第40話 決戦前夜の二人

文字数 1,780文字

 ささやかな宴会は夜が更ける前にお開きとなった。
 明日は早い。特にブール学院の生徒たちはそうだ。長い長い、そして拷問のような時間が待ち受けている。
 最悪、明日もお酒の力に頼らなければならないだろう。
 とにかく、身が竦んで動けない事態だけはなんとしても避けたかった。それなら精彩を欠こうとも、酔っぱらっていたほうがマシである。
 リンクが窓から外を見ると、月が中天にかかっていた。
 雲一つなく、雨の匂いも感じられないことから天候の心配もいらない。
 彼の頭の中で様々な可能性が浮かんでは沈んでいく。そのすべてが綱渡りではあるが、幸いにも長い時間はかからない。
 
 始まってしまえばすぐに終わる。
 だからこそ、リンクの思考は止まらなかった。僅かな時間であるからこそ、ありとあらゆる事態を想定できる。
 一人で没頭していると、不意の来客。眠っていると思われてか、ノックは躊躇いがちだった。

「どうぞ」
 
 応じると、スーリヤが入ってきた。
 フィリスは続かない。どうやら一人のようだ。

「夜分に男の部屋を訪ねるのは、はしたないのでは?」
「貴様は相変わらずだな。心配して来てやったのに、軽口を叩く余裕があるとは」
「冗談じゃないんだがな」
「それこそ、余計なお世話だ。私はか弱い婦女子ではないからな」
 
 危機感のなさにリンクは呆れてしまう。

「おぃ、どうしたっ!」
 
 ふらついてみせると、スーリヤは心配して近づいてきた。そのまま支えようとするも、体格の差から崩れ落ちる。
 果たして、その場所は寝台の上だった。

「充分、か弱いじゃないか」
「ばっ! 放せ馬鹿っ」
 
 暴れたところで、びくともしない。互いの両手はしっかりと絡まっており、身体は隙間なく押さえつけられている。

「こういう搦め手もあるからな。今度からは是非とも気を付けてくれ」
「わかったから放せ! 無礼であるぞっ!」
「これは失礼いたしました。スーリヤ姫」
 
 リンクは離れるなり、恭しく頭を下げてみせる。
 起き上がったスーリヤは噛みつきそうな形相で警戒心を露わにしていた。

「で、用はないのか?」

「あるっ!」
 耳まで真っ赤にして、スーリヤは剣を差し出してきた。
「貸してやる」

「俺の話を聞いていたのか?」
「馬鹿にするな。剣が必要ないのはわかっている。その状況に追い込まれた時点で貴様の負け、であろう?」
「じゃぁ、なんで?」
 
 答えは行動で示された。
 鞘鳴りがして、刃が首筋に触れる。

「私の剣は抜刀に適している。これなら敵の不意も衝けるはずだ。この手の剣は物珍しいからな」
「それなら、もっと早く寄越してくれ。使い慣れない武器をこのタイミングで渡されても困るぞ」
「貴様なら、すぐに使いこなせるだろう?」
「買い被りだ。まぁ、頑張ってみるが……いつまで、そうしているつもりだ?」
 
 剣は未だ抜身のまま、リンクの首に触れた状態で肩に乗っていた。
 スーリヤは場違いなほど真剣な表情でいる。

「鈍い奴だな。その場で膝を付けば、私の騎士に叙任してやるのに」
「冗談を」
「本気だと言ったら?」
 
 沈黙の帳が下りる。
 即答できなくもなかったが、それでは可哀想だとリンクは気を遣った。しっかり悩んだふりをしてから、首を横に振る。

「悪いが、スーリヤに剣は捧げられない」
「そうか」
 
 泣き笑いのような顔でスーリヤは剣を引いた。

「どうしたんだ?」
 
 らしくない振る舞いだった。
 万事が直截的な彼女にしては随分としおらしい。

「馬鹿な考えだ。貴様が遠くへ離れていく気がしたから、確証が欲しかった。側に繋ぎ止めておきたかった。幸い、私の権限でも騎士にならしてやれるからな」
「そんな理由で叙任されても困るぞ。他の騎士たちに示しがつかない」
「よく言う。他人や世間を気にする性格じゃないくせして。ほんと、おまえはいったい何者なんだろうな」
 
 物言いからして、独り言だとわかった。返事を期待したわけでも、反応を確かめようとしたわけでもない。

「それでも、私はおまえの友でありたいと思うぞ」
 
 囁くように言い残して、スーリヤは去っていった。
 
 結局、彼女にはわからないようだ。
 どうして剣を捧げることを拒んだのか、ちっともわかっていない。
 けど、それでいいと思う。知らせたとしても、困らせるだけだ。
 迷いを断ち切るように一振り、預かった刃が閃く。
 スーリヤの言った通り、これなら使えそうだった。
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登場人物紹介

 リンク・アン・リンセント(14歳)

 一代騎士の嫡男だが、その振る舞いは成り上がりとは思えないほどきちんとしている。それでいて不真面目な態度を取ることも多い為、友人からは怠惰の騎士様と呼ばれている。

 基本的な能力は高い上に多芸。また幅広い見識を備えており、労働奴隷とも交友を持っている。

 本人に目立つつもりはないものの、皇女に懐かれたことにより注目を浴びる羽目となる。

 帝国では珍しい夜のような黒髪と瞳を有している。

 スーリヤ・ユンヌ・ストレンジャイト(12歳)

 北方正帝の愛娘で皇女だが、その振る舞いから姫剣士様の愛称で親しまれている。

 政争には向かない性格な為、中央ではなく辺境のブール学院に入学。

 長い金髪に青い瞳。全体的に控えめな身体つきはしているものの、性格は苛烈そのもので喧しい。

 それでいて、気を許した相手には全面の信頼を寄せる。 

 コート・オブ・アームズ《紋章の上着》は武具に埋もれた竜。

 グノワ・グロコーフェン(14歳)

 体格に恵まれている為、農民の出でありながらも武芸に秀でている。

 気性は真っすぐで軍学校に入る前はガキ大将だった模様。

 ブール学院において、数少ないリンクの友人のひとり。

 アーサー・アナドレイ(13歳)

 グノワとは同郷で幼馴染。

 リンクのことを騎士様と呼び、阿るような態度を取る。

 それでいて軽口を叩くことから、身分とは別の親しみも持っている様子。

 

 フィリス(12歳)

 スーリヤの奴隷。ただ帝国において奴隷は財産――他人に自慢できるモノである為、身なりは整っている。

 更に武芸や知識も備わっており、あらゆる能力が王侯貴族にも負けず劣らずといった仕上がり。

 銀色の髪に灰色の瞳を有し、年齢の割に発育は良好。

 奴隷として生まれたのではなく奴隷に堕とされた存在ゆえに、今の恵まれた立場がスーリヤのおかげであると強く認識し、心からの忠誠を誓っている。

 リアルガ=リンセント(15歳)

 リンクの姉だが、その性格は真面目で普通。能力も優秀ではあるが常識の範囲。

 何故か弟に対して、敵意すら感じられる振る舞いをしている。

 リンクとは違い、北方帝国ではありふれた栗色の髪と瞳を有する。 

  

 メルディーナ・ブルジェオン・ドゥ・シャルオレーネ(12歳)

 北方帝国と敵対しているシャルレオーネ王国の王女。見事な黒白(こくびゃく)――夜の髪と雪のような肌を持つ。

 革命によりその命を脅かされるも、指導者としての才を発覚させることで生き延びる。

 その結果、王女自らが前線に立つ無謀な進軍を強いられる。

 ラルフ=ホークブレード(34歳)

 シャルレオーネ王国の近衛騎士。

 多くの戦を経験し功を立てて来たものの、国力の無さゆえに未だ一騎士の立場に甘んじている。

 メルディーナ王女の信頼が最も厚い人物。

 ディルド・トロア・ディオアヌス(18歳)

 東方帝国の皇子で既に大人顔負けの体躯を有している。

 性格は横柄で悪いものの、驕りはなく相応の実力と器を持ち合わせている。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれたヒト型の怪物。

 

 

 イラマ(19歳)

 ディルドの奴隷で帝国では珍しい濡れ烏の髪を持つ。

 容姿や服装は娼婦といった感じだが、皇子の奴隷――財産だけあって、非凡なる能力を有している。

 また主に対して棘を刺す程度の嫌味を言ったり、中々の食わせ者。

 コリンズ・サンク・コンスタンツ(16歳)

 褐色の肌に灰色の髪を有する南方帝国の皇子。

 奴隷王の異名に違わず、自らの周囲を有能な奴隷で固めている。もっとも、単に忠実で優秀な部下が欲しいだけなので相手の身分や年齢、国籍すらも問わない様子。

 事実リンクのことも奴隷として欲し、断られるや否や今度は軍師として勧誘する。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれた翼獣。

 

 シリアナ(17歳)

 コリンズの奴隷。亡国の王家筋だが、生まれた時から奴隷だったので本人にその自覚はない。

 かつては愛玩奴隷として悠々自適に生きていたものの、主がコリンズに代わるや否やその生活は破綻。彼の無茶ぶりに応える形で、血筋に見合った才覚を発揮していくことになる。

 もっとも、生まれながらの奴隷にありがちな「物言う道具」の自覚が強い為、彼女はそのことに対して微塵も感謝していない。むしろ、やるべき仕事が増えたと文句を言っている。

 帝国では珍しい赤毛と緑の瞳を有する。

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