。

 帝国では珍しい夜のような黒髪と瞳を有している。

 スーリヤ・ユンヌ・ストレンジャイト(12歳)

 北方正帝の愛娘で皇女だが、その振る舞いから姫剣士様の愛称で親しまれている。

 政争には向かない性格な為、中央ではなく辺境のブール学院に入学。

 長い金髪に青い瞳。全体的に控えめな身体つきはしているものの、性格は苛烈そのもので喧しい。

 それでいて、気を許した相手には全面の信頼を寄せる。 

 コート・オブ・アームズ《紋章の上着》は武具に埋もれた竜。

 グノワ・グロコーフェン(14歳)

 体格に恵まれている為、農民の出でありながらも武芸に秀でている。

 気性は真っすぐで軍学校に入る前はガキ大将だった模様。

 ブール学院において、数少ないリンクの友人のひとり。

 アーサー・アナドレイ(13歳)

 グノワとは同郷で幼馴染。

 リンクのことを騎士様と呼び、阿るような態度を取る。

 それでいて軽口を叩くことから、身分とは別の親しみも持っている様子。

 

 フィリス(12歳)

 スーリヤの奴隷。ただ帝国において奴隷は財産――他人に自慢できるモノである為、身なりは整っている。

 更に武芸や知識も備わっており、あらゆる能力が王侯貴族にも負けず劣らずといった仕上がり。

 銀色の髪に灰色の瞳を有し、年齢の割に発育は良好。

 奴隷として生まれたのではなく奴隷に堕とされた存在ゆえに、今の恵まれた立場がスーリヤのおかげであると強く認識し、心からの忠誠を誓っている。

 リアルガ=リンセント(15歳)

 リンクの姉だが、その性格は真面目で普通。能力も優秀ではあるが常識の範囲。

 何故か弟に対して、敵意すら感じられる振る舞いをしている。

 リンクとは違い、北方帝国ではありふれた栗色の髪と瞳を有する。 

  

 メルディーナ・ブルジェオン・ドゥ・シャルオレーネ(12歳)

 北方帝国と敵対しているシャルレオーネ王国の王女。見事な黒白(こくびゃく)――夜の髪と雪のような肌を持つ。

 革命によりその命を脅かされるも、指導者としての才を発覚させることで生き延びる。

 その結果、王女自らが前線に立つ無謀な進軍を強いられる。

 ラルフ=ホークブレード(34歳)

 シャルレオーネ王国の近衛騎士。

 多くの戦を経験し功を立てて来たものの、国力の無さゆえに未だ一騎士の立場に甘んじている。

 メルディーナ王女の信頼が最も厚い人物。

 ディルド・トロア・ディオアヌス(18歳)

 東方帝国の皇子で既に大人顔負けの体躯を有している。

 性格は横柄で悪いものの、驕りはなく相応の実力と器を持ち合わせている。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれたヒト型の怪物。

 

 

 イラマ(19歳)

 ディルドの奴隷で帝国では珍しい濡れ烏の髪を持つ。

 容姿や服装は娼婦といった感じだが、皇子の奴隷――財産だけあって、非凡なる能力を有している。

 また主に対して棘を刺す程度の嫌味を言ったり、中々の食わせ者。

 コリンズ・サンク・コンスタンツ(16歳)

 褐色の肌に灰色の髪を有する南方帝国の皇子。

 奴隷王の異名に違わず、自らの周囲を有能な奴隷で固めている。もっとも、単に忠実で優秀な部下が欲しいだけなので相手の身分や年齢、国籍すらも問わない様子。

 事実リンクのことも奴隷として欲し、断られるや否や今度は軍師として勧誘する。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれた翼獣。

 

 シリアナ(17歳)

 コリンズの奴隷。亡国の王家筋だが、生まれた時から奴隷だったので本人にその自覚はない。

 かつては愛玩奴隷として悠々自適に生きていたものの、主がコリンズに代わるや否やその生活は破綻。彼の無茶ぶりに応える形で、血筋に見合った才覚を発揮していくことになる。

 もっとも、生まれながらの奴隷にありがちな「物言う道具」の自覚が強い為、彼女はそのことに対して微塵も感謝していない。むしろ、やるべき仕事が増えたと文句を言っている。

 帝国では珍しい赤毛と緑の瞳を有する。

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