第21話 模擬戦、始まり

文字数 1,680文字

 見渡す限りの平原。
 土も掘れるほどに柔らかく、これといった障害物もない。
 だから互いの陣営――前線にいる部隊は薄らと目視できていた。
 双方とも似たような編成。歩兵の群れを同等の騎兵で囲むように配置している。
 
 ただ、装備に関しては明らかに違っていた。
 それでも、距離的にはわからない。
 ゆえにアヌス士官学校の生徒たちは虚を衝かれる羽目になる。

「全軍突撃――全力で(ゴーイング・フル・ティルト)
 リンクは模擬戦の始まりと同時にコリンズを守護する五十名を除いた全軍を突出させた。
 
 いきなりの進軍にアヌス士官学校側の総指揮官――西方帝国の皇子、クーニ=クリソコラは否応なしに後手を踏まされる。
 距離的にぶつかり合うのはまだまだ先。それに今回は奪取すべき陣地もない。加えて騎兵の動きがやや遅いことからクーニは無駄なハッタリだと判断し、自軍に動かぬよう命令をとばす。
 指示が行き渡り、クーニ陣営が見据える中で先行していたブール学院の騎兵隊が止まった。そして『ナニカ』を地面に下ろすなり、来た道を戻っていく。
 
 ――いったい、なにをしている?
 
 クーニ陣営の誰もが理解できなかった。城壁から俯瞰しているのならともかく、水平視程では騎兵隊にしか目がいかない。
 だからこそ、彼らは続く歩兵隊の移動速度に気づいていなかった。
 とてつもなく、早いのだ。
 それもそのはず、ブール学院の生徒たちは槍を持っていなかった。それどころか鎧すら着ていない。模擬戦用の木剣だけを腰に吊るし、全速力で駆け走っている。
 そうして、戻ってきた騎兵と合流すると部隊が入れ替わった。
 騎兵が歩兵に、歩兵が騎兵に――そうして再び、ゴーイング・フル・ティルト。
 


 一部始終を黙って見届けていたクーニ陣営を見下ろし、ディルドが吐き捨てる。

「――馬鹿が」
 
 コリンズ――いや、リンク=リンセントは端から実戦を想定していない。
 だとすれば、真っ当な戦術しか学んでいないアヌス士官学校側に彼の意図を掴むことは困難に違いないが……。

「面白いですね」
 隣のイラマが愉快気に漏らす。
「原始的だからこそ、気づけない」
 馬を騎兵という戦闘の道具ではなく、人や物の運搬に使う。
「ディルド様でしたら、どう対応していましたか?」

「黙れ、イラマ」

「あら、怖い」
 わざとらしい笑みを零しながら、イラマは再び平原を見下ろす。
「時と場合によりますけども、充分に使えますね」

「……伏兵がいればな」
 
 今回の戦場なら、あらかじめ落とし穴を作って弓兵を潜ませておく。相手がまともな武具を装備していないとわかれば、逸る気持ちのまま突撃するのが人の性。
 そこを衝く。
 巧妙なことに、リンクは全速でぎりぎり駆け抜けられそうな距離を開けていた。

「さすがに装備を整えるのを見逃しはしないようですが……」
 
 ――時、既に遅し。

「見逃すもなにもあるか。あの馬鹿共は誘いに乗せられただけだ。騎兵の数からして、指示を受けた動きじゃない」
 
 最初の騎兵が置いた『ナニカ』――武具一式に辿り着き、ブール学院の第一陣は今更ながらに鎧を着こんでいた。
 それに気づいたアヌス士官学校側の一部が我先にと馬を走らせている。際どい距離とはいえ、冷静に考えれば間に合うはずがないとわかるだろうに……。

「相手の策を看破しようと躍起になるからだ」
 
 コリンズへの仕返ししか頭になかったのか、クーニは踏んではならない後手を踏まされた。
 結果、他の兵たちの疑念を買う羽目になり、全体の纏まりがなくなってしまっている。

「そういえば、斥候を出すのも遅かったですね」
「おおかた、相手の考えが理解できないことを認めたくなかったのだろう」
 
 クーニの悪い癖である。
 何事にあたるにも、まず予測をたてる。自分の賢さを引け散らかしたいのか、彼はその予測を伝えてから人を使う傾向にあった。

「これなら、スレイブのほうがマシだったな」
 
 最初から、相手を格下の馬鹿と切り捨てていれば違った結末もあり得ただろう。

「敗因はブール学院の生徒が策を弄することを信じられなかった、か」
 
 そして、リンク=リンセントなる人物を知らなかったこと――

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登場人物紹介

 リンク・アン・リンセント(14歳)

 一代騎士の嫡男だが、その振る舞いは成り上がりとは思えないほどきちんとしている。それでいて不真面目な態度を取ることも多い為、友人からは怠惰の騎士様と呼ばれている。

 基本的な能力は高い上に多芸。また幅広い見識を備えており、労働奴隷とも交友を持っている。

 本人に目立つつもりはないものの、皇女に懐かれたことにより注目を浴びる羽目となる。

 帝国では珍しい夜のような黒髪と瞳を有している。

 スーリヤ・ユンヌ・ストレンジャイト(12歳)

 北方正帝の愛娘で皇女だが、その振る舞いから姫剣士様の愛称で親しまれている。

 政争には向かない性格な為、中央ではなく辺境のブール学院に入学。

 長い金髪に青い瞳。全体的に控えめな身体つきはしているものの、性格は苛烈そのもので喧しい。

 それでいて、気を許した相手には全面の信頼を寄せる。 

 コート・オブ・アームズ《紋章の上着》は武具に埋もれた竜。

 グノワ・グロコーフェン(14歳)

 体格に恵まれている為、農民の出でありながらも武芸に秀でている。

 気性は真っすぐで軍学校に入る前はガキ大将だった模様。

 ブール学院において、数少ないリンクの友人のひとり。

 アーサー・アナドレイ(13歳)

 グノワとは同郷で幼馴染。

 リンクのことを騎士様と呼び、阿るような態度を取る。

 それでいて軽口を叩くことから、身分とは別の親しみも持っている様子。

 

 フィリス(12歳)

 スーリヤの奴隷。ただ帝国において奴隷は財産――他人に自慢できるモノである為、身なりは整っている。

 更に武芸や知識も備わっており、あらゆる能力が王侯貴族にも負けず劣らずといった仕上がり。

 銀色の髪に灰色の瞳を有し、年齢の割に発育は良好。

 奴隷として生まれたのではなく奴隷に堕とされた存在ゆえに、今の恵まれた立場がスーリヤのおかげであると強く認識し、心からの忠誠を誓っている。

 リアルガ=リンセント(15歳)

 リンクの姉だが、その性格は真面目で普通。能力も優秀ではあるが常識の範囲。

 何故か弟に対して、敵意すら感じられる振る舞いをしている。

 リンクとは違い、北方帝国ではありふれた栗色の髪と瞳を有する。 

  

 メルディーナ・ブルジェオン・ドゥ・シャルオレーネ(12歳)

 北方帝国と敵対しているシャルレオーネ王国の王女。見事な黒白(こくびゃく)――夜の髪と雪のような肌を持つ。

 革命によりその命を脅かされるも、指導者としての才を発覚させることで生き延びる。

 その結果、王女自らが前線に立つ無謀な進軍を強いられる。

 ラルフ=ホークブレード(34歳)

 シャルレオーネ王国の近衛騎士。

 多くの戦を経験し功を立てて来たものの、国力の無さゆえに未だ一騎士の立場に甘んじている。

 メルディーナ王女の信頼が最も厚い人物。

 ディルド・トロア・ディオアヌス(18歳)

 東方帝国の皇子で既に大人顔負けの体躯を有している。

 性格は横柄で悪いものの、驕りはなく相応の実力と器を持ち合わせている。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれたヒト型の怪物。

 

 

 イラマ(19歳)

 ディルドの奴隷で帝国では珍しい濡れ烏の髪を持つ。

 容姿や服装は娼婦といった感じだが、皇子の奴隷――財産だけあって、非凡なる能力を有している。

 また主に対して棘を刺す程度の嫌味を言ったり、中々の食わせ者。

 コリンズ・サンク・コンスタンツ(16歳)

 褐色の肌に灰色の髪を有する南方帝国の皇子。

 奴隷王の異名に違わず、自らの周囲を有能な奴隷で固めている。もっとも、単に忠実で優秀な部下が欲しいだけなので相手の身分や年齢、国籍すらも問わない様子。

 事実リンクのことも奴隷として欲し、断られるや否や今度は軍師として勧誘する。

 コート・オブ・アームズは武具に埋もれた翼獣。

 

 シリアナ(17歳)

 コリンズの奴隷。亡国の王家筋だが、生まれた時から奴隷だったので本人にその自覚はない。

 かつては愛玩奴隷として悠々自適に生きていたものの、主がコリンズに代わるや否やその生活は破綻。彼の無茶ぶりに応える形で、血筋に見合った才覚を発揮していくことになる。

 もっとも、生まれながらの奴隷にありがちな「物言う道具」の自覚が強い為、彼女はそのことに対して微塵も感謝していない。むしろ、やるべき仕事が増えたと文句を言っている。

 帝国では珍しい赤毛と緑の瞳を有する。

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